04-4.春代の異母妹
* * *
静子は一人で神宮寺の屋敷に戻っていた。
本来ならば、春代を盾に使い、亡き者にしようと企んでいた。しかし、紅蓮の行動により、それは失敗に終わった。
「……うまくいきませんわね」
静子はため息を零す。
……紅蓮様が欲しいのに。
欲しいものはなんだって手に入れてきた。
それなのに、今回は手が届かない。
「セツさん」
「……はい、静子様」
「あなたの娘、どういう教育をなさっているの?」
廊下の床に座らされた妙齢の女性、神宮寺セツは静子の問いかけにすぐに答えられなかった。
「教育なんてしていないものね。いいのよ。生贄にはふさわしい待遇だわ」
静子はセツの返事を期待していなかった。
セツは春代の母親だ。静子の義母にあたる。しかし、立場が弱かった。当主の妹でありながらも、子は春代だけであり、陰陽師を輩出することができなかった。
その立場は変わった。
今では生贄の母親だ。
神宮寺家の守護神と崇められつつある紅蓮の妻に収まった春代ではあるのだが、戸籍上は未婚のままである。鬼との結婚など認めるわけにはいかなかった。
その為、扱いとしては紅蓮を神宮寺家に留めておく為の生贄である。
「わたくし、どうしても欲しいものがございますの」
静子はセツに近寄った。
セツは姿勢を正す。
「手伝ってくださるかしら?」
「……はい」
「それはよかったわ。わたくし、札作りが苦手ですのよ」
静子は陰陽師に必須である札を作るのが苦手だった。
「なにを作ればよろしいですか?」
セツは問いかける。
他人に頼まれて札を作るのは慣れていた。
それくらいしか才能がないと揶揄されながらも、セツの作る札の威力は当主も利用するほどだった。
「火除けの札をたくさん作ってちょうだい」
静子はセツに頼みごとをする。
それが断れないと知っているからこその頼みごとだった。
「それを祠に貼ってきてちょうだいね」
「そのようなことをすれば、紅蓮様は外に出られません」
「いいのよ。わたくしを無視した罰を与えなければならないわ」
静子は笑った。
企みは別にあった。
「陰陽師として春代がでることになるでしょうね」
静子の狙いは春代だった。
陰陽師として未熟な春代が現場に出れば命を失いかねない。それを知っているからこそ、紅蓮が外に出られないようにしてしまおうと考えたのだ。
「あら、セツさん。顔色が悪いわ」
「そんなことはありません」
「嘘は嫌いよ。娘の安否が心配になったのかしら?」
静子はくすくすと笑いながら、問いかけた。
「そんなことはありません」
セツはすぐに答えた。
しかし、声が震えていた。
「そうよね。心配をするくらいならば、十年も使用人以下の扱いを受けているのを見逃すはずがないもの」
静子はセツの心の傷に塩を塗る。
セツは後悔していた。
幼い娘を放置することでしか、娘の命を守れなかった。それを口にすることはないものの、娘のことを――、春代のことを忘れたことなど一度もない。
それに静子は気づいていた。
だからこそ、気に入らなかった。
「セツさん」
静子はセツを義母とは呼ばない。
実母はセツの夫の愛人だ。神宮寺家の敷地を跨ぐことさえも許されず、能力を発揮した静子を神宮寺家に託し、そのまま行方をくらませた。
その経緯があるからだろうか。
静子は母親というものを信用していなかった。
「あなたの娘になってあげるわ」
静子はそう言って笑った。
質の悪い冗談だった。
* * *
「……なんの札でしょうか」
後日、春代は住居としている建物に札が張られていることに気づいた。それをよく見てみるものの、春代の知識にはないものだった。
……雷避けでも火除けでもありませんわ。
火除けの札ではなかった。
セツには火除けの札は作れなかった。
「人除けの札だな」
「そのようなものがございますの?」
「ある。使ったやつもいたくらいだ」
紅蓮は札に触れる。
すると札は効力を無くし、灰になってしまった。
「どのような方が使いますの?」
春代は問いかける。
「鬼と密会していた陰陽師だ。今は陰陽師だった頃の記憶を忘れた哀れな鬼だが」
紅蓮は語る。
かつて神宮寺家の中に鬼と密会していた陰陽師がいたことを春代は知らなかった。
「三竹山があるだろう?」
「はい。知っております」
「そこに叔母が封印されている。例の陰陽師と密会していた鬼だ」
隣町の山の名を紅蓮は口にした。
しかし、鬼が封印されていることは知らなかったようだ。春代は驚いたようだった。
「狐塚町まで監視をしているのでしょうか」
「いいや。狐塚稲荷神社に任せていると聞いた」
「紅蓮様はなんでもご存知ですのね」
住居を取り囲むように張られていた札を燃やしつつ、紅蓮は照れくさそうに笑った。
「狐塚に友人がいてな」
紅蓮は語る。
春代と二人で過ごせる時間は都合がよかった。しかし、人除けの札が張られていては食事は届けられない。紅蓮は食事をしなくてもなんともないが、春代は違う。
「旭という名の妖狐だ。俺になにかがあった時には旭を頼れ」
「そのようなことをおっしゃらないでください」
「例えばの話だ。保険はかけておくべきだろう?」
紅蓮は笑う。
友人ならば春代を受け入れてくれるだろう。そんな自信があった。