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エピソード2ー3:琥珀の炉心と、遺棄された個体記録

 

 王立図書館の最深部に位置する禁書庫。許可なき者の立ち入りを拒むその場所には、古書の黴臭い匂いと、幾重にも張り巡らされた防護魔法の残滓が漂っていた。

 アリアは、午前中の稽古で負傷したグレイスに治癒魔法を施しながら、静かに書架の間を歩いた。隣では、糖分不足と睡眠不足によって極度の倦怠感に陥ったシフォンが、幽霊のような足取りで随行していた。

 

 アリアはフラフラと倒れそうになったシフォンを、書庫の隅に備え付けられた革張りの椅子へ横たえた。シフォンは浅い眠りに落ちたようだったが、その手には無意識のうちに一冊の古い日誌が握られていた。

 アリアはグレイスを休ませると、目当ての棚から錬金術に関する膨大な論文を読み漁り始めた。先の戦争中から続く軍事研究のデータ、未完の実験報告。その山を次々とめくっていく中で、ある一つの記録が目に留まった。

 それは、宝石に魔力を封じ込める技術に関するものだった。

 

「魔力流転型宝石貯蔵法」

 

 宝石の内部構造を魔力で満たし、流転させることで、外部へ供給可能な魔力タンクとして運用する。

 魔法使いの魔力回復、および威力に欠ける無詠唱魔法のブーストを目的とする。実用化には成功したが、一回の運用で高価な宝石が粉砕されるため、費用対効果の面から軍部により不採用。技術は永久封印とする

 

 アリアは、昨夜目撃した「琥珀化した果物」を思い出した。本来は安価な消耗品である果物を琥珀に変え、それを宝石の代替品として利用する。それならば、この「宝石タンク」の欠点であったコスト問題は完全に解消される。

 犯人の目的は、王都の食糧を琥珀に変え、それらを燃料とした巨大な「魔力炉」を起動させることにある。アリアはその推論を確信した。

 

 アリアが資料をまとめていると、椅子で眠っていたはずのシフォンが、いつの間にか一冊の実験ノートを読み耽っていた。

 それは書庫の最も奥、秘匿された区画に置かれていたものだった。

 シフォンの視線の先には、とあるホムンクルスの生い立ちが記されていた。

 

「個体記録:Lー081」

 種別:エルフとホムンクルスのハイブリッド。

 身体能力、魔力適性、長寿命、知性、すべてにおいて最高水準の性能を確認。

 当研究所の最終目的である「究極の個体」に最も近い存在。

 呼び名が無いとコミュニケーションに困るという声が挙がりひとまずリリィという名を与える

 

 ノートには、自分たちの友人である冒険者、リリィの生い立ちが記されていた。

 リリィが人為的に作られた生命であることが淡々と記述されていた。

 しかし、後半の記述には、執筆者の私情が混じり始めていた。

 

「彼女には意思があり、感情がある。我々は彼女を戦場へ送ることに耐えられない。敵襲により研究所が破棄されるどさくさに紛れ、彼女の記憶を消去し、戦禍の及ばない村へと移送する。彼女がただのリリィとして生きることを切に願う」

 

 

 シフォンは無表情のまま、その記述をなぞった。

 

「……リリィ。……せっかく戦争と関係ない場所に行けたのに。結局、冒険者になって、また戦ってる」

 

 シフォンの口から、微かな苦笑が漏れた。

 

「……難儀な人生。……似たもの同士」

 

 アリアはシフォンからノートを受け取ると、そこに記された「究極の一」としてのスペックを再確認した。リリィの持つ膨大な魔力適性。もし、犯人たちがリリィの正体に気づけば、彼女自身が「魔力炉」の一部として利用される危険性がある。

 

「解決しなければなりません」

 

 アリアの声は、禁書庫の冷たい空気の中に響いた。

 

「蜜苺を取り戻すためだけではありません。リリィさんや、シフォンさん。……戦う道具として作られた人たちが、二度と誰かの野望に利用されないために」

 

 シフォンは力なく椅子から立ち上がった。糖分不足で足取りは覚束ないが、その瞳には冷徹な殺気が戻っていた。

 

「……ん。……まずは、お菓子。……その次に、地下の掃除」

 

 グレイスもまた、治癒魔法で痛みの引いた体で立ち上がり、主と師の後に続いた。

 王都の地下で鼓動を始めた琥珀の魔力炉。そして、暴かれようとしている「造られた命」の秘密。

 アリアは禁書庫の重い扉を閉め、闇に包まれた廊下を歩き出した。その手には、奪われた日常を取り戻すための、確かな証拠が握られていた。

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