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エピソード2-5:断罪の執行と日常の再建

 

 王都中央法廷。そこは建国以来、王国の法と秩序を象徴する場所であった。重厚な石造りの壁は外の喧騒を遮断し、高い天井へと続く冷たい空気が、場に居合わせる者たちに等しく沈黙を強いていた。

 しかし、その日の熱気は異例であった。傍聴席を埋め尽くすのは、食糧危機に喘ぐ市民、特権を脅かされることを恐れる貴族、そして真実を求める記者たちである。壇上の裁判官席には三名の最高法官が並び、その正面には王女アリアと、侯爵夫人エレナが毅然と立っていた。

 

「開廷します。被告人、商人ギルド長マルコム、前へ」

 

 法官の冷徹な声が響き、被告席から豪華な法服を纏った老人が立ち上がった。マルコムの表情には未だ余裕があり、隣に座る弁護士と小声で何かを確認し合っていた。

 

「アリア王女、およびエレナ侯爵夫人。貴殿らが主張する商人ギルドへの嫌疑は、国家の経済基盤を揺るがす不当な介入である。まず、我々が不法に食糧を隠匿したという証拠を提示していただきたい」

 

 マルコムの言葉を受け、エレナが一歩前へ出た。彼女の手元には、数日間の「七転八倒」の調査の末にまとめられた膨大な書類の束があった。

 

「こちらが提出資料です。過去三ヶ月における王国内全二十四の主要農園からの出荷記録、および王都関門での通過記録、そして商人ギルドが王宮へ提出した収穫報告書の対照表です」

 

 エレナは淡々と、しかし確実な数字を突きつけていった。

 

 • 実際の出荷量: 王都全人口の一年分を上回る豊作。

 • ギルドの報告: 前年比40%減の不作。

 • 差分: 蜜苺を含めた高級食材約一万二千トン。

 

 これらはすべて、王宮の偽造命令書を用いて「王室備蓄」として徴収され、民間の流通から切り離されていた。

 

「これだけの量の食糧が、公式な市場を通らずに消えています。マルコム、これらはどこへ行ったのですか」

 

 アリアの静かな問いに、マルコムは鼻で笑った。

「流通過程での紛失や、腐敗による廃棄は常に起こり得ること。数字の不一致だけで私を裁くことはできませんな」

「その『紛失した荷物』の行き先なら、判明しています」

 

 法廷の背後、重い扉が開き、煤と油に汚れた二人の少女が入室した。グレイスとシフォンである。グレイスの両腕には、地下の秘密金庫から回収したばかりの黄金の装飾が施された厚い帳簿が抱えられていた。

 

「地下の秘密施設より回収しました。商人ギルドの『正本』帳簿、および人身売買の契約書一式です」

 

 グレイスが帳簿を法官の机に置くと、マルコムの顔から初めて色が失われた。

 帳簿には、隠匿された食糧がどのようにして「琥珀化」され、闇の錬金術組織へ魔力炉の燃料として売却されていたかが一字一句違わず記録されていた。さらには、負債を抱えた平民を「実験体」や「強制労働力」として地下へ送り込んでいた契約書までもが、マルコムの指紋付きの印と共に並んでいた。

 

「……あり得ん。地下には精鋭の魔導傭兵団を配備していたはずだ」

 

 マルコムがシフォンを睨みつけた。シフォンは感情を一切見せず、ただ無機質に応じた。

 

「……排除した。……抵抗する者は、すべて戦闘不能。……お菓子を奪う者に、槍は譲らない」

 

 シフォンの報告により、マルコムの武力的背景が消失したことが証明された。法廷内は、これまでにない激しい憤りと罵声に包まれた。

 

「……認めぬ。このような茶番、認めんぞ!」

 

 逃げ場を失ったマルコムは、懐から琥珀色の結晶が埋め込まれた起動キーを取り出した。それは、地下に設置された巨大魔力炉を暴走させ、王都全域に「石化の閃光」を放つための自爆装置でもあった。

 

「私を裁くというのなら、この都市ごと石に変わるがいい! 琥珀の魔力炉が臨界を超えれば、救える者は一人もいない!」

 

 マルコムがキーを握り潰そうと指に力を込めた。傍聴席から悲鳴が上がる。

 だが、それよりも早く、銀色の一閃が法廷を裂いた。

 シフォンが投じた槍が、マルコムの手の中にある起動キーを、指一本傷つけることなく粉砕したのである。砕け散った琥珀の破片が床に転がり、輝きを失っていく。

 

「……させない。……爆発したら、次のタルトが食べられなくなる」

 

 シフォンの淡々とした言葉と同時に、アリアの魔導通信機にアリスからの連絡が入った。

 

『地下プラント、制圧完了。魔力炉の核はリリエルが物理的に隔離したわ。もう、光ることはない』

 

 マルコムは膝をつき、そのまま近衛兵たちによって拘束された。

 法官は即座に判決を言い渡した。商人ギルドの解体、関係者全員の即時拘禁、および全資産の没収。没収された食料は、直ちに市場へ放出されることが布告された。

 

 翌朝。王立学園の演習場には、いつも通りの厳しい冷気が漂っていた。

 一晩中事後処理に追われ、極度の睡眠不足と糖分不足に陥ったシフォンは、どんよりとした殺気を纏いながらグレイスの前に立っていた。

 

「……グレイス。……やる」

「あ、あの……シフォン様。昨夜の今日ですし、少しは休息を……ぎゃああああ!?」

 

 糖分不足によるイライラを完全に武力へと転換したシフォンの槍は、昨日よりもさらに速く、鋭かった。

 その傍らで、アリアは姉エレナと共に、市場から戻ってきたばかりの蜜苺を添えた紅茶を楽しんでいた。

 

「平和になりましたね、お姉様」

「そうね、アリア。でも、失われた信頼を戻すのは、これからが本番よ」

 

 アリアは、ボロボロになりながらも立ち上がるグレイスと、無表情にタルトを要求するシフォンの姿を見て、小さく微笑んだ。

 奪われた食料、歪められた正義、そして石化の恐怖。

 それらを乗り越えた彼女たちの前には、冷たい空気の中にも、確かに春の訪れを感じさせる柔らかな光が差し込んでいた。

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