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幕間

 王宮での激動の公聴会から数日。

 学園の寄宿舎のテラスには、再び穏やかな午後の陽光が差し込んでいた。テーブルには、シフォンが最近お気に入りの「林檎とクルミのパウンドケーキ」が並び、アリアが丁寧に淹れた紅茶の香りが秋の空気に溶け込んでいる。

 

 一見すると、いつもの平和なティータイムだった。

 だが、シフォンは自分の皿のケーキを半分ほど平らげたところで、ふとフォークを置いた。その瑠璃色の瞳が、紅茶のカップをじっと見つめたまま動きを止めているアリアの横顔を捉える。

 

「……アリア。紅茶、冷めてる」

「えっ……? ああ、ごめんなさい。少し考え事をしていましたわ」

 

 アリアは慌てて微笑んだが、その瞳の奥には拭いきれないかげがあった。シフォンは逃がさない。彼女は椅子を少しアリアの方へ向け、真っ直ぐに友人を見つめた。

 

「……カルデナスの言ったことが、気になってる? それとも、他に不安なことがあるなら……話して。私は、あんたの護衛だから」

 

 アリアは一瞬、迷うように視線を彷徨わせた。だが、シフォンの揺るぎない眼差しに射抜かれ、やがて覚悟を決めたように小さく息を吐いた。

 

「……シフォンさん。私は、自分が怖くなることがありますの。私は生まれた時から、父の……国王の後継者の一人として育てられてきました。けれど、自分を見つめ直すたびに思うのです。私は、人より少し物分かりが良いだけの、ただの少女に過ぎないと」

 

 アリアの指先が、微かに震えていた。

 

「国を背負う重圧。重臣たちの思惑。私には、父のような偉大さも、人を圧倒するカリスマもありません。……私よりもずっと優秀で、聡明な弟がおりますの。……いっそ、彼が王になった方が、この国の人々は幸せになれるのではないか。私は、王の器ではないのではないか……そう、思ってしまうのですわ」

 

 それは、次期女王候補として常に完璧を求められてきた彼女が、初めて口にした本音だった。

 傍らで控えていたグレイスも、かける言葉が見つからず、悲しげに瞳を伏せる。

 しかし、シフォンは意外にも、呆れたような溜息をついた。

 

「……アリア。あんた、王様を何だと思ってるの?」

「え……?」

「……私のいた戦場には、自称『王』や『英雄』が掃いて捨てるほどいた。でも、本当に国を回していたのは、彼らじゃない。……王様なんて、人間として特別に優秀である必要はないんだよ」

 

 シフォンはパウンドケーキの最後の一片を口に運ぶと、淡々と持論を述べた。

 

「……王の仕事は、下々の連中のご機嫌をとって、それぞれが十二分に働ける場所を作ってやること。その環境を、誰に何を言われても意地でも守り抜くこと。そして、何かあった時に、部下や国民の代わりに『私が責任を取る』と覚悟を見せること。……それだけ。……あんたには、それができる」

 

 シフォンはアリアの目を覗き込んだ。

 

「……あなたは、自分のために誰かを犠牲にするより、誰かのために自分が泥を被る方を選ぶ。……それは、私から見れば、立派な『王の器』だよ」

 

 アリアは目を見開いた。そんな風に肯定されたのは、人生で初めてだった。

 

「……でも、もしどうしても逃げ出したいなら」

 

 シフォンは少しだけ表情を和らげ、冗談を言うような口調で続けた。

 

「……その時は、私の故郷……十年間住んでいたあの田舎の村に、一緒に行こう。弟とやらに全部ぶん投げて、一緒に砂糖を作って、生糸を紡いで、飽きるまでおやつを食べて暮らせばいい。……あなたが望むなら、私が村中を『武装化』して、誰も追って来られないようにしてあげる」

「……っ、ふふ、あははは!」

 

 アリアは堪えきれずに吹き出した。王女に全ての面倒ごとを放り出せと提案するエルフ。しかも村を要塞化するなどという物騒な計画付きだ。

 

「……素敵ですわね、それ。もし本当に全ての面倒ごとを解決して、それでも疲れてしまったら……その時は、貴女の村に置いていただけますかしら?」

「……パフェの種類は少ないけど、空気だけはいいよ」

 

 その様子を見ていたグレイスも、太陽のような笑顔を浮かべて身を乗り出した。

 

「アリア様! その時はわたくしも、バイオレット家の家督など放り出して、お供いたしますわ! 畑仕事でも護衛でも、アリア様とシフォン様の隣にいられるなら、どこへだって参ります!」

「あら、グレイスまで。……それじゃあ、田舎の村が随分と賑やかになりそうですわね」

 

 アリアの顔から、先ほどまでの陰が消えていた。

 王という重責も、カルデナスの呪いのような言葉も、この暖かな絆を壊すことはできない。

 シフォンは、笑い合う二人を眺めながら、残った紅茶をゆっくりと啜った。

 

 戦場にはなかった、甘くて心地よい空気。

 たとえこの先に、カルデナスが予言した深い闇が待ち受けていようとも。

 この二人と一緒なら、案外、悪くない結末が待っているのではないか。

 シフォンはそんなことを思いながら、空になった皿を見つめ、三つ目のケーキをおねだりするタイミングを伺うのだった。

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