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エピソード2ー2:琥珀の閃光、あるいは物言わぬ石像

 

 

 王都の北側に位置する倉庫街。夜の帳に包まれたその場所は、商人ギルドが雇った私兵たちによって厳重に封鎖されていた。しかし、その「封鎖」は、夜闇を住処とする三人の「死神」にとっては、紙細工にも等しいものだった。

 

「……準備、いい?」

 

 シフォンの低い囁きに、アリスが短く無線で応える。

 

「いつでもいけるわ。風向きは北北西。リリエル、投下して」

 

 リリエルが影のように塀を跳ね、アリスが提供した「特殊煙幕弾」を次々と投げ込んだ。爆発音と共に噴き出したのは、強烈な催涙効果を持つ高濃度煙幕だ。

 

「な、なんだ!? 煙が……目が、目がァ!!」

 

 悲鳴を上げる私兵たちが次々と音もなく地面に沈んでいく。リリエルがその合間を縫うように動き、意識のある者を確実に気絶させていった。

 視界がゼロとなった倉庫内へ、シフォンとリリエルが侵入する。そこには、大量の「蜜苺」や甘い果実を積み込む商人たちの姿があった。

 

「……動かないで。……これ以上動くと、首が飛ぶ」

 

 シフォンの冷徹な声と、喉元に突きつけられた銀の槍。商人たちは恐怖で腰を抜かし、その場に平伏した。高台からはアリスのライフルが睨みを利かせ、逃走を試みた者の足元を正確に撃ち抜いていく。

 完璧な制圧だった。

 

 しかし、捕らえた商人たちは口を揃えて「自分たちは積み込みを指示されただけだ」と怯えるばかりだった。行き先すら知らされていないという。

 その時、合流したアリスが一人の商人の前で足を止めた。

「……貴方、見覚えがあるわ。以前、私の銃弾の生成に使う希少鉱石を融通してもらったわね」

 

 男は震えながら顔を上げた。彼は単なる商人ではなく、鉱石の目利きに長けた男だった。

 アリスは冷たい銃口を男の眉間に押し当て、果物の「琥珀化」について問い詰める。

 

「喋りなさい。あの果物を何に使うつもり?」

「ひ、ひぃっ! あ、あれは……錬金術の研究、だ! 詳しくは知らねぇが、高純度の魔力を抽出するための『魔力炉』の燃料にするとか……そんな話を聞いたことが……!」

「魔力炉……?」

 

 アリスがさらに問い重ねようとした、その時だった。

 

 カラン

 

 静まり返った倉庫の中に、硬い金属が石床に落ちるような乾いた音が響いた。

 

 直後、世界が真っ白に染まった。

 太陽を凝縮したような強烈な光が、倉庫内を一気に焼き尽くす。

 

「――シフォン、アリス! 中に入って!!」

 

 リリエルの叫びと同時に、彼女の体がどろりと崩れ、二人を包み込む巨大な繭へと変貌した。「液化」のスキルによる緊急防護。

 数秒後、光が収まり、リリエルが元の姿に戻る。

 

「……何、これ……」

 

 シフォンが呆然と呟いた。

 そこには、先ほどまで怯えていた商人や、外に転がっていた私兵たちの姿があった。だが、彼らはもう人間ではなかった。

 肌は灰色に変色し、瞳は虚空を見つめたまま固まっている。衣服の皺一つに至るまで、精巧に作られた「石像」へと変貌していた。

 リリエルが震える手で石像の一つに触れ、スキル『物質鑑定』を発動する。

 

「……鑑定結果、石。……ただの岩石だよ。生身の人間が、一瞬で……」

「リリエル、あんたは大丈夫なの!? 直撃したでしょ!」

 

 アリスが駆け寄ると、リリエルは顔を青くして自分の腕をさすった。

 

「液化してたから防げたけど……変な感覚だった。液体のままでいたいのに、強制的に『硬化』のスキルを発動させられるような……必死に魔力で抵抗して、なんとか維持できたって感じ」

「……この光に触れたら、石になる。……危険」

 

 遠くから、異変を聞きつけた警備兵たちの足音が聞こえてくる。

 三人は互いに頷き、琥珀色の光が残した異様な静寂を背に、夜の闇へと溶けるように消え去った。

 

 翌朝。王立学園の演習場。

 シフォンのコンディションは最悪だった。

 夜通しの潜入調査、石化という怪現象の目撃。そして何より、蜜苺の不足により「十分な糖分補給」ができていないという事実が、彼女の精神を限界まで削っていた。

 

「……シフォン様? あの、今日の組み手は……」

 

 恐る恐る声をかけたのは、弟子のグレイスだった。

 シフォンは無言で、どんよりとした漆黒のオーラを纏いながら槍を構えた。

 

「……グレイス。……今日は、甘くない」

「ひっ、あぎゃあああああああ!?」

 

 睡眠不足と低血糖によるイライラをそのまま武力に転換したシフォンの動きは、もはや人間の域を超えていた。

 いつもなら寸止めで終わる打撃が、今日は容赦なくグレイスの防具を叩き、急所を掠めていく。

 アリアが遠くから心配そうに見守る中、演習場にはグレイスの悲鳴と、シフォンの「お菓子が……ない……」という呪いのような呟きが空虚に響き渡るのだった。

 

 その日のグレイスが、いつもの三倍の湿布を必要としたのは、また別の話である。

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