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第3話 怒りと神殺し



 街道に巣くう化け物の群れ。黒い群狼。どす黒い霞を体に纏いながら、我武者羅に突っ込んでくる。


 俺は先頭の狼の体に刀を合わせ、振り抜く。

 小烏丸の刀身は、抵抗なく狼を切り裂き、白い斬撃はその後ろの狼達も巻き込み滅ぼす。


 俺にとっては手応えのない相手。だが町人や村人にとっては狼一体でも退治するのは難しい。

 最近見かける黒い霞を纏う化け物たちは、退魔の武器でなくては倒せない。

 退魔の武器は希少で、力ある退治屋か国の精鋭しか持っていない。


『おお、あの狼どもをこんな簡単に倒されるとは。御見それしました……』

『別に構わない。帰り道だったからな』


 近場の村の住人達からお礼を受ける。

 これは依頼を受けての討伐ではない。偶々通りがかったところに呼び止められ、寄り道しただけだ。

 一応イヨが足を延ばす範囲だから、間引いておくに越したことはない。


『ではな』

『へえ、有難うございました』


 俺は背を向け歩き出す。小烏丸に対する物欲しそうな好奇な視線。俺に対する侮蔑の視線。

 いつも通りだ。どれだけ人助けをしても変わることはない。

 それでも止めないのは、こうしておけば少しはイヨが暮らしやすくなるからだ。


『お父様は辛くないのですか。いつも、いつも、誰も彼もお父様に本当に感謝はしていません。お父様のことを見下しています。わたくしは、わたくしは我慢できませんっ』


 夜刀の不満そうな声が響く。俺なんかよりずっと感情豊かだ。

 イヨに似たのかな。


『別にいいさ。俺は彼らのことを好きでも嫌いでもない。俺はイヨが心健やかであるならそれでいい』

『む〜、お父様がそういうなら我慢するのです。でもあんな人たちよりお父様の方がずっと凄くてカッコ良くて強いのです。最強なのです!』

『違うだろ、俺たちが最強だ』

『いえぃ!わたくしたち、最強!!』

『おう!俺たち、最強!』


 イヨ語録は夜刀のお気に入りだ。俺は良く付き合わされる。まあ、俺も嫌いではない。

 夜刀と笑い合い、影の差しかけた心が晴れていく。


 そう、俺はイヨ、そして夜刀に救われていたんだ。

 これまでもこれからも。

 彼女らと共にいる限り。





 街の方角に、黒い煙が上がっているのが見えた。

 潰れた家、捲れた道、破壊された塀、天災のような破壊の後。

 地震は起きていなかったはずだ。

 ならばこんなことをやれるのは、強大な力を持つ化け物だけだ。

 だが街には鍛冶の神様がいる。

 その気配を恐れ、化け物は街に入ってこないはずなのに。

 

 街の中を駆け、助けを求める声をすべて無視して、辿り着いた。

 俺とイヨの家は、潰れていた。

 

 逸る気持ちを抑え、崩れないように素手で瓦礫を掴み退かしていく。

 剥き出しになった家の中には、大量の血の跡があった。

 ぶちまけられた肉片の中で、唯一右腕が一本だけ形を残している。


 細くしまった腕だ。

 煤けていて、火傷や傷の目立つ職人の腕だ。

 初めて会った時に、俺の白い腕を撫でてくれた。

 小烏丸を貰った時に、俺の肩に置いてくれた。

 星を眺めたあの夜に一度だけ握った。

 彼女の手だ。


『おかあさま……』

『…………………』


 辺りに強い気配が残っている。

 街で感じた化け物のものじゃない。

 俺はこの気配を知っている。


 神だ。

 混沌とした荒々しい力。

 イヨを殺したのは。


『戻ったか……』


 ジッと血だまりの前で俯く俺に影が掛かる。鍛冶の神様が目の前に立っていた。

 いつものどっしりとした安心感はない。

 全身に血を被り、噎せ返るような暴力の臭いを醸し出した風体。

 瞳だけは炯々と光り、マグマのような激情を湛えている。

 人が見れば、心胆を寒からしめるだろう。


 その巨体には、左肩から先がなかった。


『何者が……これを……やったんだ……』

『名もなき荒神だ。最近、神や神の眷属のいる集落が黒い霞を纏った化け物どもの襲撃を受けていた。名もなき荒神は化け物に力を与えそれを操り、襲った神や神の眷属たちの力を喰らっている。最早生半可な神では歯が立たんほど強い』

