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第4話 神望みし人と人羨みし神



 名もなき荒神との戦いの準備に、半年間の時間を要した。

 その間も荒神は力を増し、化け物たちを従え続けた。

 盆地に佇む俺の眼前には、無数の化け物たちがいる。

 山の斜面にも化け物どもが集まっている。

 荒神の気配は山の頂上だ。用心深いことだ。


 俺の回りには全国から集まった数百の神、数千の兵士がいる。

 化け物も、神も、人も、その戦いの開始をジッと待っていた。


『調子はどうだ』

『鍛冶の神様……最悪だ。生まれてきて一番のコンディションの悪さだ。反吐が出るぜ』

『だから語録を出すな。それ寝起きで言っていたやつだろ。儂も聞いた覚えがある』

『ああ、そうだな』


 こうやって話していると俺の中にイヨがいると実感できる。うん、調子は絶好調だ。


『後ろは頼んだぞ、クソ親父』

『任せろ。死ぬなよ、バカ息子』


 鍛冶の神様と拳を打ち鳴らし、兵士たちの最前面に移動した。

 人の視線に侮蔑の色はない。

 そこにあるのは畏怖だった。

 俺の纏う、神と見紛う気配にただただ恐れ慄いている。


『夜刀。準備はいいか?』

『ハイなのです!わたくしのコンディションはサイコーなのです!!』

『よし……じゃあ、行くか』


 抜刀し、振り上げた切っ先が天を指し、白の光が小烏丸から立ち上る。

 俺が無意識に使ってきた力を意識して流し込む。

 忌み子と恐れられた白色の力の源を。

 陽光のように目を開くことも困難なほどの光が、目の前の山を越えるほどの柱となって出現した。


『ブッコロなのです!!』


 世界が割れたと錯覚するほどの轟音と光の爆発。

 振り下ろされた地平の彼方まで届き得る斬撃によって、黒い群れが裂ける。

 余波で夥しい数の化け物が消滅する。山肌は白い炎に焼かれ、化け物たちに延焼を与える。


 荒神は無傷だろう。気配は衰えることなく、未だ姿を現していない。

 味方からの動揺と神々からの歓声。鍛冶の神様は頷き、俺も頷きを返した。


 跳躍するように山を駆け上がる。道中体を包む白い炎は俺に痛みを与えない。包まれるような温かさがあるだけだ。


 荒神の気配が強くなる。今日集まった神たちの誰よりも強い気配。

 イヨの亡骸を、泥水をぶちまけるかのように穢した気配。


『心は熱く、頭はクールに、なのです』


 夜刀の声に冷静さが戻る。どこまでも出来た、俺にはもったいない子だ。


『やっと来たね、シンヤ』


 右腕のないイヨがそこにいた。


『死ね』


 抜刀と同時に最速の剣を見舞う。イヨの姿をしたソレは左腕の黒い刀で防いだ。

 硬い音と共に衝撃波が巻き起こる。

 黒い刀から鍛冶の神様の力を感じる。

 それだけじゃない、奴の全身はツギハギに繋げ合わせたように異なる力が存在する。


『あれ、おかしいな?この姿は君の伴侶だろ、殺そうとしちゃ駄目だろ。それとも愛していなかったとか?』


 イヨの顔でクスクスと笑う。


『寝言は寝て言え、名も無き荒神。俺が愛した女はお前みたいな薄ぺらなやつじゃない』

『姿も声も癖も同じなんだけどなー』

『何もかも違いますです。お母様は優しくて、面白くて、サイコーのお母様なのです!お前はただのガラクタです。有るものを繋ぎ合わせて似せることしかできない、シュカンセーのないパクリ野郎なのですっ』

