第5話 転生と旅路
『終わったな……』
『そうなのですね……』
地上より低く、更地になった山頂の地面に黒いシミが残っている。名もなき荒神だったシミだ。
刀で切れる限界まで細切れにした後、退魔の力で作り上げた極大の剣で押しつぶしたらこうなった。
これでも時が経てば復活するらしい。つくづく神とは出鱈目だ。
ただ数万年は復活できないとのことだった。封印も施すので実際はもっと時間がかかるらしい。
『それにしても凄いな……』
『お父様、そんなに見詰められえると照れるのです』
神殺しの影響か、小烏丸の纏う力が尋常ではない。既に神にさえ思える力が迸っている。
確かにこれほどの力が得られるなら、鍛冶の神様が自分を切れと言ったのにも納得がいく。
反面、俺の方はガス欠だ。色々と。
神様たちが山頂に近付いてくる気配がある。どうやらあちらも決着がついたらしい。
化け物たちは荒神が倒された時点で、殆どが逃げ出してしまっていた。
これだけ神様がいるのだ、正気に戻れば戦おうなんて思わない。
こちらに来たのは鍛冶の神様と、それとは別の神様が二柱いた。
どちらも見かけは男性で、血塗れだが上等な服を着ている。
『終わった』
『ああ、感じ取ったぞ。これでお前も神殺しだな。御目出度くはないが、良くやった』
頭をグリグリ撫でられる。初めて撫でられた。クッソ痛い。
『鍛冶の、あの刀だが……分かっているな』
『……ああ、分かっている』
戦いは終わった。後は事前に取り決めた事を済ませるだけだ。
鍛冶の神様が俺の頭から手をどけて、そのままこちらに手を差し出した。俺はその手に小烏丸を乗せた。
『……間違いなく至っている。鍛冶の神たる儂が保証しよう。この剣は人の作りし剣なり』
『同じく火を司る神たる私が確かに見届けた。この剣は神殺しの剣なり』
『小烏丸、夜刀は神の輩たる資格を示した。魂を司る神たる我が称えよう。君は今日から我らと同胞だ』
小さな粒子が形作る光の輪が三柱の神から生まれ、小烏丸を囲み、その刀身へと吸い込まれた。
一層存在感を増す我が子に、少し置いて行かれたような気分になる。
『なんですか?わたくしが神様の同胞とはどういうことですか?神殺しを成したのはお父様なのです。お父様は……』
『残念ながら俺は神様になれないんだ。人間だからな、何処までいってもただの人間なんだ』
『でもわたくしだってっ…お父様、どうしてわたくしから離れるのですか!?』
『鍛冶の神様、夜刀のこと頼みました』
『ああ、お前も達者でな』
鍛冶の神様は顔をクシャリと崩して、背中を向けて去っていった。
『お父様!お父様っ!嫌ですっ、おとうさまっ!!待ってくださいっ、……おと…さ…っ!お…さ……と…!……さ…………』
俺は鍛冶の神様の背中から視線を振り払い、魂を司る神様に向き直る。
火を司る神様は裁定者として同席している。
『魂を司る神様、契約を。悪いがもう限界そうだ』
立っているのに、戦いを終えたばかりなのにひどく眠い。
一度発動した禁呪は、俺の命を食い尽くすまで止まらない。
荒神はとんでもなく強かった。命を燃やさなければ嬲り殺しにされていた。
いや、初めから会話などせずに全力で殺しに掛かられていたら荒神の勝ちだっただろう。
あいつが何故俺に拘ったのかは分からないが、どうでもいい。
あいつは死んだ。それだけでいい。
『……最後の確認だ。本当によいのか。この契約は一方的にお前を苦しめる。誰もお前を責める資格も権利もない。全ては我ら神の業なのだ』
『神様、変わらないよ。始めたからには、これが俺の運命だ』
『決意は固いか…わかった。契約を行う』
魂を司る神様が掌を重ね、5枚の光の板が現れた。
神様の声が文字になり、一つ一つの板に言葉が描かれていく。
『汝の魂はこれより転生する。汝は死する度にもっとも近く、早く生まれる人の子の男児に転生する』
『これは真に名もなき荒神の存在が、世界から消え失せるまで繰り返される理なり』
『汝の魂は記憶を引き継ぐ。されど時の流れは永劫を許すことはない』
『汝は名もなき神を打ち倒すもの。肉体と魂が朽ちるとも、その歩みを止めることはない』
『汝の偉業の果てに契約は完遂する。対価となる望みを記すがよい』
神様に任せるだけだと思ったら、俺の方にも決め事があったらしい。当然そんなこと考えていなかった。
