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無能の生贄は鬼と契りを交わす  作者: 佐倉海斗
第二話 無能の少女と祠の主
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03.春代は手紙を受け取りたくなかった

 春代の生活は一変した。

 離れの庭を手入れしていれば、通りかかった使用人に頭を下げられる。今までならば罵声か石を投げられたところだろう。


「春代様」


 名を呼ばれて振り返る。

 生贄に選ばれる前日、春代に水をかけたあの侍女だった。


「お仕事の依頼が来ました」


「……紅蓮様を呼んでまいります」


「いえ。こちらを春代様から紅蓮様にお渡しくださいませ」


 侍女はていねいな言葉遣いで接してくる。


 それが気味が悪かった。


「受け取ります」


 春代は手紙を受け取った。


 中身は陰陽師として仕事が書かれているのだろう。


「それから、こちらもお渡しくださいませ」


「それはなんですか」


「静子様よりお預かりいたしました紅蓮様宛の手紙でございます」


 侍女が差し出した手紙を受け取れなかった。


 ……静子様。


 異母妹にあたる静子は強欲だ。


 模擬試合の時の静子の言動を忘れられない。明らかに紅蓮を狙っていた。


「受け取れません」


 春代は拒絶をした。


 静子が紅蓮を思い書いた手紙など触れたくもなかった。


「紅蓮様は私の旦那様です。そのような手紙はお控えくださいませ」


「そうだな。よく言えたぞ、春代」


「紅蓮様!」


 いつの間にいたのだろうか。


 紅蓮は春代の隣に立っていた。あいかわらず、気配を感じられない。


「燃やしてしまえ」


 紅蓮がそういうと侍女が手にしていた手紙に火が付いた。


 慌てて侍女は手紙から手を離す。


 瞬く間に燃え上がった手紙は灰になってしまった。


「そこの者。流行りの袴とやらを何着か用意しろ」


 紅蓮は指示を出す。


 春代が着用している着物はすべて紅蓮が用意したものだ。その為、幽世の流行のものであり、この時代の流行とは違っていた。古風な着物だと影で言われているのを紅蓮は知っていた。


「紅蓮様の下さった着物がいくつもございます」


「しかし、現世では流行のものではないのだろう?」


「流行などどうでもよいのです。紅蓮様が選んでくださった着物の方が私は好きです」


 春代は紅蓮に寄り添う。


 それに対し、紅蓮は頬を赤く染めた。人間とは違い、長い年月を生きてはきたものの、男社会で過ごしてきた紅蓮にとって、春代は初恋だった。


 初めての恋を大切にしたかった。


 だからこそ、契約結婚という強引な形で手に入れても、手を出すことだけはしなかった。


「陰陽師としての仕事では着物と袴ではどちらがしやすいのだ?」


 紅蓮は侍女に問いかける。


 侍女は少しだけ後ずさりをしながら、首を縦に振った。


「袴を好まれる方が多いです。着物よりも動きやすいかと思います」


「そうか。では仕事着として袴を用意せよ」


「はい。かしこまりました」


 侍女は逃げるように去っていった。


 ……静子様に報告をされるのでしょう。


 手紙を預かってきたということは、静子とつながりがあると考えてもいいだろう。


「名を呼ばれるのは慣れませんね」


「なぜ?」


「今までは無能と呼ばれておりました」


 春代が零した言葉に対し、紅蓮は目を見開いた。


「無能?」


 紅蓮には理解ができなかった。


 あやかしを視ることができるのは才能だ。多くの人はあやかしの存在を認識することさえもできない。


「見鬼の才があっても無能か」


「見鬼の才ですか?」


「そうだ。俺の声が届いた人間は春代が初めてだった」


 紅蓮は祠に閉じ込められた人間がいると声をかけていた。


 同情したのだ。そうしなくても、紅蓮は現世に来るつもりなどなかった。しかし、春代は違った。美しい見た目と謙虚な性格、なによりも死に怯えている姿は助け出したいと強く願ってしまうほどのものだった。


「俺の姿は春代を通じて見えているようなものだ」


 紅蓮は鬼だ。

 人ではない。


 高位な存在であるからこそ、その姿は人間には認識しにくい。


 その為、急に姿を見せたように見えるのだろう。


「春代」


 紅蓮は春代を抱きしめる。


「春代がいなければ、俺は現世に降りようとは思わなかった」


「あの小さな祠の中にいるつもりでしたか?」


「まさか。あれは俺の出入りを封じる為の祠にすぎない」


 紅蓮の言葉に春代は目を見開いた。


 ……祠の中にいたのだと思っていました。


 昼間も薄暗く、人通りのない寂しい場所に置かれた祠を思い出す。その場所に何百年と閉じ込められていたのだと思っていたが、違うようだ。


「幽世という言葉は知っているか?」


「かくりよ、ですか?」


「そうだ。常世とも呼ぶ。呼び方はいろいろあるが、あやかしが住んでいる世界の呼び名だ」


 紅蓮はていねいに教えていく。


 わかりやすいように言葉を選ぶ。


 その優しさが春代の凍り付いた心を解かすようだった。


「俺はそこで暮らしていた」


 紅蓮は幽世で自由気ままに生きていた。


「では、幽世で待たれている方もいらっしゃるのではないですか?」


「いない。あやかしは自由なんだ。たかが百年、現世にいたところでなにも言われないさ」


「そういうものですか」


 春代には百年は遠い先の未来に感じる。


 しかし、鬼である紅蓮にとっては瞬く間の時間にすぎないのだろう。


「私が死んだ後は、紅蓮は一人になるのですか?」


 春代は問いかけた。


 その言葉に紅蓮はあやしく笑ってみせた。


「さあな」


 紅蓮は答えを返さない。


 なにかを知っているようだが、教えるつもりはないようだ。

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