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第36章:平穏の対価、あるいは日常の風景

 

 王都を揺るがした動乱から数日が経過した。王宮の一室、清潔な寝具の中でシフォンは意識を取り戻した。窓から差し込む陽光は穏やかで、数日前の凄惨な光景を想起させるものは室内に見当たらなかった。

 

 

 シフォンが瞼を持ち上げると、視界に入ったのは見慣れぬ高い天井だった。全身に走っていた鋭い痛みは、深い倦怠感へと変わっている。

 シフォンが僅かに身じろぎをすると、室内の空気が動いた。

 枕元には、所在なげに指先を動かしながらソワソワと周囲を歩き回るグレイスがいた。その背後では、ミリアとリリエルが何故か意味深な笑みを浮かべてこちらを見ている。一方で、リリィとアリスの二人はその場の空気の意味を測りかねているようで、怪訝そうな表情で佇んでいた。

 シフォンが視線を横に落とすと、ベッドの縁を枕代わりにして眠るアリアの姿があった。シフォンの手を握ったまま、彼女は深い眠りに落ちている。シフォンが昏睡している間、アリアが一度も離れずに介抱を続けていたことは、その寝顔からも察せられた。

 

「……アリア」

 

 シフォンが小さく名を呼ぶと、アリアの肩が震え、その瞳が開かれた。

 

「シフォンさん……? ああ、良かった。……本当に、良かったです」

 

 アリアは安堵の溜息をつくと、シフォンの手を再び包み込むように握りしめた。その場にいた一同に安堵の空気が広がる。

 

「主役が起きたなら、これの出番だね」

 

 リリエルがワゴンを押して部屋に入ってきた。その上に乗っていたのは、王宮の料理人が総力を挙げて作り上げた特大の「快気祝いパフェ」だった。

 数種類の果実と、高く積み上げられた生クリーム、そして贅沢なアイスクリーム。それはシフォンの回復を祝うための、特別な贈り物だった。

 

「……全部、食べていいの?」

 

 シフォンの問いに、アリアは穏やかに頷いた。

 

「もちろんです。シフォンさんのために用意させたものですから」

 

 アリスやリリエルも誘い、ベッドを囲んでのささやかな宴が始まった。アリスは慣れない甘味に戸惑いながらも、一口ごとに表情を和らげていく。グレイスは甲斐甲斐しくシフォンの補助をし、ミリアはそれをからかうように眺めていた。戦火の余韻は、甘い菓子の香りと少女たちの談笑の中に溶けて消えていった。

 

 カイルとカルデナスの処分は、迅速かつ厳格に行われた。

 国家反逆罪および王族暗殺未遂。彼らが抱き込んでいた正規軍の反乱分子も解体され、主謀者たちは法に基づき、その地位と権利のすべてを剥奪された。カイルが目指した「闘争による進化」は、皮肉にも彼自身の破滅によって幕を閉じた。

 さらに数日が経ち、怪我の癒えたシフォンたちは王都の街へと繰り出した。

 

「アリス、次はあの角の店に行こうよ。美味しそうな匂いがする」

「……リリエル、少しは落ち着きなさい」

 

 アリスとリリエルの二人は、今や「黄金のチケット」を携えた王都の常連となっていた。かつての暗殺者としての鋭さは影を潜め、平和な街並みに馴染んでいる。

 アリアは、復興の進む街の様子を眺めながら歩を進めた。

 

「シフォンさん。私は、この光景を守るために、これからも進もうと思います。誰かがお菓子を食べて笑っていられる、そんな当たり前のことのために」

 

 シフォンは歩きながら、手にした包み紙からクッキーを一口かじった。

 

「……ん。……いいと思う。……アリアがそうするなら、……私は隣にいる」

 

 グレイスがその言葉に満足げに頷き、アリアは少し照れたように笑った。

 王都の喧騒は、以前よりもどこか温かみを増しているように感じられた。少女たちの足跡は、石畳の上に確かな日常の記憶として刻まれていく。

 

「さあ、行きましょう。次の店が、私たちを待っています」

 

 アリアの言葉に応えるように、シフォンは小さく頷いた。

 銀髪の少女の瞳には、かつての戦場の虚無ではなく、穏やかな午後の陽光が映し出されていた。

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