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第8話:白亜の晩餐、あるいは護衛の正装

 

グレイスとの狂乱の決闘から一週間。学園は驚くほどの速さで平穏を取り戻していた。

 シフォンによる「特別講義(という名の徹底的な絞り込み)」を受け始めたグレイスは、全身の包帯が取れるやいなや、以前にも増して快活に、そしてどこか心酔した様子でシフォンの後を追いかけるようになっていた。

 そんなある日の昼下がり。学園のテラスで、アリアが神妙な面持ちで一通の招待状をテーブルに置いた。

 

「――王宮晩餐会、ですか」

 

 シフォンは、フォークに刺した季節のタルトを口に運ぶ手を止め、銀色の睫毛を揺らした。

 

「ええ。国王陛下が主催する、秋の定例晩餐会ですわ。王位継承権を持つ者は出席が義務付けられており、今の私にとっては……避けては通れない、戦場のような場所です」

 

 アリアの瞳には、かつてない重圧が宿っていた。先の暗殺未遂、そしてグレイスを利用した「革新派」による工作。それらを経て、アリアの立場はより一層、危うくも重要なものへと変化していた。敵対勢力は、晩餐会という「表舞台」でアリアに揺さぶりをかけてくるに違いない。

 

「シフォンさん。……貴女に、一緒についてきて欲しいのです」

 

 その真っ直ぐな願いに、シフォンは小さく首を傾げた。

 

「……私には、爵位もなければ、由緒ある家柄もない。ただの辺境から来たエルフで、元はと言えばただの傭兵。そんな者が、国の最高位が集まる席に出れば、アリアの顔に泥を塗ることになる」

「そんなことはありませんわ!」

 

 アリアは身を乗り出し、シフォンの手を握った。

 

「貴女は私の大切な友人です。そして、何より現在は私が個人的に雇用した『筆頭護衛官』という肩書きがあります。王族が信頼する護衛を伴うのは、法規上何ら問題ありませんわ」

「……護衛、か」

「それに」と、アリアは少しだけいたずらっぽく微笑んだ。

「王宮の料理長が作るデザートは、この学園のものとは比べ物にならないほど絶品ですのよ。特に、金箔を散らした最高級のクレーム・ブリュレや、冷やした真珠のような特製ババロア……」

 

 シフォンの眉間が、ぴくりと動いた。

 その様子を見ていたのか、背後から元気な声が響く。

 

「シフォン様! ここはアリア様の言う通りになさるべきですわ!」

 

 現れたのは、すっかり怪我から復活し、以前の覇気を取り戻したグレイス・バイオレットだった。彼女はシフォンの隣に立つと、武人の礼を取った。

 

「わたくしも、バイオレット侯爵家の娘として出席いたします。万が一、不届き者がアリア様に無礼を働こうものなら、このわたくしとシフォン様で、文字通り一掃して差し上げれば良いのですわ!」

「……グレイス。あんたはまだ、身体が完全に馴染んでないはず」

「何を仰いますか! シフォン様のあのアドバイスのおかげで、わたくしの槍は以前の倍以上の鋭さを得ました! 本番では、わたくしが盾となり、シフォン様が……ええと、『おやつ』を堪能する隙を作ってみせます!」

 

 グレイスの鼻息の荒さに、シフォンは深く溜息をついた。

 だが、その心は決まっていた。

 アリアを狙う「毒」は、まだ王宮の深淵に潜んでいる。あのローブの男が、この晩餐会を利用しないはずがない。

 

「……分かった。アリアの護衛として、参加する」

「……! ありがとうございます、シフォンさん!」

「ただし」と、シフォンは付け加えた。

「ドレスなんて、動けないものは着ない。……いざという時、槍が振れないと意味がないから」

 

 数日後。王宮の一室。

 鏡の中に映る自分の姿を見て、シフォンはかつてない困惑に包まれていた。

 結局、アリアのこだわりによって用意されたのは、「動きやすさ」を極限まで追求しつつ、気高さを損なわない特注の礼装だった。

 白色を基調とした、細身のシルエット。スカートではなく、上質な生地で作られたキュロットスタイルのボトムスに、銀の刺繍が施されたショート丈のジャケット。

 それはまるで、どこかの国の若き騎士団長のような、凛々しくも可憐な装いだった。

 

「……動きやすくはあるけど。……やっぱり、落ち着かない」

「素敵ですわ、シフォンさん。まるで月光を纏った精霊騎士のようです」

 

 アリアは満足げに頷き、自身も深紅のドレスを翻した。その隣には、正装を纏ったグレイスも控えている。

 

「ふふ、シフォン様。そのお姿でしたら、王都中の令嬢たちが放っておきませんわよ。……さあ、参りましょう。アリア様の威光と、シフォン様の……その、食欲を見せつける時ですわ!」

「……後者は、余計だ」

 

 シフォンはジャケットの内側に隠した、魔力によって極小化された銀槍の感触を確かめる。

 華やかな舞踏会。溢れるシャンパン。そして、まだ見ぬ至高のデザート。

 だが、その裏側に潜む殺気の匂いを、元傭兵の嗅覚は既に捉えていた。

 

「アリア、離れないで。……デザートを食べる間も、あんたの影は踏ませない」

「ええ。信じておりますわ、私の死神さん」

 

 黄金の光に彩られた大広間の扉が開く。

 最強のエルフと、再起を誓った令嬢。二人の護衛を伴い、アリア・フォン・ルミナスは、陰謀渦巻く王宮の最深部へと足を踏み入れた。

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