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無能の生贄は鬼と契りを交わす  作者: 佐倉海斗
第二話 無能の少女と祠の主
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04-1.春代の異母妹

* * *



「なんですって!?」


 静子は怒り狂っていた。


 その怒りの矛先は春代に手紙を届けた侍女に向けられている。以前、侍女が春代にしたように、静子は侍女を蹴る。


「手紙を受け取りもしなかったというの!?」


「申し訳ございません!」


「謝れば許されるって問題ではありませんわ!」


 静子は侍女を蹴り飛ばした。

 廊下に蹴りだされた侍女は震えながら、土下座をする。


「わたくしの手紙を受け取っていただけないなんて!」


 静子は愛を綴った手紙を託していた。


 紅蓮がいかに美しく、かっこよく、なによりも自分にふさわしいことを綴った愛の手紙は読まれることもなく、灰にされてしまった。


 そのことを侍女は素直に告げてしまった。


「なんて。なんて、ことですの」


 静子はその場に座り込む。


「そんなところすらも、かっこいいなんて……!」


 それから、部屋で待機していた別の侍女を睨みつける。


「わたくしをもっとも美しい姿にしてちょうだい!」


 静子は泣かない。


 それどころか、愛の炎は増すばかりだった。


「どうやってでも、手に入れて見せますわ。紅蓮様」


 静子は初めて恋を知った。


 それは叶わないものだと知っていた。


 しかし、簡単に諦めるわけにはいかなかった。神宮寺家の中でもっとも美しいと称賛を受けてきたのは静子だ。異母姉の春代ではない。


 静子が手に入れられにものを春代が手に入れているのが許せなかった。


「しかし、あの方は恐ろしゅうございませんか?」


 髪飾りを選んでいた侍女は思わず口にしていた。


 当主の次に強いはずの彰浩でさえ、手が出せなかった相手だ。その場にいた陰陽師たちは鬼の力を知り、戦いを知らない使用人たちは恐怖で怯えていた。


「なにをおっしゃるの」


 静子は着物と袴を選ぶ。


 もっとも美しい組み合わせを探しているのだ。


「竜神様のご加護を得ているのはわたくしですわよ」


 静子は水の異能力者だ。


 それを自慢にしてきた。


 竜神の加護を得ているというのは事実ではなく、それほどの実力者であると周りが言い出した言葉である。


「炎の化身と呼ぶべき紅蓮様の隣にふさわしいのは、わたくしでしょう」


 静子は断言した。


 あの日の炎に魅せられてしまった。


 その炎の化身の隣に並ぶべき自分の姿を想像して、頬を赤く染める。


「その通りでございます」


 侍女は静子の言葉を全肯定する。


 怒りの矛先が自分に向けられるのを避ける為だった。


「紅蓮様には目を覚ましていただかなければなりませんわ」


 静子は本気だった。


 選ばれるべきは自分だと信じて疑わない。


「お姉さまなんかにわたくしが負けるはずがありませんもの」


 静子は春代が嫌いだった。


 同い年なのにもかかわらず、生まれが三か月早いというだけで異母姉になった春代を皮肉を込めてお姉さまと呼ぶ日々は、好きではなかった。


 か弱く、健気で、役に立たない。


 それなのにもかかわらず、泣き言を言わない。そんな姿がなによりも嫌いだった。


「そうですわ。お嬢様」


「お嬢様が無能に負けるはずがありませんわ」


「自信を持ってくださいませ、お嬢様」


 侍女たちは静子を応援する。


 本気で言っているのだ。


 無能とばかにされ続けた春代に勝ち目などないと信じていた。


「お前たち……!」


 静子は感激したかのような表情を作る。


「そうですわね、わたくし、弱気になっておりましたわ」


 静子は思ってもいない言葉を口にした。


 負けるつもりなどなかった。



* * *



「くしゅんっ」


 春代はくしゃみをした。


 それに紅蓮は驚いた。


「大丈夫か? 風邪に効く妙薬でも取り寄せようか?」


「いえ。平気ですわ。誰かが噂をしているのでしょう」


「そうか? 人間は変わった風習があるのだな」


 紅蓮は素直に受け止めた。


 家事に専念する春代の後ろをついて歩き、春代が届かない場所の掃除は紅蓮がする。掃除をするのに慣れているのは、紅蓮が一人でなんでもやっていた証拠だろう。


 ……紅蓮様も一人で生活をしていたのでしょうか。


 そう思うと春代は寂しく思えた。


「陰陽師の仕事とやらに今宵出かけてる」


「はい。ご同行いたします」


「危険ではないのか?」


 紅蓮は首を傾げる。


 ……変なことをおっしゃられるのね。


 春代から受け取った手紙の内容を思い返す限り、紅蓮にとっては簡単な仕事だ。しかし、か弱い人間の春代を連れて行くのには抵抗があった。


「結界術の札を真似て書いてみました」


「札など燃えて終わりだ」


「ないよりはあった方がいいでしょう? 紅蓮様の分も作ってみました」


 書斎にこもっている時間に書いていたのだろう。


 丁寧に書かれた札を手に取り、紅蓮は首をさらに傾げた。


「ずいぶんと簡易化したのだな」


「そうでしょうか。本の通りに書いてみましたが」


「俺を封印した奴の札はこんなものではなかった」


 紅蓮は忌々しいと言いたげな顔で札を見た。


 ……あまり気分の良いものではなかったようですね。


 失敗したと思った。


 春代は紅蓮の役に立ちたかっただけなのだ。不快な思いをさせるつもりはなかった。


「効力はあるだろう。春代が持っていると良い」


 紅蓮は渡された札をすべて春代に返した。


「俺の力では札を燃やしてしまう。せっかく、春代が作った札だ。効力を発揮した方がいいだろう」


 紅蓮に言われ、春代は大人しく受け取った。


「効力がわかるのですか?」


「わかる」


「不思議ですね。やはり、鬼と人間では違うのでしょうか」


 春代は感心したように言った。


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