『なんでもいいのか?』
『契約の代価はその働きに見合うものだ。人の抱く望みで、お前の偉業の対価として釣り合うものが存在するかどうか分からないが……』
『全部が終わったら、イヨと一目会いたい。思い出だろうと、夢だろうとどんな形でもいい。それだけでいい』
叶えてもらえるならこれがいい。
魂を司る神様が苦い顔をし、火を司る神様は愉快そうに笑う。
『それは望みが無さ過ぎる。契約のつり合いが取れない。それにお前はまだ20年程しか生きていない。これから幾千、幾万の時間の中でその望みが変わったらどうする』
『別に変わらないけどな。でも契約ができないのは困る』
『ならばこうしよ。契約を終え、最後の命を全うしたとき、お前の望みをもう一度説く準備をする。その時答えた内容を叶えるというのはどうだ。お前が変わらないのなら問題ないだろうし、契約に過不足なく願いを読み取るように工夫しよう』
『それで契約できるなら構わない』
五枚目の板に文字が記され、全ての板が魂を司る神様の手の中に集まり、黒い水晶玉に変わった。
中には星空のような小さな光が浮かんでいる。
『ここに契約は結ばれた』
『火を司る神たる私が、この契約を正当であると保証する』
火を司る神様の言葉とともに、水晶が俺の胸に吸い込まれた。
やらなくてはならないことは全て終わった。
力が抜け、その場に仰向けに横たわった。
『神様方、一つだけお願いがある。生憎差し出せるものはなにもないが』
『聞こう』
『俺の亡骸をイヨの墓の中に入れてくれ。二人が入れるくらいにはしっかり作り直したから問題ないと思う』
『言われるまでもない』
『当然だ。我らは人ではないが、人の思慮くらいは知っている』
『有難う。貴方たちはいい神様だ。……それじゃあ、後のことはお願いします。そして……さようなら……』
『これから辿る旅路は、長く困難なものとなるだろう……今だけは、安心して眠るがいい。我らが望み生まれた人の子、シンヤよ』
神様の声に返事を返す気力はもうなく、睡魔に身を委ねた。
微睡の中で思う。
これでよかったのだ。
これから神様たちは地上を去り、神なき世界が訪れる。
神殺しを成したとき、夜刀は神の力を得る。
これは初めからわかっていた。
だから神なき世界にするためには、ここで別れなくてはいけなかった。
世界には荒神に力を与えられた化け物や、神の力の残滓が存在する。
神なき世界になった後に、それに対処する人間は必要だった。
俺はその道を選んだ。
その時代の人間に任せる手もあるが、下手をすれば神なき世界に第二の荒神が生まれてしまう。
抑止力は必要だった。
化け物と戦う武器はある。
イヨの残した正宗や村雨は、一級の退魔の刀だ。
俺の持つ白色の力は、この肉体が特別だったのが原因らしく、転生したら消えてしまう。
イヨの武器が頼りだ。
夜刀、神になることを黙っていたことは許してほしい。
荒神を殺すために夜刀の精神が揺らぐ情報は教えられなかった。
別れの言葉を言えなかったのは許さなくていい。
お前の父親は、子に別れの言葉を言えるほど強くないんだ。
夜刀、お前の幸せを心から願っている。
イヨ、これからも俺は戦い続けるよ。
いつか君に会えたらたくさん話をしよう。
今度は俺がイヨを笑わせる番だ。
また、たくさん笑おう。
俺は君の笑っている顔が好きなんだ。
イヨ、君を愛している。
いつまでも、君を想い続ける。
俺は微睡の中で、穏やかに死を迎えた。
果てしなく続く、終わりない旅路の、その始まりを。
………………………吸い込む新鮮な空気の味
…………………鈴虫の声、風のささめき
………………チクチクと肌を刺す感触
…………湿った植物の匂い
……光の無い夜
…無数の星々
月はない
『起きた?』
人の声がした。
暗闇の中で誰かが隣にいた。
『……ああ、ちょっと寝てたんだな』
『全く、私をほったらかして寝るとはふてぇ野郎だ』
『俺は太くないぞ』
『語録だよ。テスト出るから覚えておくように』
『ああ、分かった』
草原で寝そべって、繋がれた手のぬくもりを感じ取る。
ここは何処だろうか。
数多の転生の末、全ての化け物を倒し尽くして、俺は老人となり人生を終えたはずだ。
目の前には、記憶にない、何の変哲もない空と大地が広がっている。
そこで知らない人と、何故か会話をしていた。