『あ?所々意味が分からないがムカつくな……ガラクタはお前だろっ』


 黒い刀が閃き、俺ではなく小烏丸を狙ってくる。狙い通りになんてさせるか。

 退魔の力を込めて黒い刀を迎え打つ。

 黒と白の光が舞いさらに斬撃がぶつかり合った。

 刀が打ち鳴らす音が雷鳴のように山頂に轟き、余波で化け物たちが千切れ飛ぶ。


『当然の様に防いでくるねっ』

『ちっ』


 息吐く暇もなく、初撃と同等の連撃が飛んでくる。

 太刀筋は洗礼されているが、攻防の組み立てもない、獣以下の剣。

 だが速さと力は、今まで対峙してきた何者よりも強い。

 集中が切れれば、一瞬で肉片に変えられる。


『ハハハハハッ!シンヤは凄いよ。人間とは思えないほどの強さだ。人の中の英傑、鍛冶の神に良く鍛えられている』

『舌噛んで死ね、ですっ!』


 小烏丸が力を針のように幾筋も飛ばすが、荒神は一刀のもとにそれを叩き伏せる。


 余裕のあることで。こっちは必至なのによ。

 技術では勝っているが、それ以外に全てが負けている。

 荒神の一撃一撃が、刀に込めた退魔の力を消滅させてくる。


 音の速度すら置き去りにして、刹那に何度も切り結ぶ。

 刀一振りの余波で稲妻が起こり、遠く離れた山肌を削り飛ばす。

 蹴りの一つで空気が弾け燃え上がる、衝撃波で地面がすり鉢状に砕け散る。

 人ならざる力の放流で、大地には地割れが走り、隆起と崩壊が起こっていた。

 

 これが荒神か。

 人が羨み生まれた超越者の力。


 僅かな呼吸の合間、数千合の打ち合いの末、荒神が後ろに飛ぶ。

 疲れた様子はない。何を仕掛けてくるか分からず俺は全神経を集中させた。


『ねぇシンヤ、ボクと一緒に来ない?君はこの世界の事、人間たちの事、好きでも何でもないだろ。寧ろ嫌うだけの理由はタップリある。ボクが代わりに復讐してあげてもいいよ』

『頭のネジ物理的に締め直してやろーか、ですっ!』


 荒神の言葉に反応して、分かりやすく力を迸らせている小烏丸をそっと抑える。奴の言葉に乗せられてはいけない。


『……あり得ない。イヨを殺しておいて虫が良すぎるだろ。その時点で俺が今の世界を増悪していようと、手を組む理由は無くなる。復讐したいならお前を殺してこの世界を滅ぼせば済むことだ』

『確かに。でもボクは幸い、君の愛する伴侶の代わりになれるよ。言っただろ、全部再現できるんだ』


 自分の体に手を這わせ、こちらをじっとりとした目で見てくる。

 こいつ、何がしたいんだ。

 高度な頭脳作戦ってやつか。俺に使う必要ない。

 考える頭なんてないんだ。俺はお前を殺すことしか頭にないんだから。


『俺はお前の言いたいことが、やりたいことが分からない。会話なんてせずに俺をさっさと始末すればいいだろ』

『ボクと君は同じだからね。特別に思うのは当然だよ』


 名もなき荒神が、光のない瞳で天を見る。


『ボクは異端の神だ。何も司ることなく生まれ、誰かを羨みそれを奪うだけの存在。対して君はどんなに人を助けても、誰からも受け入れられず世界から拒絶された存在』

『同じじゃないのです、別の別なのです!』

『同じだ。ボクは君になれるし、君はボクになれる。君は誰かを羨み奪いたいんじゃないのかい?特別な力を持って生まれてきたのに、その力は何を生んだんだ?理不尽な蔑みだけだっただろう?ボクたちはどう生きても世界の異物だ。誰からも受け入れられない』


 ああ、こいつは本気だ。本気で言っているのか。頭脳戦ではなく、ただ俺に問いを投げている。


『そんなの知ってるよ』

『何をかな?』


 にこやかに先を促す荒神。


『俺は誰からも受け入れられない存在だ。どれだけ力を持っても人は認めてくれない。この力でどれだけ人を助けても、蔑まれ、下に見られてきた』

『そうだよ。だからボクたちは好きに生きていい。この世界を奪い尽くす権利があるんだ』


『でも、どうでもいいんだ、そんなこと』

『はぁ?』


 荒神の顔が惚ける。


『俺はとうにそんなことに悩んでいない。それはもう終わった問題だ』

『そんなはずないだろ、ボクは知っている、お前のことを全て知っている!お前の本当の望みを言え!!』

『知るか。俺はイヨがいればそれでよかった。例えいなくなっても俺が憶えている。残りの人生、その思い出だけで俺は誰も呪わない、羨まない。寧ろ最高の奥さんを持った俺が羨まれる立場だ。気立てのいい子どもいるしな』

