第2話 結婚と子ども
鍛冶の神様の所に来てから5年の月日が流れた。
その間に、町は街に発展していた。
俺の扱いは大して変わっていない。
一応襲ってこない化け物とは認知されている。
イヨの方は色々変わった。
イヨの鍛冶の腕は、国でも知られるようになっていた。
イヨの武器は折れず曲がらずよく切れる。
特に刀は一級品で、今の鍛冶師でイヨ以上の刀を打てる者はいない。
彼女の努力と飽くなき情熱の為せる力だ。
そしてついに、その日を迎えた。
『イヨ、お前を儂の眷属として迎え入れる。これからも精進し、己が誇りと鋼に恥じないもので在れ』
『はいっ、有難うございました、神様!』
『わはははっ、だがまだまだ途上だぞ、イヨよ。これからは人の身の臨界を超えて往くのだ。しっかり付いてこい』
『任せてくださいよ、親方!』
『誰が親方じゃい、このバカ娘は!』
賑やかな我が家。今日ばかりは奮発した料理が並ぶ。
なんせイヨが鍛冶の神様の眷属になった記念だ。
俺も山に入って大きなイノシシを仕留めてきた。
鍛冶の神様は川で大きな鱒を素手で掴んできた。
神の眷属になるというのは特別な事らしい。
よく分からないが、人間が不可能な超常の力の一端を扱えるようになるとかなんとか。
前に俺が使わなかった武器も退魔という、化け物に有効な特別な力の宿った武器だったらしい。
今までのイヨでは作れなかったが、これからは作れるそうだ。
『よかったな、イヨ』
『ぶいぶいっ~』
指を二本立ててこちらに見せびらかしてくる。機嫌がいい時に偶に見せる動作だ。
『これからは私がシンヤの武器をじゃんじゃん作っちゃうから期待しててよ!』
『俺、武器無くても化け物に後れを取ったことないぞ?』
『いいやシンヤ、慢心は良くないぞ。最近神たちの間で物騒な噂を聞くでな』
『ちょっと神様、祝いの席でそんな話をしないでよ。フラグ立っちゃうじゃん!』
『ふらぐとはなんぞ?』
『いつものイヨ語録だから深く考えない方がいい』
『そうだな』
『ちょっと二人で盛り上がらないで私も入れてよ~』
その夜は賑やかに過ぎた。こんなに楽しい夜は初めてだった。
この日以降、イヨは憑りつかれた様に鍛冶にのめり込み続けた。
神の眷属としての鍛冶に目覚め、その力を遺憾なく発揮し、俺に一本の武器を渡した。
黒革に包まれた拵えから、刀身を抜き放つ。
俺の知っている鋼の色ではない、白く澄んだ白銀の刃。
『銘は小烏丸。先端が両刃になってけど、れっきとした刀だよ。私の最高傑作。正直今後これ以上作れる気がしないほど魂込めて作ったわ』
『…綺麗だ。武器に対する感想じゃないかもしれないけど、本当に綺麗だ』
『シンヤの髪の色と同じよ。その白色には退魔の力が込められているの。邪なものを退ける清浄な力。シンヤの色だよ』
『………』
俺の色が、忌み嫌われた色が清浄だなんて信じられないが、イヨが言うのならばそう思えてくる。
少なくとも、この刀はとても清らかな気を放っている。
俺は刀を鞘に戻して、イヨの前に跪いた。
『有難うイヨ。最高の刀だ。これで俺は化け物と戦う。人を守るよ』
『精進したまえ、少年』
イヨが傷と火傷だらけの手を俺の肩に乗せる。
小烏丸と、彼女の体に残る小烏丸の完成に辿り着くまでの足跡を見て、口が自然と動いた。
『一番にイヨを守らせてくれ。俺が守りたいのはイヨなんだ。結婚してくれ』
『……え?』
勢いで言ってしまった。イオのくれた刀にあてられた。でも言葉に嘘は何処にもなかった。
ああそうか、やっと分かった。
『俺、イヨが好きだったんだな……初めて気づいた』
『プロポーズした後に何言ってるの、この子~~~~~!!!』
イヨの叫びが木霊し、驚いた鍛冶の神様がすっ飛んできた。
話を聞いて『やっとか、このすっとこどっこいどもめ!!』と叫んで俺たちを胴上げしてくれた。
しっちゃかめっちゃかで混乱していて、返事を聞いていないことに気付いたのは次の日だった。
イヨの返事の言葉は『保留させてほしい』だった。
『イヨ、炭焼きを手伝うぞ』
『んえ!?あ、あ~、あとちょっとだからいいよ、神様の手伝いしてて』
『……ああ、分かった。何かあれば言ってくれ』
俺は特に気にしていないのだが、イヨは俺のことを腫れものを扱うような態度で接するようになった。
初めてのことでよく理解が出来なかったため鍛冶の神様に相談してみた。
『良く分からないは、俺はイヨに嫌われてしまったのか?』
『イヨはお前のことを嫌っているわけじゃないぞ』
『ならどうしてあんな余所余所しい態度なんだ?』
『女の鍛冶師は、未通でなければ鍛冶の神様に嫌われるという言葉があってだな。それを気にしてるんじゃねえか』
『未通とはなんだ?』
『そこからか。イヨに色々任せっきりだった弊害か。詳しくは省くが鍛冶仕事を生業としている女は子どもを作れないんだよ』
『何故?鍛冶の神様は子どもが嫌いなのか?』
『別に嫌じゃないぞ、大歓迎だ。この言葉は口伝がねじれて伝わっちまったものだろうな。正確には相手を受け入れると自分が変質しちまうからだ。それは鍛冶をする上で大事な要素で、お前の持つ刀は特にその性質が密接に関係している』
