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第15章:地下遺構の呼び声、あるいは王子の試練

 

 穏やかな午後のティータイムが過去の記憶になりそうなほど、学園の正門付近は騒がしさに包まれていた。

 留学先から帰国した第一王子、カイル・フォン・ルミナスの帰還。アリアの弟である彼は、姉に似て礼儀正しく、落ち着いた物腰の少年だったが、その瞳にはかつてのグレイスに近い、研ぎ澄まされた武人の光が宿っていた。

 

「姉上、ただいま戻りました。……そして、貴女が噂のシフォン・アルトワール殿ですね」

 カイルはアリアとの再会を喜んだ後、その一歩後ろに控えるシフォンへと向き直った。彼は恭しく一礼したが、その立ち姿には一切の隙がない。

 

「話は聞いています。姉を救い、近衛騎士団を圧倒し、あのカルデナスの策謀を挫いた『銀髪の守護者』。……不躾ながら、その実力、この目で見極めさせていただきたい」

「……遠慮する。疲れるのは嫌だ」

 

 シフォンはパウンドケーキの最後の一片を口に運ぶと、そっけなく視線を逸らした。カイルの放つ気圧は、戦いを楽しもうとする者のそれだ。今のシフォンにとって、それは「平穏」を阻害するノイズでしかなかった。

 

「そこを何とか。もし立ち会っていただけるなら、今日の夕食に王宮お抱えの菓子職人が作る『特製フォンダンショコラ』をもう一皿、追加しましょう」

「…………」

 

 シフォンの耳がピクリと動いた。彼女は無言で立ち上がると、隅に置いていた練習用の槍を手に取る。

 

「……一皿、追加。……約束だ」

 

 学園の訓練場。

 カイルの太刀筋は、確かに「優秀」という言葉に相応しいものだった。力強く、無駄がなく、若さに似合わぬ重みがある。だが、対するシフォンの動きは、もはや「戦い」ですらなかった。

 カイルが放つ渾身の突きを、シフォンは紙一重でかわし、槍の柄で彼の剣筋を軽く弾く。流れるような動作、そして予備動作の一切ない反撃。

 数分後、カイルの剣は弾き飛ばされ、シフォンの槍の穂先が彼の喉元に静かに添えられていた。

 

「……参りました。噂以上だ」

 

 カイルは清々しく笑い、自身の敗北を認めた。だが、その瞳には新たな熱が灯っている。

 

「シフォン殿。この強さを見込んで、折り入って頼みがあるのです。……私の留学先の都市外れで、古い地下遺跡が発見されました」

 

 カイルが語る内容は深刻なものだった。

 都市開発の最中に見つかった謎の地下遺構。その調査のために派遣された一線級の魔術師や腕利きの冒険者たちが、調査開始から数日、忽然と消息を絶ったというのだ。

 

「未知の迷宮に遭難したのか、あるいは強力なモンスターと遭遇したのか……。救助隊を編成していますが、戦力的にはまだ不安がある。並外れた強さを持つ貴女に、ぜひ救助隊の要として同行していただきたいのです」

「……私は、アリアの護衛官。……学園の外には出ない」

 

 シフォンは当然のように断った。アリアを一人残して遠征など、契約違反にも等しい。

 だが、そこへアリアが沈痛な面持ちで、一通の書状を差し出した。

 

「シフォンさん……実は、父上からも正式な依頼が来ているのですわ」

「……王様から?」

「ええ。国王直下の騎士団が、災害派遣の名目で現地へ向かうことになりました。そして、その『特別顧問』として、シフォンさんの同行を求める正式な出動要請です。……これは、個人の契約よりも優先される、国家の命令となりますの」

 

 シフォンは手渡された書状に目を落とした。そこには国王の私印と共に、「アリアの安全は騎士団が責任を持って守る。ゆえに、この危急の事態に力を貸してほしい」という、拒絶し難い懇願が記されていた。

 

「…………はぁ」

 

 シフォンは、深く、長く、地を這うような溜息をついた。

 せっかくの平穏な学園生活。デザート三昧の日々。それが、またしても「戦場」の匂いに塗り替えられようとしている。

 

「……分かった。……行く。……でも、ケーキの追加は三つ。……あと、帰ってきたら一週間の昼寝を許可すること」

「ふふ、約束しますわ、シフォンさん。どうか、無事で戻ってきてくださいね」

 

 アリアがシフォンの手を取る。

 かくして、最強の死神は学園を一時離れ、謎に包まれた古代の地下遺構へと足を踏み入れることとなった。

 暗い穴の底で待ち受けているのが、単なる魔物なのか、あるいはカルデナスの言っていた「闇」の一部なのか。

 シフォンは槍を担ぎ直し、面倒くさそうに、けれどその瞳に鋭い戦士の光を宿しながら、王都を後にするのだった。

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