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第14話 断罪の演壇、あるいは深淵の残滓

 

 

 

 王都の象徴である大議事堂、通称「白亜の円形宮」

 

 その中心に設置された証言台を、数百もの貴族と議員たちの冷ややかな視線が射抜いていた。壇上で蛇のような薄笑いを浮かべるカルデナス卿が、手にした羊皮紙を大げさに振るい、糾弾の声を上げる。

 

 

「――アリア・フォン・ルミナス王女殿下! 貴女は一ヶ月前、王都の裏通りにある廃倉庫にて、革新派の過激派組織『灰の牙』の幹部、ドルフと密会していた。これは紛れもない事実ですな?」

 

 カルデナスの声がホールに反響する。アリアは一歩も引かず、冷徹な美しさを保ったまま彼を見据えた。

 

「事実ですわ。ですが、それは彼らの方から『王位継承のための軍資金を融通する代わりに、自分たちの利権を認めろ』という不当な交渉を持ちかけられたためです。私はその場で明確に、断固として拒絶いたしました」

「クハハ! 拒絶した、と? それを証明する者は? その場にいたのは貴女と、素性不明の護衛官、そしてテロリストのみ。交渉が決裂したのではなく、彼らと手を組み、自作自演の暗殺未遂を起こして国民の同情を買おうとした……そう考えるのが自然ではありませんかな?」

 

 カルデナスの論理は飛躍していたが、会場の一部からは同意の囁きが漏れる。彼は勢いづき、アリアに指を突きつけた。

 

「テロリストと接触すること自体が、王族としての適格性を欠いている! 国家への反逆を謀った疑い、これだけで廃嫡の理由は十分だ!」

「……カルデナス卿、あまりに滑稽ですわ。接触しただけで罪だと言うのなら、そのテロリストをこの王都に招き入れ、野放しにしていた治安責任者はどうなるのです? そもそも、彼らが私の動向を正確に把握して待ち伏せできたのは、内部に手引きした者がいたからではないかしら?」

 

 アリアの鋭いカウンターに、カルデナスの顔が僅かに引きつる。

 

「根拠なき疑念だ! 証拠があるのか!」

「それはこちらの台詞ですわ。私が彼らと協力関係にあるという『客観的な証拠』が一点でもあるのなら、今すぐお出しなさい。……出せないのであれば、それは単なる卿の妄想による中傷に過ぎませんわ」

 

 議事堂内が静まり返る。アリアの隙のない反論に対し、議長が重々しく木槌を叩いた。

 

「……証拠なき推測による廃嫡案は受理できぬ。本件、これ以上の審議は不要とする」

 

「……よかろう。殿下の件は一度置くとしよう。だが、本命はこちらだ」

 

 カルデナスの視線が、アリアの背後に立つシフォンへと移る。その瞳には、獲物を確実に仕留める猟犬のような執念が宿っていた。

 

「筆頭護衛官、シフォン・アルトワール。貴様の提出した身分証書……これに押された辺境領主の印章を、王立紋章官に鑑定させた。結果は……『偽造』だ。しかも、数十年前に廃止された古い術式が混じっている。……貴様、何処の国の工作員だ? その若さでそれほどの武力を持ち、経歴を偽って王女に近づいた目的は何だ!」

 

 シフォンは面倒そうに、懐から小さな飴玉を取り出し口に放り込んだ。そして、カルデナスの怒号を柳に風と受け流しながら、淡々と答える。

 

「……偽造じゃない。……古い術式なのは、その領主がケチで、印章を新調してなかっただけ。……あと、これが『最新』の、役所からの調査報告書。……私の村の砂糖の収穫量と、生糸の取引記録も全部載ってる」

 

 シフォンが差し出したのは、ガリルが裏で手を回して作成させた、極めて「正当な」追加書類だった。

 

「ふん、そんな紙切れいくらでも捏造できる! 議長、彼女の拘束を許可されたい! 徹底的な尋問によって、その化けの皮を剥いでみせる!」

「……カルデナス卿。……あんた、自分の言ったこと、忘れたの?」

 

 シフォンが初めて、冷たい笑みをその唇に浮かべた。

 

「……私の印章が『古い』って言った。……それはつまり、あんたが私の過去を調べようとして、私の故郷に『隠密』を送った証拠。……残念だけど、その隠密、役所の書類を盗もうとして返り討ちに遭ったみたい。……これ、その隠密が持ってた、カルデナス家の私印が押された密命書。……返してあげる」

