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第21章:野心の円舞曲(ワルツ)、あるいは牙を剥く革新

 

 学園の平穏な午後は、突如として冷淡な政治の季節へと塗り替えられた。

 アリアを狙う「革新派」の影、そして彼女の前に立ちはだかる二人の強力な王位継承候補。シフォンの「お菓子を守る戦い」は、さらなる混沌へと突き進んでいく。

 

 聖リリウム女学院の広大な庭園で催された、王立学園合同の園遊会。華やかな喧騒の中に、異質な威圧感を放つ一団が現れた。

 そこにいたのは、アリアの兄でありながら「王宮の生活は窮屈だ」と出奔し、自ら傭兵団を立ち上げた長男ヴィクトール。そして、卒業後すぐに有力公爵家へ嫁ぎ、今なお王家と実家に強大な影響力を持つ長女エレナの姿だった。

 二人はアリアよりも継承順位こそ低いものの、虎視眈々と玉座を狙う有力な王位継承候補である。

 

「――相変わらずだな、アリア。そんな小娘ひとりを護衛に据えて、王宮の荒波を渡れると思っているのか?」

 

 傲岸不遜な笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、ヴィクトールだ。自ら戦場に身を置く彼は、軍部とも深いコネクションを持つ、実力至上主義の武闘派である。彼の背後には、荒事にも慣れた傭兵崩れの騎士たちが黒い壁のように控えていた。

 

「お兄様、それ以上はいけませんわ。アリア様にはアリア様の……そう、おままごとのような『理想』があるのですから」

 

 扇で口元を隠し、冷ややかに毒を吐くのはエレナだ。類まれな美貌と公爵夫人としての立場を最大限に利用し、社交界を裏から操る情報戦の天才である。

 

「ヴィクトール兄様、エレナ姉様……。私は、私にできる最善を尽くすだけです」

 

「最善、か。だが、その甘さが国を滅ぼす。既に王都の『革新派』は動き出しているぞ。大人しく継承権を返上し、田舎の離宮で刺繍でもして過ごすのが、お前の身のためだ」

 

 ヴィクトールの言葉は、もはや兄妹の対話ではなく、明確な政治的宣戦布告であった。

 

 その時、貴族たちの間を割って、一人の男が進み出た。革新派の筆頭、ベルモンド伯爵。カイル王子とも密かに繋がっていると噂される、新興勢力の旗振り役である。

 

「アリア殿下。……残念ながら、我々市民は貴女のような『古き良き王族』の温情を、もはや必要としておりません」

 

 ベルモンドは冷淡な笑みを浮かべ、アリアにだけ聞こえる低い声で囁いた。

 

「例の栄養剤の件……シフォン殿が邪魔をしてくれたようですが、あれは序の口に過ぎません。我々の背後には、貴女たちが想像もできないほどの『革新の力』がある。明日までに継承権の辞退を公表しなければ……この学園の生徒たちに、どのような『悲劇』が起きるか。……賢明な殿下なら、お分かりでしょう?」

 

 それは、学園全体を人質に取った、卑劣な物理的脅迫だった。

 

 庭園の隅で、アリアが贈ってくれた「三層仕立てのベリータルト」を堪能していたシフォンだったが、その耳は周囲の不穏な空気を余さず拾っていた。

 

「……アリア。……お菓子が、不味くなる」

 

 シフォンが静かに立ち上がると、劇的に空気が一変した。ヴィクトールが連れていた精鋭の傭兵たちでさえ、本能的な死の予感に身を震わせ、無意識に剣の柄を握りしめる。

 

「な、なんだ……この小娘が放つプレッシャーは……!?」

 

 シフォンはヴィクトールやエレナを視界にも入れず、まっすぐにベルモンド伯爵の前へと歩み寄った。

 

「……革新派。よく知らないけど、……私のお菓子の時間を邪魔するなら、容赦しない」

「……っ、何を……!」

「……あんたたちの『革新の力』とやらが、軍隊いくつ分か知らない。……でも、私の槍一本分より軽いなら、まとめて更地にしてあげる。……分かったら、さっさと消えて。……アリアの顔が、曇るから」

 

 ベルモンドはシフォンの瞳に宿る「戦場における死」のオーラに圧され、捨て台詞を残して逃げるように去っていった。ヴィクトールとエレナも、シフォンの底知れない実力に驚愕し、警戒を剥き出しにしながらその場を後にする。

 

「シフォンさん……すみません、私のせいで不快な思いをさせて」

「……ううん。アリア、気にするな。……お菓子の貸しが、一つ増えただけ」

 

 そこへ、影から様子を伺っていたグレイスが慌てて合流する。

 

「アリア様! 革新派が本格的に牙を剥くというのなら、わたくしたちも覚悟を決めねばなりません!」

 

 シフォンとグレイス。性格も立場も異なる少女たちが、アリアという光を守るために改めて結束を誓った。

 

「……ヴィクトールも、エレナも、ベルモンドも。全部まとめて、かかってくればいい。……私は、アリアと……世界中の美味しいケーキを守るって、決めたから」

 

 シフォンは残りのタルトを一口で平らげると、夕闇に沈みゆく王宮を見据え、静かに槍を構えるのだった。

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