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第12話:銀槍の指南、あるいは不穏なる胎動


 

 秋の深まりと共に、学園を取り巻く情勢は緩やかに、しかし確実に変質しつつあった。

 国王との謁見を経て数日後、シフォンの手元には、王家の紋章が刻印された一通の「密書」が届けられていた。

 

 王宮の奥深く、一般の騎士さえ立ち入りを禁じられた特別訓練場。

 そこに、国王ルミナスの姿があった。そして彼の前には、不服そうに頬を膨らませ、一箱の高級マカロンを抱えたシフォンが立っている。

 

「……シフォン、改めて頼みたい。貴殿のその卓越した実戦技術を、我が国の近衛騎士団の精鋭たちに叩き込んでほしいのだ。形式上の地位は『王立騎士団・特別顧問』。もちろん、学園生活に支障のない範囲で構わん」

「……断りたい。教えるのは苦手。……それに、目立つのは嫌だ」

 

 シフォンはマカロンを一つつまみ、無造作に口へ放り込む。王の前とは思えぬ不敬な振る舞いだが、国王は苦笑するだけで咎めようとはしない。

 

「目立つ必要はない。これはあくまで『特別訓練』だ。貴殿の正体は団長クラスにしか明かさぬ。……報酬には、王宮直属のパティシエが貴殿のためだけに作る、新作菓子の優先試食権を約束しよう」

「…………。……いつから、始めればいい?」

「話が早くて助かる」

 

 こうして、伝説の死神は、学園の生徒でありながら軍部の中枢に影響力を持つ「影の顧問」としての顔を持つこととなった。

 

 翌週の休日。訓練場には、王国が誇る近衛騎士団の精鋭十名が集められていた。

 彼らの前に現れたのは、重厚な甲冑ではなく、動きやすさを重視した簡素な革鎧を纏い、演習用の木槍を手にした小柄なエルフの少女であった。

 

「……今日から、あんたたちの槍を直す。……死にたくなければ、本気で来い」


 シフォンの淡々とした、どこか突き放すような言葉に、騎士たちの間に動揺と反発が走る。

 

「冗談だろう? このような子供が、我ら近衛を導くというのか」

「学園の天才児とやらか。……実戦を知らぬ小娘に、何が分かる」

 

 不遜な囁きを、シフォンは瑠璃色の瞳で一蹴した。

 

「……言葉は不要。……かかってこい。十人同時でいい」

「――舐めるなッ!」

 

 一人の騎士が、怒りに任せて鋭い突きを放つ。だが、次の瞬間、彼の視界は上下が反転していた。

 シフォンは槍を振るうことさえせず、最小限の動きで相手の力を利用し、一瞬で石畳に叩き伏せたのである。

 

「……次」

 

 驚愕が場を支配した。騎士たちは顔を見合わせると、今度は示し合わせたように、四方から同時に獲物を繰り出す。

 だが、シフォンの動きは彼らの理解を超えていた。

 彼女の振るう木槍は、まるで意志を持つ生き物のように騎士たちの「型」の隙間を縫い、関節を叩き、急所を掠める。

 槍術の極致――それは無駄を削ぎ落とし、最短距離で目的を達成する美学。

 十人の精鋭が、十分と経たぬうちに、誰一人としてシフォンの服を掠めることさえできず、地面に転がされていた。

 

「……あんたたちの槍は、綺麗すぎる。……作法に則った殺し合いなんて、戦場にはない。……もっと泥臭く、生き残るための槍を覚えろ」

 

 倒れ伏した騎士たちは、呼吸を乱しながら、自分たちを見下ろす少女の中に、底知れぬ「深淵」を見た。それは、幾千の死線を越えてきた者にしか宿らぬ、絶対的な強者の重圧であった。

 この日を境に、王立騎士団の精鋭たちの間で、シフォンは「銀髪の教官」として、畏怖と尊敬を一身に集める存在となったのである。

 

 平和な休日が明け、シフォンは再びリリウム学園の生徒としての日常に戻っていた。

 午前中の講義を終え、アリア、グレイスと共に、中庭のテラスでお気に入りのフォンダンショコラを楽しんでいた時のことだ。

 

「シフォン様、先日の模擬戦の噂、騎士団の父からも聞いておりますわ! 皆、貴女の槍に心酔しているとか……」

「……ただの、暇潰しだ。……それより、このチョコ、中がとろけていて最高に美味しい」

「ふふ、シフォンさんは本当にブレませんわね」

 

 アリアが穏やかに微笑む。その光景は、どこまでも平穏で、幸福な学園生活の一場面であった。

 だが、その平穏を切り裂くように、一羽の灰色の小鳥が、シフォンの肩に舞い降りた。

 その脚には、ガリルとの間でしか使われない、暗号化された極小の伝令筒が結ばれていた。

 シフォンは表情を微塵も変えずにそれを受け取り、内容を確認する。

 

 

『カルデナスが動いた。奴は王室の血統に連なる古の法典を持ち出し、アリアの廃嫡はいちゃくと、貴様の強制拘束を求める議案を秘密裏に提出した。軍の一部も抱き込まれている。……嵐が来るぞ。準備しろ。』

 

 

 シフォンの瞳から、甘味を楽しんでいた柔らかな光が消えた。

 彼女は静かに伝令の紙を指先で握りつぶすと、困惑するアリアとグレイスに向き直った。

 

「……二人とも、聞いて。……パフェの食べ歩きは、少しの間お預けになりそうだ」

「シフォンさん……? 何かあったのですか?」

 アリアの問いに、シフォンは窓の外、王宮の方向をじっと見据えた。

 

「……ネズミが、本気で家を壊しに来た。……今度は、学園の中だけじゃ済まない。……アリア、覚悟はいい?」

 

 シフォンの宣言に、アリアの表情が引き締まる。

 カルデナスの仕掛けた卑劣な罠が、今まさに学園と王国全体を飲み込もうとしていた。

 最強の護衛官と、決意を固めた王女。二人の真の戦いが、今ここから始まろうとしていた。

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