辺境領での日常
チェルシーが来てから3日が経った。
その間私は本を読み続けていた。
チェルシーもこの前の続きが気になると言って私の部屋に入り浸るようになった。
だがある日のことだった。
「ダヴェル様、暇になりました」
「…貴方は相変わらずですね、チェルシー様?」
ジト目で本を閉じてため息を漏らす。
全く、ジッとできないのは王族としてどうなのだ?
と思いつつ私は新しい小説がないかと頭をひねる。
「本ではなく外で遊びたいです!!」
「…外ですか…なら…」
私は先に部屋を出てそれを追いかけてくるチェルシーをちらりと後ろを見て確認して、そのまま外まで出ていく。
「…さて、通信鏡は持ってきましたか?」
「えぇ、持ってないとハザールに怒られますので…」
そりゃあそうだろう。
そんなことを思いつつ後ろから着いてくるハザールとシエルを見つめながら指を鳴らせば4人をまとめて「ワープ」させる。
飛んだ場所は魔物の森。
「…なぁっ!?ダヴェル殿…貴方は…」
「…いぇ、チェルシー様に指を鳴らすタイミングで飛ばしてくださいと言っただけですが?」
「そうですよ、ハザール、古代魔法は私しか使えないのですから」
「そ、そうでしたか…これは失礼しました」
ハザールは胸ポケットからハンカチを取り出すと額から出ていた冷や汗を拭いていた。
「まぁ、ハザール様、気にしないでおきましょう、私達凡人には理解できない話なのですよ…」
「…そ、そうですな?…」
少し困惑しながらも自分よりも年下に見えるシエルに返事をするハザール。
この中で私の次に凡人には程遠い存在であるお前に言われたくないだろう、シエル…と思いつつもため息を漏らす。
それを見てかクスッと笑うチェルシー。
私はチェルシーを見て…少し怯えさせるかと思いつつ、
魔物の森を進んでいくのだった。
森の浅い所ならそこまで強い魔物は居ないと付け加えながらも私はこの森を熟知しているし常に魔力探知で魔物の位置は把握しているので問題は無い。
だがハザールの顔色は悪い。
やはり魔物が強いと言われている北部の森に来て第三王女を亡くしたと言えば、打首では済まないだろう。
そのプレッシャーからか彼はちょっとした物音で敏感に反応していた。
「…ダヴェル殿どこまで進む気ですか?」
「いぇ、外で遊びたいとチェルシー様が仰るので私の遊び場を紹介しようとしましてね…手頃なやつがいなくて困っているところです」
まぁ、理由はハザールの後ろに控えている竜のせいなのだが…と心の中で思いながら魔力探知を巡らし続ける。
森の中腹くらいまで来るとひとつ大きな反応が私達のところに近づいてきていた。
「…来ましたね、手頃なやつが」
「…はぁ…ぁぁっ!?!?」
終始汗を拭き続けるハザールは目の前からやってきた大きな巨体を揺らすトカゲ型の魔獣、グリーンリザードを見て腰を抜かしてしまったようだ。
グリーンリザードはヘルグリズリーと並ぶ危険な魔物。
凡人がいくら逆立ちしようとも勝てない相手。
だが私の中ではかなり手頃な魔物だ。
この場にいる人間誰一人として傷つけるつもりは一切ないがと思いつつシエルが前に出ようとしたので手を出して止める。
「私がやる」
「かしこまりました」
グォォォォォっっ!!と私達に威嚇の咆哮をしながらギロっとした目で私を睨みつけてくる。
私はそれに臆せずに時を止め、手刀でその頭部を切り落とした。
ハザールから見たら一瞬で5歳の少年がグリーンリザードの首を触っただけに見えるだろう。
自分が死んだ事にも気づかずにグリーンリザードはその場で座り込む。頭部は少しころがって首元からはドバドバと魔物特有の紫の血が溢れていた。
その様子を見たハザールは絶句していた。
「いち……げき??」
「…この程度の魔物なら造作もないですよ」
「流石、ダヴェル様ですね」
