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2話 獣人

 『獣人』とは、『獣化』系統の【スキル】を持った者たちの呼称である。即ち『獣化(狼)』の【スキル】を持つ、真噛も獣人の一人だ。


 そして、『獣人』は差別・迫害の対象である。その範囲たるや大和国内のみならず、海外においても非常に広い範囲で、差別意識が蔓延している。

 『獣人』という『人間』とは異なる、別物であることを示すかのような呼称が広まっていることがその証左。

 元々、肌や瞳の色、信教の違いなどによって、人間は容易く差別や迫害、延いては争いを生み出してしまう危うさを抱えている。

 外見に獣の要素を発現させる『獣化』スキルの所有者たちを排するは半ば当然の流れであり、そうして生み出された『獣人』という単語があっという間に社会に浸透してしまったのだ。

 社会の広い範囲、人々の心の奥深くにまで根付いた差別意識。これを改革することは極めて難しい。そも差別とは、そうなってしまう前に改革するものであり、欲を言えば、予防することが最善なのだ。

 

 もはや手遅れの段になってしまった差別への対処など個人の背負うべきものではない。

 だから、獣人に対する差別意識が原因で家族に縁を切られようが、チームを組めずに探索者活動に難を感じようが、真噛は差別根絶のための行動を起こす気はない。

 実家から叩き出され、新天地で新生活を始めたがゆえに頼れる友人もいない。一匹狼となった彼には、社会に真っ向から抗う力はない。


 だが、それは決して諦めたことを意味するわけではない。

 

 己の『立場』とそれに取り巻く『現状』への理解。これを突き詰め、深めていけば、自ずと光明の一つや二つは見えてくるものだ。


「で、それがあちこちに情報をばら撒くことだって?」


「そゆことだな」


 情報の拡散を始めてから約二か月。

 その成果が、真噛の体面に座る二人姉妹だ。

 姉妹が近隣の施設で真噛について記された記事を見つけたことを切欠に文通が始まり、そして態々遠方から訪ねてきた。顔合わせの場所は茶店の個室席。会話の内容を漏らさないための個室だが、年若い女性二人が、初対面の異性と会う場とするには聊か不適切、不用心とも言えるかもしれない。それだけ前のめりである、とも受け取れる。

 その熱意、年齢の程から、凡その素性は察しが付くというもの。そも真噛の冒険譚は特定の素性の者に向けられたものだ。彼ら彼女らのもとに話が届き、聞かれ、あるいは見て、関わりを持つ。そのための情報拡散の依頼だ。


「獣人に対する差別の根絶は極めて難しい。一人のままじゃ探索者の活動に難がある。じゃあ、どうするか。簡単な話だ。同じ獣人を誘えばいい」


 真噛と同じように社会から爪弾きにされながらも生きている者。

 『獣人』であることを隠している者。

 彼ら、あるいは彼女らこそが、真噛が手を取り合える相手だ。


「基本的に獣人は息を潜めて生きるもんだ。被差別者なんだ、目立って良いことは一つもない。出る杭は打たれるだけ。

 なるたけ『獣化』を隠そうとするし、周囲にバレちまった後は頭を低くして周囲の目に留まらんようにする」


 獣人は総じて隠れている。同じ獣人であっても、関わりを持つことは容易ではない。

 その壁を破るための手段が動画配信だった。


「隠れている獣人を見つけることが難しいなら、そっちの方から俺を見つけてもらえばいい。

 悪評もまた評判ってな。

 獣人がうるさいくらいに声を上げてれば必ず悪目立ちする。獣人への差別は根強いからなぁ、人間主義の皆様方がせっせと情報を広めてくれるって寸法よ」


「自分を虐げる連中をよく利用する気になったな」


「はっはー。使えるもんは使う主義でね。それに俺のことを嫌い、俺を落とすために悪評をばら撒いたことが、俺のためになっていた。それを連中が知ったらどんな顔をするかって想像するだけでも痛快だろう?」


