第13話:逆転の布石、あるいは死神の隠密行動
ガリルからの緊急伝令を受け、学園の一室には重苦しい、しかし鋭い緊張感が満ちていた。
机の上に広げられたのは、ガリルが独自に調査したカルデナスの背後関係と、軍内部で彼に同調する部隊のリストである。
「――状況を整理しましょう」
アリアが静かに、しかし王女としての威厳を持って口を開いた。
「カルデナスの狙いは二つ。私の廃嫡、そしてシフォンさんの強制拘束。私の方は心配いりません。廃嫡には王室会議の承認が必要ですが、そこには私の父である国王陛下、そしてグレイスさんのバイオレット侯爵家が睨みを利かせています。古の法典を持ち出したところで、そう簡単に通る話ではありませんわ」
「ええ、バイオレット家も全力で阻止いたしますわ!」
グレイスが力強く頷く。彼女の目は、かつての洗脳の屈辱を晴らそうとする復讐の炎と、シフォンへの純粋な忠誠心で燃えていた。
「問題は……シフォンさん、貴女の強制拘束の議案です。カルデナスは貴女の『素性不明な強さ』を国家への脅威として煽り、強引に連行して『尋問』という名の隠滅を図るつもりでしょう」
「……私を、檻に入れるつもりか」
シフォンは最後の一口のマカロンを飲み込み、冷徹な死神の瞳で窓の外を見据えた。
「……面倒。けれど、逃げるのはもっと面倒。……どうすればいい?」
「公の場で、戦いましょう」
アリアがシフォンの手をしっかりと握った。
「議決が行われる当日、私は次期女王候補として公聴会への出席を求めます。そこで、カルデナスが主張する『正体不明の脅威』という言いがかりに対し、私が貴女の筆頭護衛官としての潔白さと、これまでの功績を堂々と説明します。王女の直属である貴女を、明確な証拠もなしに拘束することは、王室への冒涜と同義。……あちらに挙証責任を押し付けるのです」
アリアの作戦は、シフォンの存在を「影」から「光」へと引き出すことだった。公の場で「王女の守護者」としての地位を確立させれば、カルデナスも手出しはできなくなる。
「けれど、それだけではカルデナスを叩き潰せません」
シフォンが言葉を継ぐ。
「……カルデナスに抱き込まれた軍の連中。……そいつらが、実力行使に出たら、アリアの立場も危うくなる。……だから、私が先に『掃除』をする」
シフォンが立てた計画は、アリアの政治的攻勢と同時並行で行われる、極秘の潜入調査と各個撃破だった。
「ガリルの情報によれば、カルデナスは国境警備を担う第二総局の一部を私兵化している。……彼らがカルデナスとどう繋がっているのか、魔石や武器の出所を突き止め、証拠を掴む。……造反の証拠があれば、カルデナスを弾圧するための『正当な大義名分』が手に入る」
「シフォン様、わたくしも同行いたしますわ!」
グレイスが志願するが、シフォンは首を振った。
「……グレイスは、アリアの傍にいて。……私の代わりに、アリアの盾になってほしい。……潜入は、私の領分。一人の方が、速い」
シフォンは机の上の地図を指先でなぞった。
「……決行は今夜。……明日、学園に戻った時には、カルデナスの尻尾を掴んでいる。……アリア、公聴会の準備を。……私は、ネズミの巣を荒らしてくる」
その夜。シフォンは黒い夜間戦闘服に身を包み、銀槍を魔力で極小化して懐に忍ばせると、夜の闇に溶け込むように学園を抜け出した。
潜入先は、王都郊外にある第三軍の駐屯地。
シフォンの動きは、もはや風そのものだった。歩哨の視線を一瞬の死角でかわし、魔力探知を術式の裏をかくことで無効化する。
やがて彼女は、駐屯地最深部の倉庫にて、見てはならないものを発見した。
そこには、グレイスを狂わせたものと同じ、一般人への使用は禁止されているモノ、禍々しい輝きを放つ「狂乱の魔石」が大量に積み上げられていた。そして、カルデナスの刻印が押された極秘の輸送指令書。
(……見つけた。……これが、あんたの死状だ、カルデナス)
シフォンは魔法写本の術式を使い、証拠となる文書の内容を複製していく。
その時、背後から無数の殺気が膨れ上がった。
「……ネズミが紛れ込んだようだな」
重厚な鎧の音。カルデナスに買収された将校たちが、シフォンを包囲していた。
だが、シフォンの唇には、微かな、そして酷く冷たい笑みが浮かんでいた。
「……ちょうどいい。……訓練場の騎士たちよりも、あんたたちの方が『実戦』の練習になりそうだ」
銀の槍が、月光を反射して実体化する。
翌朝、学園に届くのは、カルデナスの破滅を告げる証拠と、沈黙させられた造反部隊の報。
最強の死神による、カルデナス追いつめるための「逆転劇」が、静かに幕を開けた。




