エピソード2-10:不規則な鼓動、あるいは王家の盾
深夜の王都中央訓練場。吐く息は白く、石畳の冷気がブーツを抜けて足元を冷やす。そこには、ただ二人の少女が向かい合っていた。
「……リリィ、……頭、使いすぎ」
シフォンの槍が、リリィの二刀を力任せに弾き飛ばした。金属音が静寂を裂く。リリィはすぐに体勢を戻し、シフォンの次の踏み込みに備えた。視線は相手の重心と筋肉の動きに集中している。
しかし、シフォンの次の動作は、リリィの経験則にはないものだった。槍を突く直前、彼女はあえて重心を後ろに流し、まるで転ぶような不自然な姿勢から、腕のしなりだけで槍先をリリィの喉元へ送り込んだ。
「……今の、わざとバランスを崩しましたね。そんな打ち方、教本にはありません」
リリィは静かに、しかしどこか困惑したように呟いた。
「……教本は、人間が書いたもの。……あいつは、もっと完璧な正解しか選ばない。……だから、あいつの知らない『下手くそな動き』を混ぜる」
シフォンは槍を引き、地面の砂を無造作に蹴り上げた。
• 機械の正解: 最短距離での排除。
• シフォンの正解: 相手が「あり得ない」と一瞬止まる隙。
「……計算できない動き、ですか。難しいですね。どうしても体が勝手に『正しい形』を探してしまいます」
「……それでいい。……その迷いが、あいつにはない『ノイズ』になる。……もう一度」
リリィは深く息を吐き、二刀を構え直した。今度は相手の動きを読むのではなく、自分の心に走る「迷い」をそのまま刃に乗せるように、不器用に踏み込んだ。
訓練場の隅にある石造りの宝物庫。アリアとエレナが、分厚い布に包まれた「それ」をリリィの前に提示した。
「リリィさん、これを使ってください。今のあなたなら、使いこなせるはずです」
アリアが示したのは、鈍い銀光を放つ重厚な装甲だった。エレナがその横で、落ち着いた口調で解説を始める。
対・人造兵器用重装甲『アイギス・零式』
・物理防護: 衝撃を瞬時に拡散させる特殊流体装甲。
・魔導干渉: 琥珀魔力の波長を減衰させる特殊コーティング。
・生体同調: 神経伝達速度を強制的に加速させ、装着者の反応を 120\% まで引き上げる。
「Vー012のハルバートは、触れた瞬間に振動で対象を壊す。このアイギスはその振動をエネルギーとして吸い込み、逆にあなたの防御力を高める仕組みよ。……ただし、神経への負荷はかなりのものになるわ」
エレナの言葉に、リリィは装甲にそっと触れた。冷たいはずの金属が、不思議と手に馴染む。
「……ミリアが、昔言っていました。守りたいものがある時は、自分の重さ以上のものを背負わなきゃいけない時があるって」
リリィはアリアを見つめた。その瞳には、かつての空虚な光ではなく、一人の少女としての穏やかで強い覚悟が宿っていた。
「痛いのは、慣れています。それよりも、皆さんと一緒にまたタルトを食べられないことの方が、私には耐えがたいリスクですから。……お借りしますね」
リリィは「アイギス」の籠手を装着し、シフォンの前に戻った。
装備の重みで以前のような軽快さは失われたが、その一歩一歩には、何者にも動かされない確かな質量が宿っている。
「……シフォン様。準備できました。……少し重いですが、守られている感じがして、悪くありません」
「……上出来。……あとは、現場で、あいつの計算をめちゃくちゃにするだけ」
シフォンは懐から、少し形が崩れた焼き菓子を取り出し、半分に割ってリリィに手渡した。
「……休憩。……これは、ただの砂糖の塊。……でも、私の好きな味」
リリィはそれを受け取り、ゆっくりと口に運んだ。
バターの香りが鼻を抜け、素朴な甘さが広がっていく。それは、Vー012が「非効率」として切り捨てた、世界で最も温かいエラーだった。
「……美味しいですね、これ。……さあ、行きましょう。あの子にも、この味を教えてあげなきゃいけませんから」
二人の少女は、夜明けが迫る王都の空を見据えた。




