ルシフェル復活・その他
〈朝飯やもづくの甘酢啜つたり 涙次〉
【ⅰ】
安保さんが朝早く(出勤前)カンテラの外殻をチェックしに、事務所を訪れた。
「ご苦勞おかけします」とカンテラ。安保「いや、人間化のキイはやはりこのカンテラにある。だうしても氣になつてね」
とは云へ、その安保さんも暗中模索の最中にある。アンドロイドの特性を活かし、更にカンテラを人間に近付ける... さしもの安保さんにも難題なのは、確かであつた。
外殻(=カンテラ)にカンテラが依存してゐるのが、まづ安保さん的には、良くない事のやうに思へた。然し、カンテラが眠るのも、パワー・チャージするのも、外殻の中だ、と云ふ事は動かし難い。かと云つて匙を投げるのは、安保さんの氣質から云つて、あり得ない事なのだ。
人間化- それにはじろさんの切なる願ひが込められてゐた。自分の目の黑い内に、だうしてもカンテラと悦美の挙式が見たい。今の儘だと、悦美は「内妻」と云ふ事になつてしまふ。役所にカンテラの戸籍取得を申請してゐたのだが、なかなか官吏の世界は動いてはくれぬ事、元官僚のじろさんには、分かり切つてゐた。
神田寺男と云ふ人間名さへ考へてゐたのだ。この名は別にふざけてゐる譯ではなく、カンテラに、「寅さんシリーズ」の故・佐藤蛾次郎氏扮する寺男のやうに、平和な、平凡な每日を過ごして貰ひたく、考案した名前なのだ...
【ⅱ】
昨夜、カンテラは一匹のごきぶり、一名を「シュー・シャイン」と云ふ- と對話してゐた。ごきぶりなんて穢い、汚らはしい、と思ふ方もをられるだらうが、この「シュー・シャイン」、カンテラの使ひ魔として、なかなか有能なのだ。何となれば、彼は人間界と魔界を、自在に行き來する事ができた。情報屋として、重寶してゐる譯だ。
彼に依ると、だうやら魔界は、ルシフェル復活の為、しやかりきになつてゐる、と云ふ。側近の「蠅將軍」ベルゼブブを始めとして、その機運が盛り上がつてゐる、との事。後は、ルシフェルが主宰する黑ミサで、祭壇として使ふ、人間の女を用意するだけ、らしい。
そして、ベルゼブブはその「祭壇」となる女を探してゐる譯だが、だうやら彼は、悦美を狙つてゐるらしい事も、「シュー・シャイン」は傳へた。「祭壇」は、美しい女でなければ務まらぬ。しかもカンテラ一味の者を、黑ミサに使ふなんて、彼ら魔界の者らにとつて、これ程痛快な事はない... カンテラはその「蟲の報せ」、しつかと記憶した。
【ⅲ】
まづは悦美の警護を固くしなければ- そんな動きがある中で、悦美自身はいゝ氣なもので、晩飯のおかずを買ひ物しに行つたりしてゐる。そんな事は牧野にやらせればいゝのだが、だうしても「事務所の主婦」=「カンテラの奥方」氣取りが脱けない彼女なのであつた。
カンテラ「悦美さん、買ひ物に近所のスーパーに行くだけならいゝが、氣をつけてくれよな」悦美「なあに、わたしだつて【魔】の一匹や二匹、嗅ぎ分ける事、ちよろいもんだわ」取り合はない悦美。カンテラは「全く、事務所員として、たるんでるよ」と云ひながらも、最近とみに愛着を感じる彼女のそんな申し出は、断りきれなかつた。それは、自分にしてみれば、失策なのだらうなあ、とは思ひつゝも。
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〈女には女の道がありますときつぱり云つて彼女旅立つ 平手みき〉
【ⅳ】
そしてそれはやはり、カンテラの失策だつた。その日の外出で、悦美を取り囲んだのは、いつものファンの群れではなく、魔界の者たちだつたのだ。
じろさんが彼女のSOSをキャッチした。テオとの會話を通じて、カンテラ一味は皆テレパスとしての能力を磨いてゐた。特に親子とあつては、尚更結び付きが固い。「お父さん、助けて! わたし誘拐されてしまふ!」...
じろさんとカンテラ、取る物も取り敢へず、飛び出した。
見れば、明らかに異形の者らが、悦美を取り囲んでゐる- じろさん、「我が娘を誘拐しやうとは、莫迦なのか勇氣があるのか。ひとつ俺らと手合はせしてみるか!?」この脅しで、殆どの者が逃げてしまつた中、一人取り殘された、とろ臭い奴がゐた。
じろさんが羽交ひ絞めにする。カンテラ(拔き身を突き付け)「この儘退き下がれば、命だけは助けてやる。だが、ベルゼブブに云つとけ。今後悦美にはノータッチを守れ、と」
その【魔】は、じろさんが離すと、すぐさま消え去つた。
【ⅴ】
「な、やつぱり危ない目に會つたろ? これからは暫く外出は控へてくれ。お願ひだから」とカンテラ。悦美はそんなカンテラの氣持ちを酌み取り、買ひ物は牧野に行かせる事、約束した、と云ふ。
さて、問題が一つ殘つた。それは勿論、ルシフェルの蘇生である。「いつかこんな日が來るとは思つてゐたが。案外早かつたな」カンテラとじろさんは戦慄した...
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〈苗札に書かれた名前掠れけり 涙次〉
作者も暢気に俳句など捻つてゐていゝのか、と自問する。これから、また血戦の日々が、始まる。その事は、また次回以降- と云ふ事で。ぢやまた。