06-3.陰陽師としての仕事
* * *
暗がりに鬼火がいくつも浮かぶ。
場所は神宮寺家が代々祀られている墓場だった。一つの墓に収まらず、家族ごとに墓を作られている。この一帯の墓はすべて神宮寺家に関わる者たちの墓だった。
夜が静まり返った頃、鬼火がゆらりと宙を舞う。
それに恐怖心を抱きながら、札を手にしている春代に対し、紅蓮は呆気に取られていた。
「警戒する必要はない」
「ですが、鬼火があんなにも浮いています」
「あれは魂の残り香だ。鬼火ともいうが」
紅蓮は春代の手を繋ぎ、迷うことなく、ある墓を目指していく。鬼火が出ている原因の墓は真新しいものだった。
「刻まれている名を見て見ろ」
紅蓮は鬼火のおかげで明るくなっている墓石を指さした。
春代は紅蓮の指示に従う。
この場では震えながら札を手にする春代よりも、あやかしの紅蓮の方が正しい。墓石に刻まれたばかりの名を見て、春代は目を見開いた。
「……お母様」
墓石には神宮寺セツの名だけが刻まれていた。
それは供養塔のようにも見えた。
四十九日を待たずして、セツの骨は墓にしまわれた。それが鬼火の原因なのか、わからない。しかし、セツの未練が鬼火となっているのは間違いなかった。
「鬼火はどのように治めればよいのですか」
「放っておいてもいい。早くに治めたいのならば、未練の声を聞いてやればいい」
「未練の声ですか?」
春代は首を傾げた。
札を張ることしか春代にはできない。
紅蓮は鬼火の一つを手で掴んだ。
「覚悟があるのならば、触れてみればいい」
紅蓮が触れたところで未練はわからない。
人でなければ鬼火の未練は伝わらない。
……覚悟ですか。
セツの思いを知りたいと思っていた。
死して鬼火となるほどに残した強い未練とはなんなのか。春代はそれを知る為に紅蓮が捕まえている鬼火に手を伸ばした。
鬼火に触れた途端、頭の中が割れそうなくらいに痛みが走った。
記憶が流れてくる。
「死にたくなかった」
鬼火から声が聞こえた。
それは二度と聞けないはずのセツの声だった。
「我が子に教えれるはずだったのに」
セツの声を鬼火は発する。
それに対し、春代は固まってしまった。
鬼火が声を発するなど聞いたことがなかった。
「悔しい。悔しい。悔しい」
鬼火はセツの本音だ。
散らばっていた鬼火たちも集まってくる。一つ一つ、丁寧に春代の手のひらに乗り、一つになっていく。鬼火には春代を傷つける意思はなかった。
「静子さえいなければ」
鬼火の言葉に春代は目を見開いた。
……お父様の推測は合っていたいましたの?
セツは自ら命を絶った。しかし、それはセツの意思ではない。
すべて静子が企んだものだった。
「春代」
鬼火は愛おしそうに春代の名を呼んだ。
その声に春代は涙を流す。
「愛していたわ」
鬼火はセツが口にできなかった未練を零す。
「我が子に教えられるはずだったのに」
鬼火は同じ言葉を繰り返す。
何度も何度も未練を口にする。
そうしているうちに鬼火は少しずつ小さくなっていった。
「信也様」
鬼火は愛おしそうに信也の名を口にした。
その場にいないことなど、意思のない未練の塊にすぎない鬼火にはわからない。
「お慕いしておりました」
鬼火は姿を消した。
未練をすべて吐き出したのだろう。
春代はその場に崩れ落ちた、涙が止まらなかった。
墓場は静寂を取り戻し、月明かりだけが頼りになる。鬼火はどこにも残っていなかった。
「春代」
紅蓮は春代に声をかける。
それに対し、答える余裕が春代にはなかった。
「セツに会いに行こうか」
「……できません。お母様は死んでしまったのです」
「鬼火になったんだ。幽世に行けば会える可能性が高い」
紅蓮の言葉に春代は顔をあげた。
涙で濡れた顔を紅蓮は手で拭う。
……お母様に会える?
それは可能性の話だ。
人は死後、あやかしになる場合がある。未練が強かったり、生まれ持った力が強く人間離れしていたりと条件は様々ではあるが、あやかしとして第二の人生を歩むことになる者も少なくはない。
紅蓮は人から鬼になった者を知っている。
神宮寺家の実力者であった。本人はそのことを忘れてしまっているものの、今も、鬼として実力があることには変わりはない。
「人であった頃の記憶というのは日が立てば忘れてしまうものらしい」
紅蓮は春代に手を差し出した。
春代の背中にはお守りの代わりのようにセツの遺品である風呂敷が背負われていた。元々、今回の仕事が終われば幽世に渡る予定だった。その為、春代はセツの遺品を持って歩いていた。
「一緒に探そうか」
「……探してもいいのでしょうか?」
「未練の声を聞いただろ。セツがそう望んでいる」
紅蓮の差し出した手を春代は掴む。
それからゆっくりと立ち上がった。
「一緒にお母様を探してくださいませ、紅蓮様」
「わかった、そうしよう」
「ありがとうございます」
春代は頭を軽く下げた。
それから墓に札を一枚だけ置いた。
……お母様の本を見て作りましたのよ。
遺品はすべて手書きの本だった。札作りのことから料理や家事に関することまで幅広く書かれており、セツが春代に教えたかったことがすべて書かれていた。
春代の新しい髪飾りもセツが用意したものだった。遺品の中に一つだけ、つまみ細工の髪飾りが入っていたのだ。それを春代は迷うことなくつけた。