エピソード2-4 矛盾の抽出
禁書庫で得た「宝石タンク」の技術と、シフォンが目撃した「人身売買」の痕跡。それらを法的な証拠として確立するため、次期国王候補アリアと、その姉であり侯爵家に嫁いだエレナによる、泥臭く過酷な調査が開始された。
調査は、王宮の書記官が保管する「公式流通記録」と、エレナが私有する「農園出荷台帳」の照合作業から始まった。
アリアとエレナは、王宮の一室に膨大な書類の山を築き、三日三晩不眠不休で数字を追い続けた。
公式記録では「不作による減収」とされている箇所が、エレナの台帳では「例年通りの出荷」となっている。その差分は、王都の人口の数ヶ月分に相当する食糧だった。
「計算が合わないわ、アリア。この消えた一万トンの蜜苺は、どこへ行ったことになっているの?」
エレナの声は疲労でかすれていたが、その瞳には鋭い経営者の光が宿っていた。
アリアは震える手でペンを走らせ、特定の商人たちの名前を抽出した。彼らは一様に商人ギルド長マルコムの側近であり、不自然なほど巨額の「特別輸送費」をギルドから受け取っていた。
二人は次に、変装して王都の北門に近い中継倉庫街へと向かった。
普段は馬車で移動する王女と侯爵夫人が、埃っぽい路地を歩き、積み荷の荷札を盗み見、労働者たちに聞き込みを行う。
「……あ、あの。数日前に運ばれた、あのマークの荷物はどこへ……」
アリアが勇気を出して声をかけるが、荒くれ者の労働者たちは鼻で笑うか、あるいは「ギルドに殺されたいのか」と吐き捨てて立ち去る。
エレナもまた、かつての知己である大商人たちを訪ね歩いたが、誰もがマルコムの名を聞いた瞬間に顔を強張らせ、門前払いを選んだ。
「王女の権威も、ここではマルコムの恐怖に負けているわね」
エレナは石畳に足を取られ、泥のついた靴を見つめて自嘲気味に呟いた。だが、彼女は諦めなかった。翌日には、さらに身なりを崩し、下層街の酒場にまで足を伸ばした。
調査が進むにつれ、マルコム側の妨害も激しさを増した。
二人が宿泊していた宿には、深夜に身元不明の暴漢が押し寄せた。シフォンやグレイスが不在の隙を突かれた格好だったが、エレナは護身用の短剣を抜き、アリアは防護魔法を展開して、辛うじて窓から逃走した。
雨の降る中、泥まみれになりながら路地裏を這い進む二人の姿に、高貴な面影はなかった。
「……お姉様、大丈夫ですか」
「ドレスの一着や二着、安いものよ。それより、あいつらが捨てたあの封筒……見なさい」
エレナが逃走中にゴミ捨て場から拾い上げたのは、半分破かれた「人身売買」の契約書の断片だった。そこには、借金の形に連れ去られた市民の氏名と、送り先である「地下処理場」の文字が記されていた。
二人は最後に、商人ギルドの本部ビルに隣接する「廃棄物処理区」へ潜入した。
マルコムは証拠滅滅のために、裏帳簿の断片を定期的に特殊な溶剤で溶かして処分しているという情報を、エレナが買収した小間使いから得ていた。
腐敗臭と酸性の蒸気が立ち込める処理場。
アリアとエレナは、素手で廃棄物の山を漁った。溶剤で文字が滲み、ボロボロになった紙片。そこには、琥珀化させた果物と引き換えに、どこかの組織から支払われた莫大な「研究助成金」の記録があった。
「……見つけた。これよ」
アリアが引き上げたのは、マルコムの署名が入った「魔力炉建設に関する最終合意書」だった。そこには、燃料としての琥珀化果実の供給計画を示唆するメモが添えられていた。
王宮へ戻った二人の姿は、凄惨なものだった。
ドレスは裂け、髪は乱れ、全身に打撲と擦り傷があった。しかし、その手にはマルコムを法的に、そして政治的に完全に葬り去るための「真実の欠片」が握られていた。
「七回倒れても、八回起き上がれば、真実は掴めるものね」
エレナはアリアの肩を抱き、満足げに微笑んだ。
アリアもまた、泥のついた顔で頷いた。
これまでの優雅な公務では決して得られなかった、この国の影の深さと、それを拭い去るための痛み。そのすべてが、彼女を真の支配者へと変えようとしていた。
翌朝、アリアは王女としての威厳を取り戻し、汚れ一つないドレスで商人ギルド本部へと乗り込むことになる。その背後には、彼女たちが命がけで拾い集めた、揺るぎない証拠の山が控えていた。