『ハイなのですっ』


 荒神の顔がひび割れる。どす黒い霞が全身から立ち上ってくる。


『違う、ボクはお前だ、お前はボクだっ!!』


 黒い刀を振りかざし襲い掛かってくる。込められた力は莫大だった。

 天を裂き、俺ごと地を砕こうと迫る黒色の力は、きっと振り下ろせば、人の世すら壊れてしまうかもしれない。

 ああ、今まで俺を殺さないように、手加減していたのか。


 だから、どうした。

 

 黒い斬撃に対して体を前面に押し出し、深く踏み込む。

 死そのものが迫りくる光景に、一切の力みなく刀を凪いだ。


 ただの世界を滅ぼしえる程度の力で、鍛冶の神様に鍛えられた俺の刃が、イヨが鍛え上げた小烏丸が、負けていいはずがない。


『俺は俺だ。お前じゃない。だが訂正ついでにもう一つ…』


 白い刃が閃光のように黒を捉え、甲高い音と共に黒い刀が半ばから両断されていた。

 空間に満ちた黒の力が消え失せ、一瞬の静寂が訪れる。


『あっ……』

『お前は、俺より弱い』


 返す刀で荒神の胴体を薙ぐ。

 小烏丸に込めた力が奔出し荒神を飲み込み、白い炎がその身を焼き尽くす。


『い、痛い、熱いよ、なんで、どうしてこんな力っ!?お前はこんな力、ないはずなのにっ!こんな力、知らない!!』


 体が分割され焼け爛れているのにまだ死なないか。

 あと何度切り刻めるのか、楽しみだな。

 たっぷりとイヨの借りを返させてもらう。


『人間を舐めるな。名もなき荒神』


 戦いの余波で破れてしまった服から覗く肌に、白色の縄の紋様が浮かび上がる。

 紋様は既に全身に回り、俺に強大な力と、焼けるような痛みをもたらしていた。


『体に走る悍ましい呪いは、禁呪、なのか?……いや、禁呪なんて生易しいものじゃない!なんで…あ、ありえない、魂すら犯す呪いを、なんで……』


 同じ神だから、俺に施された呪いの正体を理解したか。

 俺は味方の神様たちが施した、人の身で神を殺す因果を手繰り寄せる神殺しの禁呪を。

 この呪いのお陰で、寿命だろうが生命力だろうが全てを力に変えている。

 変えることが出来ている。


『嫌だ、死にたくないよ……ボクは、ただ……』

『もう、その声で喋るな』

『ヒイッ』


 もう荒神の顔には、余裕がなかった。

 上半身だけになり、芋虫のように這いながら俺から後退る姿。

 割れた顔から溢れる黒い雫が、涙のように流れ出している。

 ようやく迫りくる自身の運命を、死を悟ったのだろう。


 愛した人を真似た、その哀れな姿に、一片の同情もわかなかった。

 

 お前のおかげだ。

 お前のおかげで俺の、イヨが言うリミッターとかいう奴が、全部ぶっ壊れた。


 喜べよ、荒神。

 自分の行いで自分を殺しうる存在を生み出した自殺志願者。

 俺から噴き上がる、莫大な退魔の力の放流を受けて、恐怖に震える荒神に刀を振りかざす。


『死ぬまで死ね』










『カバーストーリー:神殺しの禁呪』



 神が持つ不滅の因果を打ち破るために、魂を司る神が最古の英傑に施した原初の禁呪。

 この呪いは魂に刻まれ、何度転生しよと消えることはない。

 

 その魂を持つ者の全生命を代償に潜在能力を開放し、人の身でありながら神に属する者であろうと勝利の可能性を手繰り寄せることが出来る。

 

 相手の勝利する可能性が絶対的であるほど、強い因果の作用が起こり、呪いの保有者の持つ因果は上書きされる。

 発動すれば何者も倒せるような力ではなく、あくまで0の可能性では無くなるだけである。


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