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第23章:黄金の斧、銀の閃光

 

 コロシアムを埋め尽くした数万の観衆のどよめきが、一瞬にして静まり返る。

 対峙する二人の間に流れる空気は、触れれば指が切れそうなほどに鋭く研ぎ澄まされていた。

 

 

 シフォンの前に立つのは、ヴィクトール傭兵団が誇る若き俊英、シノ。

 その巨躯は岩山を思わせるが、纏う空気は老練な武人のように静謐だった。彼は身の丈ほどもある巨大な斧を片手で軽々と提げ、シフォンに向かって深く、礼儀正しい一礼を捧げた。

 

「シノと申します。伝説の『死神』と刃を交えられること、武人としてこの上ない誉れに存じます」

「……シフォン。よろしく」

 

 シフォンは一度、シノの筋肉の付き方と重心の置き方をそっけなく観察すると、銀槍を低く構えた。その無造作な構えは、あらゆる攻撃を誘い、かつ粉砕する「完成された虚」を内包している。

 観客席の最前列では、グレイスが身を乗り出して戦況を分析していた。

 

「アリア様、見てください! あの斧使い、あんな重量物を武器にしている。一撃の重さは脅威ですが、その分、振りが大きく連続した攻撃は不可能なはず。シフォン様なら、持ち前の速さを活かしたヒット・アンド・アウェイで翻弄するのが最善ですわ!」

 

 自信満々に語る弟子グレイスの声を、シフォンの耳は敏感に拾っていた。

 

(……まだまだ、見る目がない。……あの男、ただの力自慢じゃないのに)

 

 シフォンは内心で小さく呟き、シノの足元の微かな筋肉の震えに意識を集中させた。

 

「――始めっ!!」

 

 審判の号令が爆ぜる。

 直後、観衆は己の目を疑った。

 巨漢であるはずのシノの姿がブレ、一瞬にして間合いが消失したのだ。

「重い一撃」ではなく「見えない一撃」。

 シノの斧は消えたかと思えるほどの豪速で頭上から振り下ろされた。

 

「……っ!」

 

 シフォンは後方へ僅かに沈み込み、紙一重でその刃を躱す。

 直後、空気を切り裂く風切り音が遅れて響き、床の石畳が爆発したかのように砕け散った。

 シノは攻撃の反動を一切見せず、巨大な斧をまるで軽量の剣であるかのように、縦横無尽に連続して振るい始める。

 

「な、なんですの、あの速さは……!? あのサイズの斧で、剣術のような連撃を……っ!」

 

 グレイスが驚愕に目を見開く。

 斧という武器の常識を覆すシノの連撃。受けてしまえば防御など関係なく、装甲ごと粉砕されて終わりだ。しかし、シフォンはその嵐のような攻撃を、柳の枝が風を受け流すかのように全て最小限の動きで回避し続けていた。

 

「……次は、こっち」

 

 シフォンの瞳が鋭く光る。

 今度はシフォンが攻撃に転じた。

 雷光とも形容すべき速さで放たれた槍の突き。シノはそれを斧の腹で打ち払い、続く二撃目を驚異的な柔軟性でのけ反って躱し、三撃目を斧の刃の根元で絶妙に受け流した。

 

「……へぇ」

 

 自分の攻撃を完璧に捌かれたシフォンは、一段ギアを上げた。

 さらに加速する銀槍。それに応じる黄金の斧。

 二人の打ち合いはもはや常人の目には捉えられず、観衆が見るのは空中で激突する火花と、音の繋ぎ目すら分からないほど連続した強烈な金属音だけだった。

 会場は、その次元を超えた戦いに、ただただ圧倒され、静まり返る。

 拮抗した数秒の後、試合が動いた。

 数えきれないほどの打ち合いの合間、シフォンは槍の「刃」ではなく「柄」を使い、シノの関節部――膝、肩、肘を正確に打ち込み始めたのだ。

 

「……ぐっ!」

 

 一つ一つは微かな衝撃。だが、針を刺すような正確な打撃が蓄積され、シノの斧を振るスピードが目に見えて落ちてきた。

 シフォンはトドメとばかりに、全身のバネを活かした強烈な横薙ぎを放つ。

 シノはそれを余裕を持って斧で受けたが――その瞬間、彼の足が力なく崩れた。これまでの累積した関節への打撃が、踏ん張る力を奪っていたのだ。

 膝をついたシノ。

 その喉元に、シフォンの銀槍が微塵の迷いもなく突きつけられた。

 

「……チェックメイト」

「…………完敗です」

 

 シノは潔く両手を挙げ、降参の意思を示した。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして、雷鳴のような歓声がコロシアムを震わせた。

 

「シフォン様――ーっ!! さすがですわ! わたくしの言った通り、翻弄して勝たれましたわね!」

 

 興奮して叫ぶグレイスの声に、シフォンは「……全然違うけど、まあいいや」と小さく肩をすくめた。

 熱狂する観衆に背を向け、シフォンはそそくさと控室へと向かう。

 彼女の頭の中にあるのは、勝利の余韻でも、シノへの敬意でもなかった。

 

(……一勝。……パフェ。……待ってて、チョコレートソース)

 

 ケーキ食べ放題への第一歩を確実に踏み出したことに安堵しながら、シフォンは早くも「次の獲物」――ではなく「次のデザート」へと想いを馳せるのだった。

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