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エピソード2-8:型番の邂逅、あるいは銀閃の介入

 王都の市場は、午後の陽光に包まれていた。リリィは一人、保存食の買い出しのために通りを歩いていた。喧騒の中、彼女の鋭敏な感覚が、背後に張り付く「視線」を捉えた。

 それは殺気とは異なる、冷徹な観測の視線であった。リリィは歩調を崩さず、人混みを避けるように路地裏へと足を踏み入れた。

 

 入り組んだ路地を抜け、リリィはさらに奥へと進んだ。そこには、かつて裏社会の住人たちが賭け格闘技に興じていたという、円形の広いスペースがあった。今は腐った木材と石材が散乱し、湿った静寂だけが沈殿している。

 リリィは中央で足を止め、静かに振り返った。

 

「……ずっとついてきていたのは、あなたですね。姿を見せてください」

 

 影の中から、一人の少女が音もなく現れた。その顔立ちは、リリィの鏡合わせと言えるほどに似通っている。しかし、瞳にはハイライトがなく、無機質な硝子玉のようだった。少女は自身の身長を越える超重量級のハルバートを、羽毛のように軽く肩に担いでいた。

 

「個体名Vー012。Lー081の現況を確認」

 

 少女の声には、一切の抑揚がなかった。

「周辺環境への適応過剰。情動回路のノイズが増大している。……再調整のための回収を実行する」

 

 リリィは無言で腰の二刀を抜いた。銀色の刃が、薄暗い空間に鋭い光を引く。

 

「……回収、ですか。嫌ですね。私はもう、ただの部品じゃないんです」

 

 リリィが地を蹴った。瞬時に最高速度に達する踏み込み。しかし、Vー012の反応はそれを上回っていた。

 重量級のハルバートが空気を切り裂く。リリィは二刀を交差させて受け流そうとしたが、伝わってきたのは、少女の細い腕からは想像もできない凄まじい衝撃だった。リリィの体が数メートル後退し、石畳を削る。

 

「……なんて重さ。出力が想定を超えています」

 

 リリィは即座に魔法を並列起動した。複数の火球がVー012を襲う。だが、Vー012はハルバートを旋回させ、魔法の構造そのものを物理的に打ち砕いた。魔力の残滓が火花となって散る中、Vー012は最短距離を突進し、リリィの懐へと飛び込んだ。

 

 蓮撃

 

 ハルバートの石突きがリリィの腹部を掠め、返す刃が頭上から振り下ろされる。リリィは紙一重で躱し、カウンターの刺突を放つが、Vー012は最小限の動きでそれを回避し、逆にハルバートの柄でリリィの体勢を崩した。

 リリィの演算が狂い始める。相手は自分と同等、あるいはそれ以上の基礎スペックを持ち、かつ一切の「迷い」がない。リリィがミリアやアリアたちと過ごした時間が生んだ、優しさという名の僅かな「溜め」が、純粋な殺戮機械であるVー012に対して致命的な遅れとなっていた。

 ハルバートが、防御の間に合わないリリィの頸元へと突き出された。

 

 死角からの致命的な一撃。

 しかし、その刃がリリィに届く直前、一条の銀光が空間を断ち切った。

 

 ガギィィィィィィン!

 

 鼓膜を震わせる金属音が響き、ハルバートの軌道が強引に逸らされた。

 リリィとVー012の間に、銀髪の少女――シフォンが立っていた。彼女の持つ槍が、ハルバートの超重量を正面から受け止めていた。

 

「……リリィ、……遅い」

 

 シフォンの声は淡々としていたが、その瞳には平時の眠たげな様子はなく、鋭利な殺意が宿っていた。

 

「……個体名Vー012。……あっち側の人形」

 

 Vー012は攻撃を止め、シフォンを見つめた。

 

「……死神の残滓を確認。型番不明。……しかし、現時点での戦闘継続は非効率と判定。Lー081の回収は、次段階へ移行する」

 

 Vー012はハルバートを引き、数歩下がった。彼女の視線が、再びリリィへと向けられる。

 

「Lー081。貴殿が『人間』を演じれば演じるほど、その落差が貴殿を破壊する。……我々のマスターが、貴殿の帰還を待っている」

 

 Vー012はそう言い残すと、背後の闇に溶け込むように姿を消した。気配の消失は、プロの隠密そのものだった。

 

 静寂が戻った闘技場。リリィは二刀を鞘に収めたが、手の震えが止まらなかった。

 

「……シフォン様。助かりました、ありがとうございます。私の……読みが甘かったです」

「……いい。……あれ、強い。……私と同じ、匂いがした」

 

 シフォンはリリィの震える手を見つめ、無造作にその手を握った。シフォンの手は、リリィの冷え切った指先に、僅かながらの「生きた温度」を伝えた。

 

「……帰る。……アリアが、タルトを買って待ってる」

 

 リリィはシフォンの言葉に、少しだけ瞳を揺らした後、小さく頷いた。

 

「……そうですね。早く帰りましょう。今の私の状態では、糖分の摂取を最優先すべきだと判断します」

 

 淡々とした言葉の裏側で、リリィの胸の奥には、Vー012が残した棘が深く刺さっていた。自分と同じ顔、自分と同じ力。そして、自分を「部品」として呼ぶ冷酷な声。

 二人の少女は、夕闇が迫る路地を抜け、暖かな光が灯る王都の表通りへと戻っていった。

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