婚約破棄され、国外追放されました
ねえ、こんなことは嘘だと言ってよ。
私たちの仲は決して悪いものではなかったし、私があなたに釣り合う人間で在れるように必死に努力していたことも分かってくれていたじゃないの。
それなのに……ねえ、一体どうして?
「ピナ・シュテルン公爵令嬢。この偽聖女めが! よくも神聖なる聖女の名を騙ったな! 俺はこの罪を糾弾し、お前との婚約を破棄する。新たな婚約者には、エルダ・シュテルン公爵令嬢を迎えよう。そして、お前のような人間がこれ以上我が国の土を踏んでいるなど我慢ならない。かつてお前がくれたこのプレゼントは返すから、これを持って即刻国外へと出ていけ……!」
――どうして、私はあなたに理不尽に断罪されねばならなかったのだろう?
***
私ことシュテルン公爵令嬢のピナに婚約者が出来たのは、まだ婚約者という概念も理解していない五歳の頃だった。
相手は私が暮らすレシエル王国の第二王子、ソレイユ・レシエル殿下。私よりも三歳年上の彼は、真紅の髪と黄金色の瞳が印象的な、誰もがはっと目を惹きつけられてしまうほどの美少年だった。
私たちが顔をあわせる機会は決して多いとは言えなかったけれど、十五歳になるまでは何も問題なく仲良くやっていたと思う。
彼とならば、きっと互いを思いやれる素敵な夫婦になれるだろう。少なくとも私はそう信じていたし、この縁談に不満などあろうはずもなかった。
そんな穏やかな日常に変化が生じたのは、私が十六歳の誕生日を迎えた頃のこと。
半年ほど前に私の実母が亡くなっていたのだが、その服喪期間が明けるや否や父が継母となる女性を公爵家の屋敷に連れてきたのだ。しかも、彼女の隣には私とほとんど変わらない年齢に見える少女もいた。
それが、私と異母妹・エルダとの出会いだった。
後から知った話だが、継母となった女性・ストラは長い間父の愛人であったらしい。父は母が私を妊娠している時から密かに彼女のもとへ通っており、その結果私の誕生からほんの数ヶ月後にエルダが生まれたのだそうだ。
つまり、私とエルダは正しく父を同じくする姉妹だった。
……正直に言えば、母を裏切った父や継母、そしてその娘であるエルダに何も思わなかったわけではない。
しかし、全てはもう取り返しのつかないことだし、揺るぎない現実として彼らは私の新しい家族になったのだ。割り切った付き合いをしようと心に決め、私は彼らに微笑みかけてみせた。
だが、事はそう上手くは運ばなかった。継母とエルダが私の存在をひどく嫌がり、徹底的に無視したからだ。
父はそんな二人を咎めることもせず、むしろ同調する始末。屋敷の主がその調子では、自然と使用人たちからも軽んじられるようになってしまう。もちろん私のことを心配してくれる使用人もいたが、そういう人たちは継母の手で容赦なく解雇されていってしまった。
結果として、私は公爵家の中で完全に孤立した。三人だけが完璧な家族を形成していて、私は完全なる異分子として爪弾きにされてしまったのである。
まもなくして私の部屋は公爵家の家族の私室が並ぶ屋敷の二階から屋根裏へと移されてしまい、必要なとき以外は外に出ることすら許されなくなった。
そんな生活が辛くなかった、と言えば嘘になる。泣いて過ごした夜も、両手の指では数えきれないくらいあった。
しかし、絶望の中にあっても私には確かな希望の光があった。そう、ソレイユ殿下との婚約関係だ。
彼とは私が成人となる十八歳になった年に結婚することになっている。だから、あと二年だ。
あと二年だけ耐えれば、私はソレイユ殿下の花嫁になれる。そうすれば、正当に公爵家を出て生活できるようになる……。
だからそれまでの辛抱だと心を慰め、日々を必死に生きてきた。
「……でもその結果が、これよ」
はあと大きなため息を吐いて、私は両手で顔を覆う。
ここは公爵家の屋敷。先程までソレイユ殿下に呼び出されて訪れていた王宮の一室から、屋根裏部屋という名の私の部屋へと戻ってきたところである。
「あーあ、何が悪かったのかしらね……」
寝台の上に横たわり、虚空に向けてぽつりと呟く。ふとかざした手の中では、ソレイユ殿下から突き返された、かつて彼に贈ったロケットが鈍い光を放っていた。
「私の思い上がりでなければ、今に至るまでソレイユ殿下との関係に大きな問題はなかったと思うけれど、なあ……」
こんなふうに露骨に彼に冷たくあしらわれることはもちろん、私に何か些細な不満をもらしたことさえ一度もなかった。
……いつの間に、彼の心は私から離れていたの?
