04-3.春代の異母妹
「家の場所はわかるかい?」
「ここは現世だ。幽世に戻れば家があるだろ」
「……現世?」
大首は首を傾げて、頭を一回転させた。
現世にいる自覚がなかったようだ。
「境界線を跨いだんだろう」
紅蓮は大首に声をかける。
そうすると、大首はにたりと笑いながら後ろを向いた。
「家に帰るかね」
大首はそう言い残し、姿を消した。
……すごいです。
春代は妖怪を攻撃して消滅させる方法しかないと思っていた。しかし、紅蓮がしたのは大首の間違いを指摘し、元の場所に戻らせる方法だ。
「紅蓮様。やりました。大首を追い返しました!」
「道を教えただけだが」
「それでも、陰陽師にはできなかったことです!」
春代は興奮していた。
紅蓮以外の妖怪を目にするのは初めてだった。陰陽師としての才能はないと見捨てられた幼少期から今に至るまで妖怪を見たことがなかった。
「……ありえないですわ」
静子は震えながら声をあげた、
「妖怪は滅するものですのよ。追い返したところでまだ来るのに決まっていますわ」
静子は過激な思考の持ち主だった。
母親がそう教え込んできたのだ。
「雑鬼が湧くのと同じ原理ですわ」
静子の言葉に紅蓮は眉間にしわを寄せる。
鬼として聞いていられない暴言だった。
「妖怪を封印して回っているのは神宮寺か」
「封印はいたしませんわ。すべて滅します」
「大けがの妖怪がいるのは、お前たちの仕業か」
紅蓮は振り返った。
牙を剝き出しにした姿は静子の理想像とは違う。恐ろしいものだった。
「いたずらに妖怪を相手にするのはやめろ」
紅蓮は忠告をする。
内心では陰陽師と分かち合えないとわかっていた。
「それはできませんわ」
静子は震えながらも言い返す。
「妖怪や悪霊によって困っている方がいる限り、陰陽師は戦わなければなりません」
静子は言い切った。
その姿は立派な陰陽師そのものだった。
「ですが、対話が可能か、検討してみるのも良い手だとは思いますわ」
静子は背を向けて歩き始める。
「……わからんな」
「なにがですか?」
「良いやつなのか、悪いやつなのか。春代に敵意を見せているのは悪いやつに決まりだが、話がわかるやつでもある」
紅蓮は首を傾げた。
……敵意を向けられていたのでしょうか。
春代は気づいていなかった。
指摘されるまで静子の視線にすら気づかなかった。
「私のことは気になさらないでください」
春代は紅蓮を見上げて笑った。
「生贄が陰陽師になるのが気に入らなかったのでしょう」
春代は生贄だった。
それは事実だ。
「自尊心の高いお方ですから」
春代の言葉を聞き、紅蓮は頷いた。
……いい人と言い切れなくて申し訳ないわ。
直背的な嫌がらせを毎日のように受けてきた苦しみは消えない。なにより、紅蓮の関心が春代ではなく、静kに向けられるのが嫌だった。それを恋心からくる嫉妬だということに春代は気づいていない。
「そういうものか」
「はい。そういうものなのです」
「人間は複雑だな」
紅蓮は感心したようだ。
「鬼ならば力比べで勝負をする。言葉で牽制なんて行動はしない」
紅蓮は語る。
鬼ならば鬼らしく、力で物事を抑え込む。紅蓮はそれが苦手だった。だからこそ、父親の作った組織を抜け、自由気ままな独り暮らしをしていたのだ。
「俺は苦手だがな」
紅蓮は苦笑した。
「紅蓮様は争いごとが苦手ですか?」
春代は意外だった。
彰浩を簡単に倒してしまった姿を思い出す限り、戦闘意欲にあふれているとばかり思っていたのだ。
「苦手だ」
「そうですの。一緒ですわね」
「そうだな、同じだな」
紅蓮と春代は手を繋ぎながら笑う。
闇夜を照らす月だけが二人を見守っていた。
「春代」
紅蓮は春代の名を呼ぶ。
そうすれば、春代の視線は紅蓮で埋め尽くされる。
「このまま、二人で逃げ出そうか?」
「逃げる、ですか?」
「そうだ。幽世に渡れば陰陽師は追ってはこられない」
紅蓮の甘い提案に春代は頷きそうになってしまった。
神宮寺家には居場所はなかった。生贄に差し出すのを決められた時も両親は振り向かなかった。誰も生贄に選ばれた春代に同情する者はいなかった。
紅蓮だけだった。
恐怖のどん底から救いあげてくれたのは、紅蓮だった。
だからこそ、紅蓮の甘い誘惑に乗ってしまいそうになる。
「少しだけ時間をください」
春代は悩んだ末に答えた。
「私はまだ両親にお別れも言えていませんから」
「放っておけばいいだろう。神宮寺が春代にした罪は重い」
「そういうわけにはいきません」
春代は首を左右に振った。
……もう何年も話をしていないけれども。
両親は春代を疎んでいた。
しかし、紅蓮と共に神宮寺家に戻ってからは目の色を変えていた。そのことを知っていたからこそ、会う勇気がなかった。
……恨みはありません。
両親からの愛を諦めてしまった。
陰陽師の才能がないとわかった日から、両親は春代への興味を失った。父親は堂々と愛人の娘である静子を神宮寺家の子として迎え入れ、神宮寺家の直系の血を継ぐ母親を蔑ろにしてきた。