鍛冶の神様は俺の腰の刀を指さす。
『その刀に込められた退魔の力は手先の技術で為せる技じゃない。鍛冶の神としては何とも言い難いが、技術では補えないもので鍛えられてんだ。その刀、担い手次第で神さえ切れるだろうさ』
『神って殺せなかったのか?』
『怖えこと言うなよ……その話は置いといて、要は結婚しても鍛冶と普通の家庭の幸せを両立できないからイヨは返事に困ってるんだよ。お前のことが嫌いなわけじゃないはずだ』
『それなら問題ないぞ。イヨは鍛冶を続ければいい。子どもは別に必要じゃない』
『なんでだ?普通の幸せは欲しくないのか』
『俺はイヨが好きなんだ。子どもが欲しいから結婚したいんじゃない。イヨとずっと一緒にいたい。それが俺の一番の幸せだ』
『ならイヨにそう言ってやるといい。胸の内を全部伝えてこい』
鍛冶の神様は俺の背中を強くたたいて何処かへ去っていった。
俺はイヨを捕まえて全部話した。
これでもかと話した。
あんなに自分のことを話したのは初めてだ。
イヨと出会ってどんなに幸せだったか、イヨの好きなところも、ちょっと直してほしい事も、これからの未来予想図も俺の全てを話した。
最終的に瞳と同じくらい顔を真っ赤にしたイヨが『結婚するから勘弁して~~!!』と返事をくれたので鍛冶の神様のアドバイスは正しかった。
神様、有難うございました。初めてあなたを尊敬しました。
鍛冶の神様は心配してか一部始終を見ていたらしく『オマエ、スゴイヨ』と後々褒めてくれた。
結婚は、鍛冶の神様が知り合いの神様に声を掛けて、神社で慎ましやかに行った。
イヨと結婚して少し生活は変化した。
同じ街だが、新たに家を建てて二人で暮らすようになった。
イヨは相変わらず鍛冶一筋で、俺のために正宗やら村雨やらの名前の付いた刀を打っていた。
俺の方は小烏丸を片手に、国中の化け物を倒して回り、それもいなくなると国の外に出て有名な化け物を退治した。
遠出は多いが、一度帰ればゆっくりと時間を過ごす。
今日は初めてイヨと手を繋いだ。二人で横になって星を眺めた。
イヨは星に詳しいようで、星座という星を繋げて姿を想像する遊びを教えてくれた。
俺に想像力がないのか、星を繋げても名前の通りの姿があまり想像できなかった。
『ということがあった、次の日の朝』
『突然どうした』
『こちら、昨日シンヤから預かった小烏丸です』
特に変わりはない。強いて言えば拵えを手入れしてもらったのか革の艶が良くなっている。
『おはようございますです、お父様!お母様!今日もいい天気なのです!』
小烏丸から声が聞こえる。頭に響いてくる。
『喋りだしたのか?時が経つと刀は喋るんだな……』
『そんなわけないでしょ!これ、あれだよ、昨日手を繋いだから子ども出来ちゃったんだよ!鍛冶屋と退治屋の子どもだから、刀の子どもが生まれたんだよ!』
『そうなのか。子どもは作らないつもりだったんだが、出来たものはしょうがないな。名前を考えてやらないとな』
『本当ですかっ!?わたくしの名前は、お父様みたいな、強くてカッコイイ名前がいいのです!』
『ぎゃー、誰かツッコんでよ!収拾がつかなくなるじゃん!ヘルプミー神様!!』
そんなこんなで鍛冶の神様に話を聞きに行ったところ、概念的には本当に俺とイヨの子どもだった。
イヨが刀に込めた力と思い、刀を振るう際に俺が込めた力と思いが作用し合い、自我が生まれたそうな。
とても珍しい現象で、鍛冶の神様でも数例しか知らないらしい。
そういった武器は、非常に強力に成長する反面、成長性が武器の性格によるため注意が必要で、下手したら担い手が危険なことになるそうだ。
といっても俺が小烏丸を手放すことはない。
『名前は刀の名前の小烏丸があるからそのまま……じゃいけないか。この子のことを思って付けた名前じゃないし』
『そうだな』
『シンヤが考えてあげたら?私はシンヤの名前を考えたし、次はシンヤに子どもの名前を考える権利を譲るよ』
名前か。俺頭良くないから言葉を知らない。
要望としては、強くてカッコイイのがいいらしいが、性別はどっちなんだろうか。うーん。
『……夜の刀でヤトと読む、はどうだ?』
『ヤトですか?』
『どういう意味なの?』
『あの夜に刀から生まれたからだ。字が強そう、音もカッコイイ』
『おっふ、シンヤという名前の由来並みだわ。ある意味夫婦同列ね……』
『夜刀、ヤト……強そうでカッコイイのです。サイコーなのです!!』
『滅茶苦茶喜んでる!やっぱり親子だわ、あなたたち……』
新しい家族が増えて益々賑やかになった。
これからも、たくさんの良いことが待っている予感がした。
『カバーストーリー:人が羨み生まれた神』
神と人とが関り、因果によって生まれた神。
かの神が司るものは何もない。
人が神を羨むことで生まれ、あらゆる性質を簒奪する力を持つ。
神は己の中の妬みに狂い、全てを奪い取るまで止まることはない。




