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第20章:禁忌の甘露、あるいは救済のレシピ

 

 「……また、これ?」 

 

 シフォンの手元には、最近露店街で爆発的に流行しているという「安価な栄養剤」の小瓶があった。

 名前を『聖光水』という。一口飲めば疲れが消え、体中が熱くなるほどの活力が湧くと評判だが、その液体から漂うのは、シフォンがかつて戦場で見捨てた「死の残り香」だった。 

 シフォンは即座にアリアの私室を訪れ、小瓶をテーブルに置いた。

 

 「アリア、……これ、危険。……昔の、質の悪い回復薬と成分がよく似ている。……一時的に魔力を暴走させて元気に見せてるだけ。……後で心が壊れる」 

 

 同席していたグレイスが、その小瓶を手に取ると、忌々しげに表情を歪めた。

 

 「間違いありませんわ。バイオレット家に届いた報告とも一致します。これを服用した労働者たちが、最初は驚異的な効率で働きますが、数日後には虚ろな目をして倒れ、しばらく起き上がれなくなる事例が相次いでいます。……国の上層部にもこれを推す声があるようですが、明らかに何者かが意図的に流行らせていますわ」 

 

 アリアの表情が、静かな怒りに染まる。

 

 「民の困窮に付け込み、命を削って利益を得るなど……許しがたい暴挙です。シフォンさん、グレイス。この『聖光水』の出所の調査、そして何より、既に毒に侵された人々を救うための対策法の立案をお願いできますかしら?」 

「……了解。……やってみる」 

 

 シフォンは短く答え、翻る制服を背に、再び王都の闇へと足を踏み出した。 

 

 調査を始めて三日目。シフォンは王都北部の物流倉庫街を探索していた。

 そこは『聖光水』の製造拠点の一つと目される場所だった。 

 霧の深い路地裏、不意に背後から殺気が放たれる。 シフォンは即座に銀槍を抜き放ち、背後からの「刃」を弾き飛ばした。

 

 「……相変わらず、……殺気、隠すの下手」

 「……あなたか。……鼻が利くのは、エルフの特権」 

 

 影から現れたのは、銀髪を靡かせ、二振りの鉈剣を無造作に提げたリリィだった。彼女もまた、この不穏な栄養剤を追って王都に潜伏していたのだ。

 

 「リリィ、……あんたも、これを追ってるの?」 

「……正しいことだから。この胡散臭い水のおかげで、仲間たちに被害が出ている。……作り手は巧妙に隠れているが、この独特の『腐った甘さ』は隠せない」 

 

 二人は一時的に手を組み、周辺の拠点を制圧した。そこでシフォンが見たのは、かつての戦友たちが苦しんだ、あの虚ろな目をした男たちの群れだった。 

 シフォンの脳裏に、グレイスの言葉が蘇る。 

 

『――腕の良い治癒魔法師の回復魔法で、一定の効果が出た事例があるそうですわ』

 

 「リリィ。……ミリアを、呼んでほしい」 

「……ミリアを。……彼女なら、何とかするかもしれない。……あなたに、策がある」

 「……魔法だけじゃ、足りない。……器になる『純粋な力』が必要。……私の、砂糖ならそれができる」 

 

 数日後。リリィの手引きにより、王都へと急行したミリアが合流した。 

 ミリアはシフォンの顔を見るなり、その柔らかい微笑みを湛えて彼女の手を取った。

 

 「シフォンちゃん、お久しぶりです。……事情はリリィから聞きました。悲しいことですね、こんなものが広まっているなんて」 

 

 ミリア、リリィ、そしてシフォン。かつての戦場を知る三人の「異端者」たちが、学園の片隅にあるシフォンの調合室に集まった。

 

 「ミリアの治癒魔法は、壊れた精神の糸を繋ぎ止めることができる。……でも、栄養剤に侵された体は、魔法を受け入れるだけの体力が残ってない」 

 

 シフォンは、先日露店街で厳選し、自ら精製した「黄金の砂糖」を指し示した。

 

 「……私の砂糖は、ただ甘いだけじゃない。……サトウキビの生命力を限界まで凝縮して、魔力を安定させる『核』になる。……これをミリアの魔法の媒体にして、新しい薬を作る」 

「なるほど……! シフォンちゃんの純粋な糖分を触媒にすれば、私の魔法を『ゆっくり、確実に』体内に浸透させられます。これなら、衰弱した人たちの心臓に負担をかけずに治療できますね!」 

 

 リリィは腕を組み、無表情に窓の外を眺めていたが、その口元は静かに微笑んでいた。

 

 「……私は、外で見張る。……変なものが近づかないように」 

 

 調合は夜を徹して行われた。 シフォンが火加減を完璧にコントロールし、サトウキビの蜜を透明な琥珀色へと変えていく。

 そこにミリアが、慈愛に満ちた蒼い魔力を注ぎ込んでいく。 二人の力が混ざり合い、結晶化していく様は、まるで夜空に星が生まれる瞬間のようだった。 完成したのは、小さな琥珀色の「飴玉」だった。

 

 「……できた。……副作用のない、治療薬」 

 

 シフォンは一粒、口に含んだ。 脳を直接叩くような強烈な興奮ではない。じわりと全身に温もりが広がり、心が静かに凪いでいく、本物の安らぎ。 

 

「これなら、あの方たちを救えますわ!」 

 

 駆けつけたグレイスとアリアが、その輝きを見て歓喜の声を上げた。 アリアは即座に指示を出し、王家直轄の診療所を通じて、この新薬のレシピを無償で公開することを決定した。

 腕利きの調理師と回復魔法使いが協力し治療薬が丁寧にかつ急ピッチで作られていった。

 「蛇」が撒いた毒を、シフォンの「砂糖」とミリアの「慈愛」が塗り替えていく。 

 

 数日後。路地裏に座り込んでいた男たちの目に、少しずつ光が戻り始めていた。 シフォンは、そんな彼らを遠くから見つめ、一つだけ溜息をついた。

 

 「……シフォンさん、本当にありがとうございました。貴女がいなければ、この国はまた一つ、大きな傷を負うところでしたわ」 

 

 アリアが隣に立ち、シフォンの肩にそっと手を置く。

 

 「……私は、作っただけ。……材料をくれたのは、王都の人。……魔法を使ったのは、ミリア」「それでも、それを形にしようとしたのは貴女の意志ですわ」 

 

 シフォンの視線の先には、屋根の上で風に吹かれながら、周囲を警戒するリリィの銀髪が揺れていた。ミリアは診療所の中で、笑顔で子供たちに飴を配っている。 戦うことしかできなかった少女たちが、今、命を救うためにここにいる。

 

 「……アリア。……まだ、終わってない。……この毒を持ち込んだ『誰か』を、私は許さない」 

「ええ。私も同じ気持ちです」 

 

 王国の闇に潜む「蛇」。 シフォンの胸に宿った小さな不安は、今は冷たく鋭い「殺意」へと形を変えていた。 大切な友人たちの日常を、自分たちの「砂糖」が作り出す平穏を脅かす者は、たとえそれが王族であろうとも容赦はしない。 シフォンは懐の飴を一粒噛み砕き、その確かな甘さを噛み締めながら、アリアと共に歩き出した。 新たな嵐の予感が王都を包もうとしていたが、今のシフォンには、背中を預けられる仲間が、かつてよりもずっと多く存在していた。

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