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第4話 竜族の殺意

「ここが……審判の間?」


 辺りを見渡すと、そこは立派な城内のように装飾されていた。白を基調としたレンガ積みの壁。目の前の大きな扉は、金のように煌めく鉱物で着飾られている。それほど長い距離を移動したわけではないと思うが、先程までの薄気味悪い場所と比べたら、天と地ほどの差があった。


「ここはリングベル城の上層部だ。独房のある深層と違い、この先は貴族しか入れぬ高貴な階層。今回の審議は異例中の異例だ。急遽開かれたというのに、レクタス公爵様、レーグマン伯爵様、マグハット大公爵様、御三方の全員が参加される。普段の審議では御一方くるだけなのにだぞ」


 狼人間が扉に手を当てると、準備はできているかと合図を送る。俺はここまで流れに任せてきたため、心の準備など全くできてはいない。


「俺はこの先に足を踏み入れることが許可されていない。付き添うのはここまでだ」


 頼れる者がいない中、困惑する俺に色々なことを教えてくれたのはこの狼人間だけであった。見た目はお世辞にも親しみやすいとは言いがたいが、それでも俺は最後に聞いておきたいことがあった。


「……記憶がない俺に教えてくれないか? あんたの名前は?」

「ガハハ、お前に名前を聞かれるのも不思議なものだな。俺の名はセイブス=イガール。以前の貴様は、俺のことをイガールと気楽に呼んでおったわ」

「そうか。イガール、色々とありがとう」


 頭を軽く下げて敬意を示すと、イガールはそっぽを向きながらも、大きなしっぽを軽く振るわせる。狼が犬と一緒なのかは知らないが、その犬科特有の行動は警戒しているというより、喜びを表現する動きに見えた気がした。


「謝礼とは気色悪い。貴様に再び死刑と裁きが下れば、またすぐに独房へ戻される。そうなれば、嫌というほど貴様に関わることとなるさ。さぁ、さっさと行ってこい」


 強気な言葉で俺を見送るイガールは、少し口元がニヤけていた。そんな彼の態度を見るに、この体は囚人ながらも看守と仲良くやっていたようだ。

 イガールが審判の間の扉を開くと、明るい光が俺を照らす。ずっと薄暗い場所にいたせいか、突然の光による明暗の差に驚き、俺は思わず目を細める。目が明るさに慣れてくると、部屋の壁に映った人間を見て放心した。


「これが……俺?」


 円形に作られた部屋には三段の高低差があり、俺が入ってきた場所はもっとも低い。その壁は一面が鏡で作られており、自らの姿が良く見えるようになっていた。

 見た目は普通の人間だ。灰色の伸びた髪に、口元には無精髭がはえている。現実世界の自分とかなり似た顔をしているが、その顔は以前よりどことなく大人びて見える。きっとそれは伸びた髪と髭のせいかもしれないが、それよりも元々の顔からあまり変わっていなかったことが嬉しかった。

 現実世界の時はそこそこ顔立ちが良かったためか、学生時代はそこそこにモテた。いや、そんなこと今となってはどうでも良い。ずっとわけが分からなかったところに馴染みのある顔が目に入ったことは、少しだけ安心に繋がる。自分の顔を見ると、浮き足立っていたものが地についた感覚であった。


「オルディ=シュナウザー、審問台に着け」 


 大きな声が部屋に響く。すると、同時に全身を鎧で纏った大柄な人が俺の背中を押した。鏡に見とれていた俺は、背後に立っていたそいつに気づいていなかった。突然背中を押されたことにビクッと肩を弾ませると、強引に部屋の中央まで運ばれる。

 円形に作られた部屋の中央に、審問台と呼ばれたお立ち台が1つ。俺はそこに立つと、挙動不審に辺りを見渡した。


 俺が立つ審問台から数メートルほどの高さには、豪華な椅子が3つ用意された見晴台。さらにその数メートル上には別の見晴台があるも、そこに何があるのか俺からは確認できなかった。


(3つの椅子。イガールが言っていた貴族の椅子か? だとすれば、その上には何があるんだ?)


 最上層からは、何とも言えない冷たい視線を感じる。正体の分からない悪寒が肌を駆けると、微かにだが子供の笑い声のようなものが聞こえた。

 何かが自分を監視している。あまりの不気味さに生唾を飲み込み、顔を強張らせて気構える。そのまま最上層を睨みつけていると、緊張の糸を切るように中層部にある大きな扉が音をたてて開いた。


 風格のある3人を先頭に、10数人の人間が部屋に入ってくる。いや、大多数が人間と呼ぶことが正解なのか。その見た目は俺の常識にはなかった。

 先頭を歩く3人が椅子に座ると、その従者と思わしき後続が横に並ぶ。俺から見て左手側の椅子に座った男。そいつは俺の現実世界での名前を何故か知っていた、レクタス公爵であった。


