ダツタンの冒険者ギルド
サーシャ。結構ありふれた名前だ。
ブライト王国の追手が来る心配もあるし、新しく冒険者登録をしようと思う。
何も持ってない私だけど、物心つく前に亡くなったという母親からもらったものが、この名前。
同じ名前で登録する。
冒険者ギルドに入ると、広いホールに左側が受付カウンター。
右に飲食スペース。真ん中が依頼票。
故郷のギルドに入ったかと錯覚するくらい作りは同じだ。
午前中の中途半端な時間を選んだ。やはり受付カウンターは空いていた。
「いらっしゃいませ。初めてお会いしますね。受付のマリナと申します」
こういうとこで働く人は、元冒険者も多く有能だ。
だから、ある程度は本当のことを言う。
「はい冒険者登録をしたいんです。2日ほど前にブライト王国から逃げてきました」
「では身分証は」
「持っていません」
場所がブライトから逃げた人が、最初に駆け込む場所。
向こうも事情は分かってくれる。
「では、レベル鑑定と簡単な質問をさせていただきます」
「どうぞ」
鑑定水晶に手をかざすと、なんとレベル32と表示された。
「レベル32。ブライト王国から来たのですのね。ギルドマスターの部屋に来てもらえないでしょうか」
本来、ギルドは冒険者の行動に不干渉。
さっきから、職員風な2人も、こっちを見ている。
「拒否したら、ここで拘束するの?」
「いいえ、出ていく場合でも引き止めません。ブライト王国の情報で、若い女性に関するものがあがってきているもので、お話を聞きたいのです」
「あそこの人達は?」
「いきなり信じろと言うのは無理ですが・・」
話に出た女性が保護を求めたら、手助けをするために派遣された職員だそうだ。
「多分、私じゃないけど、ブライト王国から逃げて来た身としては情報が欲しい。知ってることなら話す。それでいい?」
「ご協力ありがとうございます」
カウンター左の通路から2階に上がり、奥の部屋に向かうとエルフの男性が待っていてくれた。
「協力ありがとう、サーシャさん。ギルマスのルークです。中にどうぞ」
「あ、ども。サーシャです」
ソファーの片方に私、向かいにギルマスとマリナさんが腰掛け、いきなり本題に入った。
「サーシャ、君はブライトから逃げて来たんだよね。だけど民間人にしてはレベル32は高い。最低でもCランク冒険者相当だ。だから来てもらった」
13日前までは4だったレベルが32。私が一番驚いてる。
私は、ハプン共和国からブライト王国にさらわれた人間。
という設定にした。
転移魔方陣で連れて行かれたし、全部が嘘でもない。
「変わったスキルを開花させられ、戦いに生かせそうだから訓練させられた。だけど工作員になるのが嫌で、ちょうどいいタイミングで逃げた」
相手の目が光った。
「タイミングとは?」
「異世界から、黒目黒髪の人間の召喚・・」
「我々の情報と合いますね」
2人は、ブライト王国が異世界召喚を知っていた。
喚ばれたのは、黒目黒髪の神器持ち4人。
「だけどね、神器持ちの一人が召喚直後に暴れたそうだ」
近衛兵が壊滅。神器持ちが逃亡する際、何人もの貴族が行方不明になった。
その中に王の嫡男、公爵クラスも含まれている。
「その人は若い女性で、容姿も不明。恐らく黒目黒髪だろうということ。そんな情報だ」
王の嫡男か。「沼」の中に、そんなやついたんだ・・
そいつの収納指輪、中身を漁るの楽しみだな。
私は、その黒目黒髪が起こした混乱に乗じたと言った。
監視が手薄になったとこを逃げて来たと明かした。
「逃げるとき、何人か人を殺めたけど、それは罪になる?」
「いや。少くともこの国では罪に問えないだろう。君以外に逃亡者はいるし、追手を殺めた人も何人もいる」
「安心した」
「ところで、あの国が魔国に攻め入ろうとしてるのは知ってたかい?」
私の疑問もそこだ。
「なんだか召喚者に魔王様を悪の親玉って言ったら、召喚者は簡単に信じたらしいね」
世界一優しくて強い王様。なのに、なぜだろうか。
「それは召喚者が住んでたニホンという国が特殊らしいんだ」
「特殊って?」
ニホンがある世界自体に、単一の人族しかいない。
そして、架空の物語で悪に例えられるのが、魔族や鬼族だそうだ。
召喚者って、意外にアホなのだろうか。
「黒目黒髪の召喚者四人は、あっさりキチガイ王の言うことを信じたのです。純粋と言うか、単純と言うか」
「魔王様といえば、善政で有名なのに・・。悪性のブライト王国を批判して対立してるけど、あの人の国はいい国らしいよね」
「そうなんだよ。魔王様は戦闘力も桁違いだから大丈夫だろうけど、注意を促しているよ」
「私、お金をためて魔国に移住するのが目標だったのに・・」
「ところでサーシャは、変わったスキル持ちなんだよね。冒険者登録するんだろ」
「そのために来たんだよ」
「普通ならFランクスタートだけど、レベル32なら試験を受けてDランクでもいいよ」
「いや。スキルも発現して日が浅いし、最下位からでいい」
「スキルか・・」
「見る?」
「いいのかい?」
「ギルマス、レベル高いでしょ。そんな人に少しでも通用するか試したいし」
「ああ、レベル202。訓練場に行く?」
「いえ、火とか出ないし、スキル自体は危なくないから、いいのならここで出す」
「・・ならどうぞ」
私は60センチの沈まない「沼」を作って、ギルマスの両足の下に移動させた。
「ふむ、それで?」
「それだけ。足を動かしてみて」
「ニンジャの影縫いみたいなスキル?前に一度食らったな。ん?」
「どう?」
「ぬぬぬぬぬ、ぐぐぐぐ」
「外れそうかな」
「いや、これは前に経験した影縫いの比じゃない。それに根本的な原理が違う気がする」
難しい顔をしている。
「術式の解除方法も閃かない。足の指も動かせないほど完全に固定されてるから、動きも限定される。有用だ・・」
「まあ、スピード、射程距離、範囲とか欠点だらけだから、本気のギルマスなら楽勝でしょ。魔獣や盗賊相手なら有効だったよ」
「これは冒険者生活に、大いに役立ちそうだね」
「本当?パーティー組めるかな」
「誰かと組みたいの?」
「あ、いや。今までぼっちだっから・・」
冒険者になれたし、ギルドも友好的だ。
それにスキルが高レベル者にも効くという収穫があった。
ブライト王国のことは気になるけど、しばらくはこの街で活動しよう。