「むかつく連中の鼻を明かしたい気持ちはあたしも分かるけどよ、こうまで上手く操れる気がしねーよ」


「俺はお前さんの妹より小さいときに『獣化』を得ると同時に周囲にバレたからな。おかげで実家を追い出されるまでの数年間、苦渋を舐める羽目になったが……その経験のおかげで連中の思考回路や行動を読めるようになったのよ」


「えぇ、いきなり重。つっこんだあたしも悪かったけどさ、いきなり重いのを明かすのはやめた方がよくね? 人によっては空気が死ぬぜ?」


「おん、そりゃ悪かった。私生活で人と会話するなんて久しぶりなもんで」


「重ねて重いってば」


 話はひと段落。

 白状した通り、久々の会話に緊張していたのか、真噛は肩からすっと力が抜けることを自覚した。

 己の醜態に思わず零れそうになる自嘲を堪え、姉妹を見遣る。


「改めて、大口真噛だ。年は十九。専業の探索者をやっていて、狼の『獣化』スキルを持っている」


「いきなりどうしたって……ああ、そうか。ちゃんと自己紹介してなかったな。あたしは林田虎徹。年は二十ちょうど。服屋の見習いをやってる。『獣化』は虎だよ」


 自己情報の開示にいち早く応じたのは、やはり姉だった。性格によるところもあるだろうが、恐らくは本命の理由は彼女の隣に座る妹だろう。態度の端々に妹を守らんとする意思が滲んでいる。ここまで真噛と口を利いていたのも専ら彼女だ。

 荒っぽい口調に鋭い吊り目と、癖の強い長髪はきつめの印象を齎すが、家族愛の強い性格らしい。


「で、この子は妹の林田那珂(なか)。見ての通りの学生だからさ、年は一応伏せとく。『獣化』は豹」


 第一印象は内気。俯きがちで自信なさげ。姉を通して紹介されても、僅かに会釈するだけ。姉とは正反対だ。

 真噛と虎徹が話している間も、相槌を打つばかりで入ろうとする意思すら見せなかった。

 目元を隠すように伸ばした前髪に、常に胸の前あたりで握られた両の拳。警戒心が強いというより、人と距離を保ちたいのだろう。

 十代という多感な時期。人生を破滅させかねない爆弾を抱えながら、人と関わることを避けられない学校生活を送ることは相当な重圧がかかるはずだ。

 秘密がバレるかもしれない危機感、秘密が労呈した後掌を返されることへの恐怖に常に苛まれる。人と関わることそのものが強烈なストレスを生み出すのだ。

 だから遠ざける。近づかない。男も女も、大人も子供も、関わりを持たない。子供の獣人にできる防衛手段など、そのあたりが関の山だ。


「姉妹で『獣化』とか。幸か不幸か分かったもんじゃねえな」


 【スキル】、あるいは【魔法】は『人の可能性の具現』と言われている。

 それゆえに千差万別、人それぞれ。一見同一の効果を持つ二つの【スキル】があったとしても、厳密に調べ上げれば、細部の違いは簡単に見つかるものだ。


 効果が人それぞれであるように、獲得までの道筋も人によって異なる。


 過酷な修練の果てに覚醒する者もいれば、類まれな偶然の積み重ねから魔力を操れるようになる者もいる。命の危機に際して目覚める者もいれば、戦場などの過酷な環境に身を投じる中で会得する者もいる。

