第1章ep:1 招待状
初めまして、イチボと申します。
不定期にはなりますが、お付き合いいただけると幸いです。
ファンタジーに憧れを抱く、大抵の人が通る道だろう。そしてその思いは時とともに風化してしまい、現実と向き合う度に思いが擦り減り興味をなくしてしまう。
儚くも尊い、思春期の大切な思い出。
ではここで1つ問おう。ファンタジーへの憧れを、大切に持ち続けるのはいけないことなのか?
やれ子供っぽい、やれ馬鹿げている、やれ現実を見ろ。フィクションの楽しみ方も知らない白けた大人達に散々言われてきた言葉だ。
そんな芯のない言説に惑わされ、ファンタジーから離れてしまう人も多くいるだろう。
人の言いなりになって、同調圧力に屈し、周りに溶け込むべく必死に蓋をする。
果たしてそれが本当に正しい事なのか?
大事に、大切に、慎重に、時に大胆に。そうやって少しずつ集めてきた自分を構成するなくてはならないものを、他者の言葉で簡単になくしてしまって良いのか?
結論、そんな馬鹿げたことはない。そんなことは些事だ。どれだけ願っても、届かないものであったとしても、自分の気持ちは誰に決められるものでない。
だから精々、一生誇らしく憧れてやろうではないか。
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子供のころ、スポーツも勉強だってそれなりにできた俺だったが、これといった特技もなく無気力で自堕落な性格のせいで少年時代を無為に消費してしまった。
そんな後悔はもう何度目かもわからない。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
とはいえ、こんな苦い記憶の中にも輝くものがあった。無気力で自堕落な自分に唯一興味を引くもの。それが、ファンタジー系作品だった。
自由に世界を冒険したり、剣や魔法の世界で切磋琢磨したり。いくつものファンタジー系作品を摂取し、自分も物語の主人公になりたいと思うのは当然の結果だった。
しかし現実は厳しいもので、自分が異世界に行くこともなければ現実の世界にモンスターが現れることもなかった。俺は通常運転の世界から目を逸らし妄想の世界に生きていた。
登校中に世界を救い、放課後は冒険と称して山を駆けた。小さい頃はそれで満足だったが、年を取るにつれ夢は現実に、憧れはフィクションへ変わってしまった。
社会人になり歯車として日々を全うに過ごして早8年、御年29歳の滝平綾人はあの頃見ていた燦燦と輝く夢からは遠くかけ離れているがそれなりに充実した生活を送っていた。
「ただいまぁ、誰もいないけど」
仕事を終え、帰宅後誰もいない空っぽの部屋に虚しく響く帰宅の挨拶。
「飯どーすっかな」
夜ご飯を作って待っている人がいる訳でもないので空腹を満たすためキッチンに立つ。一人暮らしを始めてから必要に駆られて自炊をしているが、お世辞にも料理がうまいとは言えずいつもザ・男料理といったものばかり作っている。
「そういえばこの間出前のチラシが届いてたっけか」
ふとポストに投函されていたチラシのことを思い出し、乱雑に置かれている郵便物たちを手に取る。
保険会社の催促、近所のスーパーのチラシ、デリバリーピザのチラシ。
「あれ?こんなもの受け取ったか?」
チラシの山の中に紛れていた茶封筒を手に取り、中身を見てみる。
「……。異世界への招待?」
おそらく誰かのいたずらだとは思いつつ、憧れを捨てきれない俺はすこしドキドキしつつ本文に視線を落とす。
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拝啓滝平様初夏の候、ご健勝にてお過ごしのこととお喜び申し上げます。さわやかな初夏となり、皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
近年稀に見る暑さの中、満員電車に揺られるのはさぞお辛いこととお察しいたします。そこでご相談が1つございます。
滝平様は幼少の頃よりファンタジー作品というものに大変興味を持たれていたと伺っております。
つきましては私の管理する異世界に行っていただき世界を救っていただきたくお願い申し上げます。
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表題に書いてある通り、異世界への招待状であった。俺の趣味を知っている人間は家族、数少ない友人くらいしかおらず、こんないたずらをするとはとても思えない。
だとしたら誰が……。
「いやいや、まさかそんなことはないよな……?」
俺にとってファンタジーとは、憧れであり青春であり今だ。ファンタジー作品を読むといつまでも変わらずドキドキするし、主人公のようになりたいと願ってしまう。
もしこれが本当に異世界へと行くことのできる代物だったらどんなにいいことか。
「まぁいたずらだよな……」
現実に染まってしまっていることを自覚してしまい、少し残念そうに小さく呟いた。
一通り家事を済ませ、いつも通りベッドに潜り込む。
(明日は休みだし、久々に日帰り旅行でも行くか)
時間を見つけては日帰り旅行に行くことがいつの間にか趣味となっていた。
1人で行く日帰り旅行は、行き当たりばったりでも文句を言われることもなく気ままに散策できるため、仕事で疲れた心と体をリフレッシュするには最適な趣味なんじゃなかろうか。
日帰り旅行の計画を練っている最中、睡魔に負け途中で眠ってしまい意識は夢の中に溶けてゆく。
夢の中で声を聴いた気がする。
暖かく心地よい、鈴のような声を。
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「ここ、どこだ……?」
いつのまにか森の中に立っていた――。