「…さすがご主人様、私の出る幕もなく終わってしまいました」
「王女殿下…それにシエル殿?……なぜ至極当然のような口調なのですか?」
「「それは彼がダヴェル様だからです」」
息ぴったりな2人の発言に疑問符を浮かべるハザールを両手を引き上げるシエル。
彼はど、どうも?と一言お礼を言いながらもまだ頭の中が混乱しているようだ。
「…ではもう少しこの散歩を続けますか」
私達は3時間ほど魔物の森を散歩をした結果グリーンリザードを4体、ヘルグリズリーを3体を討伐。
シエルとチェルシーは終始笑顔で、ハザールは途中から魂が抜けたような顔をしていた。
「もうちょっと歯ごたえがある魔物がいるとおもったのだがな…」
「…ダ、ダヴェルどの、そろそろ帰りませんか?」
ハザールはもう心臓の限界らしく顔を顰めて私に話しかけてくる。
老人の体を労るのも若きものの勤めか…と思いつつふたたび指を鳴らす。
すると薄暗かった森からグラスフィア邸宅に戻ってきていた。
空は晴天。
雲ひとつもない青空。
うむ、いい天気だ。
ちょっと運動して汗をかいた私は服の袖で額の汗をぬぐった。
「…あの、ダヴェル殿、先程のは夢ということで宜しかったですか?」
「何を言ってるのですか?ハザール殿、貴方のような優秀な執事が先程の光景を幻覚だと言いたいのですか?」
と言いながらも三度指を鳴らせば、目の前に出てくる死体の山。
ハザールは再び腰を抜かしそのまま気絶した。
「ダヴェル様、うちの執事で遊ばないでくださいますか?」
「……申し訳ありませんでした、チェルシー様、彼のような反応を見せてくれる従者が減ったもので、最近ではまたか、と言った感じの反応しかされないので、ついやりすぎました」
「…まぁ、ダヴェル様のまるで普通のように魔物の森に出向いて討伐してきますからね…」
「ついでのようにお前も遊んでたでは無いか、シエル」
その質問を返してきたシエルとは言えば私達の面汚しにならないようにと弱い魔物にあたるワーウルフやゴブリンなどを定期的に間引いている。
それもハザールが気づかない速度で、気がついてるのは私くらいだろう。
「まぁ、シエルさんもお遊びになられてたのですね、私の遊び相手がいなくて暇でしたわ♪」
うふふ、となんとも上品に笑うチェルシー、彼女は結局のところ何も手出せずずーっと私の事を目で追いかけていた。
時間が止まってる中でも、平然と
逆に怖いぞ…と思いつつもお茶でもどうですか?と誘えば、お付き合いします!と乗っかってくるところは年相応と言ったところか…と観察していた。
数十分後。
気絶したハザールを従者が寝泊まりしている部屋までシエルに連れてってもらい、私たちは庭でお茶を飲んでいた。
スコーンを食べつつ、程よい温かさの紅茶を1口飲む。
「…ふぅ…」
一息つきながらちらりとシエルを見ればペコリと一礼してくるので私の言いたいことを分かってくれたのだろう。
それを見て目をふせながらまた1口飲みながらスコーンをかじる。
ここの小麦の味には慣れたものの、何時食糧難になってもおかしくない状況にはかわりない。
それにもう少ししたら戦争があるというのだ、そのせいで領民が苦しむ姿は私は見たくない。
おもむろに「アイテムストレージ」から本を出してくると読み始めた。
すると暇そうにぼーっと庭の近くの森を眺めるチェルシー。
「…のどかですねぇ…」
「まぁ、最北端だからでしょうな、これくらいが本を読むのにちょうどいいのですよ」
のんびりと本を読み漁っていると後ろから何だかおっかない魔力を感じた私は本を置き後ろを振り返ると母上がいた。
「ダヴェル、いつの間に魔物の森に出向いていたの?」
「…先程、散歩に行った際に」
「その時はチェルシー王女は一緒だったの?」
「…ええ、暇だと仰られたので散歩ついでに掃除をと」