 素質、努力、環境、血筋、そして運。無数の外的要素と、潜在能力という内的能力の掛算の解が【スキル】であり、【魔法】というわけだ。


 同じ血筋を持ち、同じ環境に身を置く家族が、同系統の【スキル】を獲得した事例はあるが、それがよりにもよって『獣化』とは悲劇でしかない。


「秘密を共有して支え合える。そう思うことにしてる。じゃなきゃ、やってらんねー」


「だろうな」


 嫌なことばかり、辛いことばかり、苦しいことばかりが目に入る。

 だから、無理やりにでも希望を作る。

 姉は妹のために頑張り、妹は姉の背中を支える。そう、自分に言い聞かせなければきっと折れてしまうから。

 獣人という境遇が共通するがゆえに、真噛にも理解できる話だ。だからこそ、彼女たちと己の違いが浮き彫りになる。


「……眩しいな」


「はあ? 話の脈絡なさすぎだろ」


「俺に弟がいたとして。その弟が『獣化』を発現したとして。そのとき、弟と手を取り合えた自信がない」


 『獣化』を露呈し、いの一番に両親から見放された。学友も離れていった。

 けれど、僅かながらに寄り添う意思を見せる者たちもいたのだ。励まし、ともに歩もうとする彼らを、真噛は切ってしまった。

 どうせ裏切られるのだから、腹の底では見下されているに決まっているのだから、と話し合うこともせずに故郷を身一つで飛び出した。

 近しい者たちに捨てられたばかりだったから、人の好意や善意を信じることが出来なかった。そんなことは言い訳にもならない。

 己の弱さが故に信じることが出来なかった。結論として、事実として、それだけが残る。

 

「支え合うことの心強さよりも、家族っつう一番近い関係性のやつに秘密を握られる恐怖が優る。あの頃の俺だったら、きっとそうなっていたはずさ。

 今仲間を募ることが出来るのは、そうしなきゃどうにならんって追い詰められていることもあるが、失うものが何もない無敵の人状態だからってのが大きいしな」


「裏切られても痛くねーから手を組むってか? ……正直、最初(ハナ)っからあたしらが裏切ることを計算に入れられるのはムカつくな」


「確かに。それはすまん。けど、ここまで白状したことが謝意の証だと思ってほしい。裏切られる前提なんてのは、お前らと会うまでの考えだ。

 今じゃ、絶対に裏切られたくない。二人のことを信じたいし、二人には俺のことを信じてもらいたい」


「掌クルクルされても言葉が軽いぜ。説得力が足りねーよ」


 然もありなん。

 舞い落ちる木の葉が如く、ヒラヒラと裏返るを繰り返す、言葉に重みはない。

 しかし、重みが無いがゆえに裏返り、その後に重みを得る。以降は決して裏返ることはない。そういう場合も、世の中にはあるだろう。


「お前が家族を裏切らない女だからだ。お前の行動と、妹の無垢な眼差しがその証明だ。

 誠実なやつとは、誠実に向き合いたい。そう思うことは、おかしな話か?」


「……急にべた褒めするなよ。ガチか冗談か分からねー」


「もちろん本気(ガチ)本気(マジ)だ」


「こういう方面でも距離感おかしいのかよ、こいつ」


 うへぇ、と言わんばかりに溜息を吐く虎徹。

 彼女のつれない反応に下手を打ったことを真噛は理解する。しかし、何が間違っていたかは分からない。

 対人経験の不足に由来する、意思疎通能力の不調。虎徹の発言から、問題はそのあたりにあるのだろうと察しはつくが、本音を正面からぶつけることの何が間違いなのか。その機微までは理解できないのだ。

 ともあれ、解の分からぬ問題に無暗に係わることほど無駄なこともない。早々に思考を打ち切り、より興味を引かれる、那珂へと視線を滑らせた。


「さっきからダンマリだが、妹ちゃんとも話したいな」


 秘密を共有している。血の繋がった姉妹である。だから、信頼する。

 理屈は通っているが、それだけでは不足があるようにも感じられる。かつて他者を信じることを諦めた、心の弱さがそう思わせるのかもしれないが、はっきりさせなければ消化不良だ。


「お姉ちゃんなら信じられる、って眼差しが言ってる。けど、そんな純度百パーセントの信頼を人に向けられるかね、普通。

 実の家族ったって、ムカつくこともあれば、ぶん殴ってやりたくなることもあるだろ」


 状況的に酷く追い詰められているのだろう。

 他に頼れる相手もいないのだろう。

 だから最後に残った姉に縋りたくなる。気持ちは理解できるが、他のすべての人間を信じることができないからこそ、最後に残った相手にすらも疑心を抱いてしまう。それが人の心理だろう。人と距離を取りたがる、那珂がその例から外れるとは考え難い。


「まだ何か秘密があるんじゃないのか?」



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