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無能の生贄は鬼と契りを交わす  作者: 佐倉海斗
第二話 無能の少女と祠の主
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06-1.陰陽師としての仕事

 玄関を叩く音がした。

 その音に気づいた春代は慌てて玄関に向かう。


 ……お母様のお葬式が終わったばかりなのに。


 心の整理がまだついていなかった。


 扉を開けると男性が立っていた。


「……陰陽師としての仕事の依頼でしょうか?」


 無言で立ち尽くす男性に対し、春代は問いかけた。


 それに対し、男性は頷き、依頼書が入った封筒を差し出す。


「紅蓮様にお伝えいたします」


 春代は封筒を受け取り、男性を見た。


 男性はなにか言いたげな顔をしていた。


 ……侍女ではなく、陰陽師の方が来るなんて珍しいですね。


 男性の使用人も少なくはない。しかし、目の前の男性のように上質な着物を着ているのは陰陽師だけだ。


「あの、他になにかご用件でもございますか?」


 春代は不審そうに声をかける。


 男性はようやく口を開いた。


「セツの遺品だ」


 男性は持っていた風呂敷を春代に押し付ける。


 セツの名を聞き、春代は素直に風呂敷を受け取った。


「お母様の遺品をもらえるとは思いませんでした」


 すべて静子の手元に渡る者だと思っていた。


 春代の言葉を聞き、男性の表情は曇る。


「セツの娘はお前だけだろう」


 男性は断言した。


 しかし、静子も養子縁組をしている為、セツの娘になっている。そのことを知らない人はいないはずだ。


 ましてや、生贄に選ばれるほどの落ちこぼれであった春代のことをセツの娘と表現する人は、ほとんどいないだろう。


「セツと話をしたそうだな」


「……はい。少しだけですがお話をさせていただきました」


「あいつはそのことを嬉しそうに話していた」


 男性は懐かしそうに口にした。


 ……あいつ?


 春代は疑問を抱く。セツと関係が深い人ではなければ、あいつ呼ばわりはしない。


「セツは自殺ではない」


 男性は断言した。


 セツの死因は首つりだ。自らの意思で命を絶ったと連絡を受けている。


「これから札作りを教えると意気込んでいたやつが、自殺などするものか」


 男性はセツの死因に疑問を抱いていた。


 しかし、それを訴えて調査させるほどの権力は男性にはなかった。


「……あなたは、私のお父様ですか?」


 春代は疑問を口にする。


 それに対し、男性は頷いた。


「神宮寺信也という。お前の父親の名だ」


 男性、神宮寺信也は名を告げた。


 ……この人がお父様。


 記憶の中にはいなかった。


 幼い頃を含めて、一度も会ったことがなかった。幼少期はあやかしに対応できる陰陽師が少ないこともあり、仕事漬けの日々であった為、春代が起きている時間と信也が春代の顔を見に来る時間が異なっていた。


「静子には気を付けろ」


「静子様ですか?」


「そうだ。あいつは執念深く、紅蓮殿を狙っている」


 信也は忠告をした。


 ……静子様。


 セツも静子には気を付けるようにと言っていた。


 ……どうして、私からなにもかも取り上げようとするのかしら。


 幼い頃に大切にしていた玩具も着物もすべて取り上げていった。落ちこぼれには不要だと目の前で捨てられたこともある。


「セツを殺したのは、おそらく、静子だ」


 信也は小さな声で囁いた。


 ……ありえません。


 人殺しに手を染めるとは思えなかった。


 そのようなことをしてはいけないという道徳心がそう思わせるのだろう。一方で静子ならばやりかねないという気持ちもあった。


 ……そのような憶測は誰に聞かれているのかもわかりません。


 祠を兼ねた離れの屋敷に好んで足を運ぶ者はいない。


「次の標的はお前だろう。気を付けろ」


 信也は淡々とした声で告げた。


 それが真実のような気がしてきて恐ろしかった。


「それならば、幽世に行くか? 春代」


 紅蓮の声に思わず振り返る。


 信也は初めて紅蓮を見たようでひどく驚いていた。彰浩との試合を見ていなかったのだろう。


「幽世には人がいけるものなのか」


 信也は問いかける。


 それに対し、紅蓮は呆れたような顔をした。


「神隠しがあるだろう」


 紅蓮は答える。


 神隠しは昔からある解明されていない現象の一つだ。その原因が神やあやかしにあるのだとすれば、人間では太刀打ちができない。


「ですが、陰陽師としての仕事がございます」


「放っておけばいい。命を狙われるよりも気が楽だろう」


「それは、そうかもしれませんが……」


 春代は即答できなかった。


 ……紅蓮様の故郷を見てみたい気持ちもあります。


 紅蓮が育った幽世に興味があった。


「一度、行ったら帰ってこれないのか?」


「いいや。境界を塞がれなければ出入りは自由だ」


「それならば、春代を幽世に連れて行ってくれないだろうか」


 信也は頭を下げる。


 信也にとって元凶である静子も血の繋がった実の娘だ。


「セツの二の舞にはさせられない」


 信也の言葉は春代の心に響いた。


 ……お父様はお母様を大事にされていたのですね。


 他所に女を作っても、セツがなによりも大事だった。セツとの子である春代のことも愛していた。それを口にすることは許されなくとも、気持ちは変わらなかった。


「……では、紅蓮様。今回の仕事を終えたら、幽世に連れて行ってくださいませ」


「いいのか?」


「はい。紅蓮様の故郷を見てみたいです」


 春代の言葉に紅蓮は嬉しそうに笑った。


 その笑顔につられて、春代も笑みを零す。


「お父様」


 春代は頭を下げ続ける信也に声をかける。


 その声はとても穏やかなものだった。物心つく前から接してこなかった父親になにかを思うことはない。


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