『そいつは何処にいる』

『…神殺しでもするつもりか』

『そいつは何処にいる』

『人の身で荒神と戦えば、間違いなく死ぬ』

『そいつは何処にいるっ!……教えてくれ、鍛冶の神様……』


 俺は自分の馬鹿さ加減に死にたい。人助けなど何の意味もなかった。

 大事なものなんて、何もなくなった。

 感情のまま刀を振るうことを、思い止まるだけの理由が、何もかも失われた。


 俺を止めるどんなものでも殺してやる。

 化け物だろうと。

 人間だろうと。

 神だろうと。


『お父様、お母様のお墓を建ててあげましょう。お母様をこのままにしておけません』


 頭に響く小さな声。震えた声。冷や水のように頭に浸透する。

 俺と同じ悲しみを持つ、子どもの声。


『お母様を、眠らせてあげましょう』


 俺は抜きかけていた小烏丸から手を放し、膝をついた。



 家の土地の中で開けた場所に穴を掘り、イヨの体を集めて箱に収め、墓に入れた。

 土を盛り、その上に石を重ねる。

 今はこれで我慢してくれ。


『気が済むなら俺を殺してくれて構わない。そうすれば小烏丸の力は上がる。神殺しの武具は、神に対して有効な攻撃手段となる』

『馬鹿言うな、イヨに叱られる。それに俺はあんたのことを……勝手にだが父親のように思っている。神は殺すが父は殺したくない』

『そうか……そうか…』


 鍛冶の神様は何も言わず、静かに墓に向かって片手で祈った。

 俺も神様に習って、両手を合わせてただ無心にイヨの安寧を願った。

 


 俺が街に戻る数刻前、大量の化け物が街の塀を飛び越え人間たちを襲った。

 鍛冶の神様は街の異変に気付いて駆け付けた。化け物を退けることに成功したが、その隙にイヨを殺された。


 崩れた家の前で、眷属の死を感じ取った隙だらけの鍛冶の神様に襲い掛かった荒神に腕を喰われ深手を負ったが、駆け付けた別の神々の助けもあり一命は取り留めた。


 傷だらけの、血の付いた体を清める神様の背中を流しつつ、俺は昔聞きそびれていた話を改めて聞いた。


『なあ、鍛冶の神様。結局のところ神は殺せるのか』

『殺せる。しかしこの世から完全に消滅させることは不可能だ。神は不滅だ』

『……荒神は神様たちを取り込んだんだろ。ならその神たちは消滅したんじゃないのか?』

『少し違う。荒神に食われた神も消滅はしていない。正確には、取り込まれて力を掠め取られ続けているんだ』


 残念ながら、不滅は神様限定で神の眷属には適用されない。

 彼らが人と同じだけの寿命しか持ち得ないことを知っている。


『ならどうやって消滅させるんだ?』

『今集まっている荒神の力を分割し、活動できなくなるまで殺し尽くす。その後に存在そのものを消し飛ばすことが出来れば、消滅させることが出来る』

『だからどうやって』

『儂たちが地上を去ることだ』

『はあ?』


 話が繋がらない。何故神様がいなくなれば消滅することになるんだ。

 分からなさ過ぎて口を挟めなかった。

 

『この世界を知覚する全ての生き物が、実在する神の存在を忘れ、感じ取ることが出来なくなれば、神は地上での不滅性を無くす』


『時間は掛かるが不可能じゃない。俺たち神は名もなき荒神が出現した段階でそれを考えていた』


『あれは神が存在することで、人が神の力を羨み欲することで生まれた新たな神だ。存在を消すなら儂たちが地上から去るしかない』


『結局荒神を倒さないことには始まらない。儂たちが去っても万全の荒神が残ったら同じことだ』


 鍛冶の神様の話を黙って聞いた。

 全部が分かったわけじゃない。

 だが、俺のやるべきことはハッキリ理解した。


『俺にやらせてくれ』

『……死ぬぞ』

『自棄じゃない。高度な計算に基づいた最適解だ』

『それ、何も考えてないだろ?イヨ語録喋ってるだけだろ?』


 俺たちの間の空気が僅かに弛緩する。

 入り過ぎていた力を抜き、冷静に鍛冶の神様に自分の考えを告げる。


『単純に、地上で俺より強い人間も神様もいないからだ。荒神の気配は感じた。俺以外は神様でも足手まといだ』

『言うではないか坊主。事実だから耳が痛いな…お前はとうの昔に、俺を超えてしまっている』


 神様は地上で力の全てを使えるわけではない。

 一柱でもその力を開放すれば、世界の均衡を崩壊させかねないため、制約によって力を抑えられているのだという。


 荒神も例外ではないが、取り込んだ神の数が多すぎる。

 そして今日、神様の中でも強い力を持つ鍛冶の神様を下し、その腕を取り込んだ。

 もう地上の神様の、誰より強くなってしまった。


『分かった。舞台だけは我々神が整える。済まんが頼まれてくれ』


『構わない。最初で最後の親孝行だ』








『カバーストーリー:小烏丸 夜刀』



 鍛冶の神の眷属となったイヨが、最初に造り上げた一振りにして、最上の一振り。

 先の時代に存在する小烏丸とは別の刀だが、先端が両刃の太刀という特徴は同じとなっている。

 作り手と担い手の想いによって意思が宿り、その意志によって成長する性質を宿している。


 思いの根源である母親と父親を深く愛し、夜刀という名は大切な宝物だった。

 夜刀にとっては、二人が全てだった。


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