表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これは生き残るための契約結婚です  作者: 佐倉海斗
第二話 無能の少女と祠の主
10/13

05-2.春代の母親

「紅蓮様を手に入れる為ならば、静子様は春代を亡き者にしようと企んでおいでです」


 セツの言葉に嘘はなかった。

 春代の母親として忠告をしたのだ。


「春代は俺が守るから、不要な心配だ」


 紅蓮は春代の肩に腕を回す。


「今の俺は春代を通じてしか視えない。神宮寺も劣ったものだ」


「春代に才能はありません」


「いいや。見鬼の才は誰よりも飛び抜けている」


 紅蓮はセツの言葉を否定した。


 セツは酷く驚いた様子だった。


「見鬼の才は陰陽師にとって必要不可欠の才能です。ですが、それだけでは陰陽師にはなれません」


 セツは語る。


 陰陽師という仕事を見て育ったからこそ、断言できた。


「春代は陰陽師にとって無能なのです」


 セツは春代を見ない。


 ……無能。


 久々に言われた言葉が心の傷を抉る。


 ……お母様も同じですのね。


 セツは陰陽師ではない。だからこそ、当主の妹でありながらも侍女として働いている。


「あやかしも視れず、札を放つだけが陰陽師か」


 紅蓮は笑った。


「ずいぶんと落ちたな、神宮寺」


「時代と共に衰退傾向にあるのは否定できません」


「さようか。あやかしにとって生きやすい時代になったものだ」


 紅蓮の言葉にセツは顔をしかめる。


 ……話の内容が理解できません。


 春代は置いてきぼりだった。


 ……あやかしが生きやすいのは大変なことではないでしょうか。


 紅蓮は笑っている。


 あやかしである紅蓮にとって、あやかしが生きやすい現世になるのは良い傾向だ。天敵とも呼べる陰陽師が衰退しているのならば、なにも怖いことはない。


「これから幽世から現世に来るあやかしは増えるだろう」


 紅蓮は予言した。


 天敵の減った場所に住処を移すのは普通のことだ。


 幽世は自由だ。それぞれの種族に別れて暮らしている地域もあれば、共存をしている地域もある。しかし、人に対する好奇心旺盛なあやかしも多くいるのが現実だ。


「それを紅蓮様には祓っていただきたいのです」


 セツは一歩も引かなかった。


 覚悟を決めたような視線は春代と同じだ。


「俺は追い返すくらいしかしない」


「それだけでも充分です。春代を危険な目に遭わせなければ、わたくしとしては他に臨むことはありません」


「酷く矛盾しているな」


 紅蓮はセツの発言が矛盾していると指摘した。


 ……矛盾していますね。


 静子を推すような真似をしたり、静子を警戒するような発言をしたりとセツの言葉には一貫性がない。


「お母様」


 春代はセツに声をかけた。


「お母様はなにを望まれているのですか?」


 春代は問いかける。


 セツの望みがわからなかったのだ。


 ……ひどく驚いた顔をなさるのですね。


 なぜ、驚かれているのかさえも春代にはわからない。


「……娘の幸せを願う権利など、わたくしには、ありませんが」


 セツは俯いた。


 春代を見放したのは事実だ。紅蓮の出現により、春代の札作りの才能が開花したとはいえ、いまだに春代を下に見る者は多い。


「それでも、たった一人の娘を幸せにしてくださる殿方なのか、試させていただきました」


 セツは頭を下げた。


「疑ったことをお詫び申し上げます」


 セツの言葉に対し、紅蓮は反応を示さなかった。


 その代わり、視線を春代に向ける。


「お母様」


 春代はセツに声をかける。


 紅蓮が返事をしないのならば、代わりに返事をするのは妻の役目だ。


「札を張られたのはお母様ですか?」


「……はい。わたくしがやりました」


「札はすべて燃やしてしまわれましたが、とても精巧なものでした」


 春代はセツの手に触れる。


「札作りを教えていただけないでしょうか」


 春代はセツに教えを乞う。


 その言葉にセツは反射的に顔をあげた。それから、ありえないと言わんばかりの顔をした。


 セツは春代を見放したのだ。直接、危害を与えなくても、幼い娘を見放したことには変わりはない。それなのに春代はセツを恨んでいなかった。


「わたくしを許してくださるのですか・?」


 セツは震えた声で問いかける。


 それに対し、春代は困ったような顔をした。。


「私はお母様から嫌がらせを受けていませんよ」


「ですが、あなたを見放してしまったでしょう」


「陰陽師としてしかたがないことです」


 春代は両親からの愛を求めるのをずいぶんと前に諦めてしまった。陰陽師の家系に生まれながらも、陰陽術の才能がないのだからしかたがないことだと自分自身に言い聞かせて生きてきた。


「怒ってもいいのですよ、春代……」


 セツは怯えながら言う。


 怒られてもしかたがないことをしてきた。許されないと思って生きてきた。


 しかし、春代は困ったような顔をするばかりだ。


「怒りませんよ、お母様」


 春代はセツの手をゆっくりと離した。


「あなたの待遇を悪くしてしまったのは私の責任ですから」


 春代はゆっくりと頭を下げた。


「ごめんなさい。お母様」


「謝らないでちょうだい。あなたに謝られたら、わたくし、どうしたらいいのか、わからなくなります」


 セツは慌てて春代を止めた。


 頭を下げさせるわけにはいかなかった。


「お母様。私、お母様に同情をしてしまいました」


「同情?」


「はい。私と静子様の間にはさまれている状況には同情をしてしまいます」


 春代の言葉にセツは顔色を変えた。


 青ざめていく。


 静子の命令により、この場に来ていることがばれてしまったことを恐れたのか。それとも、顔を殴ったのが静子だということに気づかれたと思ったのか。どちらにしても、春代に対して後ろめたいことには変わりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