プロローグ 狩人
鬱蒼とした樹海。
その一角で、一つの人影が躍動する。
地上だけでなく、木の枝や幹までをも足場に駆け、あるいは跳ね回る。
まさしく縦横無尽。予測の付かない立体的な機動は、その速度も相まって、相対する者に人影が分身したとように錯覚させるやもしれない。
惑えば最期。たとえ逃げ出してもどこまでも人影は追走するだろう。
ゆえにその光景は『戦闘』よりも『狩り』と称するべきものだ。
視線と意識を振り切った狩人は、機を見るに敏、獲物へと襲い掛かる。
ある時は、すれ違いざまに引き裂く。またある時は、背後から貫く。あるいは、高所から落下による加速も交えた、痛烈な一撃で粉砕するのも良いだろう。
そして、狩人はそのすべては素手で行ってしまった。武器を使うまでもなかったのではない。剣も槍も、狩人はそもそも武器の類を一切持ち合わせていなかった。
ゆえの素手。当然のことながら間合いは極めて狭く、攻撃するたびに返り血を浴びている。
樹海が静寂を取り戻した時、その場に立っている者は狩人のみ。
無数のモンスターは悉く屠られ、血肉と臓物を撒き散らして死に絶えた。
「……いい時間だし帰るか」
狩人の名は大口真噛。
極東の地、大和に生まれ大和で育った、自称新進気鋭の探索者である。