 

 シフォンが放り投げたのは、カルデナスが秘密裏に出した命令書だった。会場に戦慄が走る。シフォンは身分の潔白を証明するだけでなく、カルデナスが不当に他人の経歴を調査し、工作を仕掛けた証拠まで突きつけたのだ。

 

「ぐ、ぬ……貴様……!」

「……身分に、嘘はない。……役所も、領主も、私がただの『おやつ好きのエルフ』だって認めてる。……文句、ある?」

 

 法務官が書類を確認し、頷く。

 

「……記載内容に不備なし。シフォン氏に対する強制拘束の議案を棄却する」

 

 

「――今度は、こちらのターンですわ」

 

 アリアの声が凛と響く。シフォンが合図を送ると、議事堂の中央に巨大な魔法写本マジック・コピーの術式が展開された。

 

「……これ、昨夜の収穫。……一般流通が禁止されている『狂乱の魔石』。……第三軍の倉庫に山積みだった。……その全てに、カルデナス卿の裏サインが入った受領証が添付されていた」

「な、……馬鹿な! 貴様、軍の重要施設に不法侵入したのか!」

「……不法じゃない。……『王立騎士団・特別顧問』としての、正当な視察。……それと、これ。……使い魔が見た、昨夜の景色」

 

 空中に、鮮明な映像が投影される。

 そこには、カルデナスに買収された将校たちが、シフォンを包囲しながら喚き散らす姿が映っていた。

 

『――死ね! シフォン! カルデナス卿の邪魔をする奴は生かしておかん!』

『――貴様さえ殺せば、魔石の取引は闇に葬れるのだ!』

 

「……彼ら、随分と饒舌だった。……私が少しだけ『怖がらせたら』、全部喋ってくれた。……買収の金額、魔石の流出経路、そして、アリアを廃嫡に追い込んだ後の計画まで」

 

 映像の中の将校たちは、シフォンの放つ圧倒的な殺気に支配され、自白剤を飲まされたかのようにカルデナスの悪行を暴露し続けていた。

 議員たちは総立ちとなり、罵声がカルデナスに浴びせられる。

 

「この恥知らずめ!」

「軍を私兵化し、禁忌に手を染めるとは!」

 

 数時間に及ぶ激論の末、カルデナスは全ての役職を解任され、王宮からの永久追放を言い渡された。

 しかし、シフォンはアリアの傍らで、苦い表情を浮かべていた。

 

「……納得いかない。……なんで、クビにできないの」

 

 シフォンの不満も尤もだった。カルデナスは老獪に逃げ道を確保しており、証拠の一部が「非正規の潜入」によるものだとして、法的に死罪や廃嫡に追い込むまでには至らなかったのだ。彼は、ただの「無位無冠の貴族」として生き残った。

 

「……クハッ、クハハハハ!」

 

 護送される間際、カルデナスはシフォンとアリアの前で立ち止まった。

 その瞳は、濁った沼のように底知れない暗闇を湛えていた。

 

「お見事だよ、小さな死神さん。……だがな、一つ教えてやろう。……私は単に、流れてきた『狂乱の魔石』を拾って遊んでいただけだ。……あのグレイス・バイオレットを狂わせたのは、私ではないぞ」

 

 カルデナスはシフォンの耳元で、冷たく囁いた。

 

「……本当の『蛇』は、貴様たちが最も信頼している場所に潜んでいる。……この国の闇は、お前たちが救ったつもりでいるその『学園』の中にさえ、根を張っているのだよ」

「……何が言いたいの」

「……いずれわかる。……貴様がその槍で誰を貫くことになるのか、楽しみにしているぞ」

 

 カルデナスは醜悪な笑いを残し、議事堂を去っていった。

 勝利したはずのホールに、寒々しい沈黙が落ちる。シフォンは懐の飴を噛み砕き、その甘さが今は酷く薄っぺらに感じられるのを、ただ黙って耐えていた。

 

「……アリア。……まだ、終わってないみたい」

「ええ。……ですが、どのような闇が待ち受けていようと、私は貴女と共に歩みますわ」

 

 二人の背後で、夕闇が王都を包み込み始めていた。

 学園に潜む真の黒幕、そしてカルデナスの言った「蛇」の正体。

 次なる嵐は、彼女たちの最も身近な場所から吹き荒れようとしていた。

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