(左が人族ヒューマンレクタス公爵。となると、見た目で判断するに右側が鯨族ホエーリアのマグハット大公爵。中央で睨みを効かせているのが竜族ドラゴニックのレーグマン伯爵だな)


 鯨や竜というからどんな化物がくるかと思っていたが、その見た目は意外なものであった。

 マグハット大公爵、レーグマン伯爵、その横に並ぶ従者、そのどれもがイガールのように人間体ベースの姿をしている。顔が竜や鯨、体は人間のような二足歩行型といった感じだ。身長こそかなりの差があるが、この場で1番大きい鯨族ホエーリアでも4、5メートルほど。これがこの世界の標準というなら、竜だろうが鯨だろうが、人として数えるのが正解なのだろう。


「これより、オルディ=シュナウザーに審問を開始する」


 中央に座るレーグマン伯爵が口を開くと、鼻先から伸びる長い髭をひくつかせながら苛立ちを表している。イガールから罪状を聞いているため、レーグマン伯爵が俺に対してどんな想いがあるかはだいたいの想像がつく。


「まず初めに、貴様は何故まだ生きておる?」


 全くふざけた質問だ。生きているもなにも、俺はそもそも死刑された事実すら意味が分からない。この1つ目の質問で察してしまった。この審議には何も意味がない。


「……分かりません」


 俺の回答にレーグマン伯爵は目くじらを立てているが、ハッキリいってこれ以外の答えはない。下手に嘘をつくより、分からないことは分からないで済ますのが間違いないはずだ。


「貴様は我が敬愛するラグディア公爵を殺した。しかし、貴様は以前の審議で一切の否を認めようとしなかった。否を認めようとも認めまいとも死刑に変わりはない。貴様は竜族ドラゴニックの公爵を殺し、その上で我々を侮辱したに等しいのだ。それなのにまだこの場で分からないなどとふざける。そんな傲慢がまかり通るはずがなかろう」


 1人明らかに怒りの感情に支配されているレーグマン伯爵に比べ、両サイドの公爵は静かに俺を見下ろしている。ここで俺が奥手にでれば、冷静に分析する2人に自分が悪人と名乗るようなもの。俺には記憶がない、だからこそ強く返答をするんだ。


「お言葉ですが、俺はラグディア公爵様を殺した記憶が残っていません。いつ、どのように公爵様を殺したのか証拠を見せては頂けないでしょうか?」


 俺の言葉に理性を飛ばしたレーグマン伯爵は、勢い良く立ち上がり、巨大な尾で椅子を凪払う。黒かった瞳を深紅に染めると、黄金色の鱗を逆立て、鋭い殺意を剥き出しにしながらこちらを睨みつけた。そのあまりの迫力に、俺は息を吸うことも忘れて冷汗を垂らし、恐怖に支配される。


「無駄な審議であった。今すぐに貴様を消炭にしてくれよう」


 レーグマン伯爵は大きく息を吸い込むと、喉の奥から沸き上がる獄炎を口に含む。躊躇なく俺を焼き殺そうと狙いを定めた時、両サイドに座っていたレクタス公爵とマグハット大公爵が立ち上がった。


「レーグマン伯爵、それは感情だけで動く下族の行動。貴公も貴族ならば、思考の上に立って行動せよ」


 シロナガスクジラを擬人化したような姿のマグハット大公爵は、長い髭に覆われた巨大な口をモゾモゾと動かしながらレーグマン伯爵に忠告した。それでも怒りが収まらないレーグマン伯爵は、頬を引きつらせながら反論する。


「感情で結構ではないかマグハット大公爵殿。思い上がった人間1人殺すなど、我の高貴な思考を使うまでもない」

「やめておけレーグマン。そのような振る舞いはミラエラ様とルーグベル様の意に反しているぞ」


 レクタス公爵がミラエラとルーグベルといった名を出すと、レーグマン伯爵は落ち着きを取り戻す。従者達が慌てて倒れた椅子を元に戻すと、口に溜め込んでいた獄炎を飲み込み、瞳を黒くして椅子に座った。


「ふん。ミラエラ様やルーグベル様がこんな場所にくるはずもない。不浄な感情で人間1人殺しても問題なかろうに」


 レーグマン伯爵は椅子に肘を突き、手の平に顎を乗せて体を楽にする。そのまま俺を睨むと、片足で床をパタパタと叩いて苛立っていた。

 一先ず命の危険が去ると、俺の止まっていた呼吸はようやく動き出す。軽はずみで煽ってみたが、相手が悪かった。これが異世界なのだ。人間1人など、簡単に殺される。俺が生きてきた世界とは全てが違う。次に何か聞かれた時どうすれば良いのか、恐怖に縛られた俺は、そんなことを考える余裕が失くなっていた。

 その時、最上層の見晴台からひょこりと小さな男の子が顔を出す。


「レーグちゃーん! 僕がいると、何かまずいのかな~?」

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