いつの間にエルダに心変わりし、そして恋仲になっていたというの……?
「分からない。本当に分からないわ……」
ソレイユ殿下の言葉を文字通りに受け取るならば、私が嫌われるに至った主な原因は「偽聖女」という部分にあるのだろう。
その単語には、心当たりがある。
私は生まれながらにして国内でも片手の指で数えられるほどの人数しか所持していない稀少な光属性の魔力を持っていると診断され、それを理由に神殿から「聖女」の称号をいただいていた。
しかし、私はなぜか体内にある膨大な魔力を魔法として発現することが出来なかった。たいていの子どもが魔法を使えるようになる十歳になっても、そしてついに十八歳の成人年齢を迎えた今となってもなお。
この国では光魔法の使い手を聖女と呼んだから、魔法を使えない私を偽聖女と糾弾したくなる気持ちは分からなくはない。
エルダは私と同じ光属性の魔力を持ち、魔力量こそ少ないもののちゃんと魔法として発現することが出来ていたから、彼女のほうが有用だと言われればその通りなのだろう。
「それでも、ソレイユ殿下はあまり気にしていない様子だったのだけれどなあ。魔法が使えないと落ち込む私を責めたことはなく、むしろ大丈夫だと励ましてくださっていたくらいだったのに……」
そして、そんなふうにありのままの私を受け入れて肯定してくれる彼を、私は慕っていた。
――私は確かに、彼を心から愛していた。
「だからこそ、いきなりのこの仕打ちがいっそう心身に堪えているのよね……」
虚無感に襲われてもう一度はあとため息を吐いたところで、乱暴に部屋のドアが開けられた。
見れば、そこにいるのは醜悪な笑みを浮かべた継母だ。彼女は後ろに控えていた侍女に命じて簡素な鞄を一つ私に向かって投げつけさせると、ふんと尊大に鼻を鳴らした。
「喜びなさい。私がわざわざあんたのために荷造りをしておいてあげたわ。それを持って、さっさとこの屋敷を出てお行き」
彼女は私のことを家から追い出したがっていたから、私がソレイユ殿下から断罪され国外追放命令を受けたことは渡りに船だったのだろう。上機嫌な様子を隠しもせず、まるで虫でも払うかのようにしっしと手を振ってみせた。
私は反論の余地もなくそのまま追い立てられるように部屋から出され、あっという間に屋敷の外にまで引きずり出されていた。
窓の向こうに、そんな私を嘲笑うエルダと継母の姿が見える。父は見送りさえしないつもりであるらしかったが、最後の情けなのか何なのか、国境沿いの街まで向かう辻馬車だけは手配してくれたようだった。
「でも、これはこれで良かったのかもしれない……」
乗り込むなり即座に動き出した馬車の中でぎゅっと両手を握りしめ、私は必死に前を向こうとする。
公爵家の中にも、そしてソレイユ殿下の隣にもいることを許されないのなら、私の居場所などこの国のどこにもないということだ。
だったら、国外で自分の居場所を探そう。ここまで不幸が積み重なったのなら、これ以上悪いことはきっと起こらないだろうから。
……そんなことを考えていた私は、心底愚かだったらしい。
というのも、次の瞬間私の身にさらなる不幸が降りかかってきたのだから。
「うわっ、襲撃だ!!」
御者の悲鳴が聞こえた直後――私は馬車の中に入り込んできた何者かの手によって昏倒し、そのまま誘拐された。