驚きはなく、むしろ穏やかな心地だった。
でも、この人と話していると、胸の内から、魂から何かが溢れ出そうとしている。
俺の口はそれを形にするように声を漏らした。
まるで親しい人に話しかけるように。
『もういいのかな……』
『何が?』
『沢山戦った。沢山生きた。何もかも忘れても』
『うん』
『俺は君のことを、顔も、名前も、声も、性格も思い出せない。こんなに胸の中に溢れる何かがあるのに……』
『そっか……』
『……ごめん』
『そんなに重たく考えなくていいよ。私だって君にずっと重荷を背負わせちゃったから』
決定的に何かが欠けてしまった会話。
もう取り戻すことの出来ない大切なもの。
俺は、隣に寝転ぶ人に向けて憶えている限りの全てを話した。
彼女は静かに俺の話を聞き続けた。
虫食いだらけの、戦いしか知らない、つまらない男の歩んだ旅路の記憶を。
『沢山の人たちと仲良くなれたんだね』
『そうだな。良い奴も、悪い奴も、尊敬できる人も、全部思い出の中にある』
最後に老人まで生きられた、戦いの終わりの人生を。
『君の生きた軌跡は、沢山の人に希望を与えたんだよ』
『実感はないけど、そうだったらいいな』
沢山の思い出があった。
無くし続けるばかりだった。
それでも、最後に誰かに話を聞いて貰えたことに、安堵を覚える。
老人になって、思い出を誰かに語ったのは、こうして認めてもらいたかったのかもしれない。
自分の人生が意味あるものであったのだと、頑張ったんだって、それだけの言葉が欲しくて。
長い、長い話が終われば、沈黙が落ちる。
夜の闇が徐々に薄まり、日が昇ろうとしていた。
『……時間みたい。君の最初の願いはこれで果たされた。後は果たされた偉業の分だけ君が願えば、はれて契約は完了だよ』
『もう会えないのか?』
『私は幻だから、本物じゃない。そして本物も君と同じように何も覚えていない。これまで交わることはなかった、出来なかった。本物の私も君と同じで、少し特別だったから』
『……』
『全く、しょうがないなあ。そんな情けない顔しないでよ。相変わらず世話が焼けるんだから……』
俺の隣にいる人が立ち上がる。
その人は俺の胸元に手を置いた。
『君は頑張った。契約と関係なく、契約を忘れ去っても』
『それは間違いなく、君の意思だった』
『喜び、悲しみ、出会い、別れ、何度も繰り返し、歩み続けた』
『だからご褒美をあげたって、咎められないよね』
『君が次の生を願うというのなら、唯一この時代だけは、君の大切な人と同じ時間を過ごすことが出来るかもしれない。困難な道のりになる。全ては君次第だ』
『願うんだよ。強く、強く。君の求めた誰かを。幻の私でも、願いの助けになってあげられるから、遠慮せずに私を受け取って』
『私の目が君に教える。正しく見極めることで開ける道もある。今までのように一人で背負わなくていい、ちゃんと頼れる味方を見付けるんだよ』
『私の存在が君を導く。多くの壁に直面するだろう。とても理不尽な壁に。だから私がその時に背中を押してあげる。君が選択した未来に辿り着けるように』
『降りかかる苦難も、全て払いのけて明日を掴み取って。そしたらまた、君と……』
その人の輪郭が解けて金の粒子に変わり、胸の内側に吸い込まれていく。
瞼が落ちるように意識が掠れていく。
目の前にいた女性の顔も声も記憶から掠れていく。
夜が明け、空間は解けるように消え去っていた。
気付けば白い地面に立ち、黒い空を見上げていた。
目の前にはいつか見た小学校の頃に使っていた机と椅子が置かれていて、机には自由帳が一冊と万年筆が一本乗っている。
導かれるまま、俺は万年筆を手に取った。
『カバーストーリ―:シンヤ』
神ある時代に生まれた少年。
彼には両親と言えるものが無く、神の無意識の願いが生命として形作られた無垢の生命。
その肉体に、あらゆる不浄を浄化する退魔の白色を宿し、この世で最も清い存在である。
だがその清らかさは人の悪性を刺激し、理不尽な排他的行動を誘発させた。
彼に悪感情を抱かない者は、人の世とは別の理の中にある存在だけだった。
神殺しの果て、死した後に転生した彼は、白色の力を失った。
伴侶の残した退魔の武器を手に、魂は輪廻の輪から外れ、永劫の闘争に身を置く。
何もかもを忘れ果てても、ただ一つの思いだけは魂に刻み付けて。