「…貴方の実力は分かってるからまぁ、問題はなかったのでしょうが、出かける前には一声言いなさい…はぁ、王女殿下と貴方が居なくなって、ショックのあまりグレーゴルがまた倒れたのよ?」
「…そうでしたか、それは失礼しました、母上」
「…後でグレーゴルにも謝っておきなさいよ、あの魔物の処理はギルドにお願いしてくるから」
「……いつもすみません、母上、父上には後でお見舞いついでにプレゼントでも持っていきますよ」
母上はため息を漏らしながらもその場を後にした。
私はふたたび本を読もうとすればチェルシーが止めて来た。
「ダヴェル様、まるでいつものように会話されてましたが、毎日あのような事を?」
「えぇ、まぁ、いつもなら数体程度なのですが、今日は森が騒がしかったですね」
「…少し調べてみませんか?」
「…もう既にシエルが調べるように言ってありますので、シエル」
「はい、もうそろそろスタンピードが発生するかと」
スタンピード、それは魔物の大群が大移動すること。
その原因は様々で過去には超大型の魔物が出現し、ヘルグリズリーが数体この辺境の地に迷い込み多大な損害が出たらしい。
今回はかなり超大型の中でもかなり大きな魔物が動いているのだろう。
でなければ森の中腹まで行ったところでグリーンリザードやヘルグリズリーが闊歩してる状況はできないだろう。
私もそれが気になりすでにシエルに調べてもらったのだが、もうわかったのか……と思いつつ「よくやった」と一言褒めてやると冷静な顔から一変、表情筋が一気に緩んでいた。
「シエル、顔を戻せ」
「……はぃ」
シエルは私に言われると一瞬で元の顔に戻る。
それを見てクスクスと笑いを堪えるチェルシー。
私はジト目で見つめながらまた1口スコーンを齧る。
「シエル、後でスタンピードの原因を探ってこい」
「かしこまりました」
そのまま「ワープ」を使ってどこかに向かったシエル。
多分だが魔物の森へと行ったのだろう。
後で……と言ったのだがな、と思いつつ、チェルシーを見つめる。
「……あぁ、ダヴェル様の熱い視線が私に…」
チェルシーはすぐに照れて自分の両頬に手を当てて、身じろいしていた。
あぁ、ダメだコイツ、シエルと同族だったことを忘れていた。
私は額に手を当て、完全に呆れた様子で本を読み始める。
「…ダヴェルさまぁ、もっと私を見てくださいよぉ」
甘えた声で私に迫ってくるチェルシー。
お前の父親が見たら泣くぞ、絶対と思いつつ深くため息をつく。
「チェルシー様、ここは公共の面前です、あまりそういうことはお控えになられて方が良いのでは?」
「…いいのです、どーせ私と貴方しか居ないのですから」
「分かりませんよ?どこに目があるか…」
偶然近くの茂みでガサガサと物音がした。
「ほら、どこに目があるか分からないでしょう?」
「…そうですね…恐ろしいものです」
返事をしながらも私もチェルシーも物音がした茂みの方を注視していた。
すると茂みの奥から現れたのは白い毛並みを薄く茶色で汚した狼だった。
「…ワーウルフ??」
「いや、本来ワーウルフとは黒毛の狼型の魔獣を指します、この狼は…もしや…」
「…たす、けて…つよき……もの……」
その白い狼は私達に向かって言葉を発したと思えばそのまま倒れてしまった。
声質は若い少女の声。
彼女は命からがら私の元までやってきたのだろう。
どうやって私のことを見つけたのか分からないが、これは少し面白そうなことが待っていそうだ、と思う私だった。
今回は読んでいただきありがとうございます。
時々私も見返すと思いますが、誤字脱字ございましたら是非ともご指摘いただければとおもいます。
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