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現実恋愛

とじぶたは逃げるべきか

作者: めみあ

モラハラが題材なので鬱展開です。

バッドエンドともとれるので苦手な方は回避した方がよいと思います。

2022.6/27

不揃いな部分を揃えました。内容は変わっていません


モラルハラスメント、いわゆるモラハラ


私が初めてこの言葉を知り、意味を知った時、ショックというより放心した。それは当たり前のことではなく、逃げるものだったのか、と。



モラハラ夫。私の夫はそれだ。




「……」

「……」


 無言の朝の食卓。夫は携帯でニュースを見ながらカットしたフルーツをフォークでつつく。


 私はそんな夫を上目遣いにチラチラ見る。


 夫は起床してから今まで、終始無言で私に一度も視線を寄越さないまま食事を終え、洗面所へと向かった。



 私は、ふぅと小さく息を吐き、あと15分は気を抜かないよう、己を叱咤する。あと15分で夫が通勤のため家を出る。それを今か今かと待つ。この気まずい空気から早く逃れたい。



 モラハラの言葉を知った時に、私の洗脳は解けた。けれど10年隷属していた私は、今さら何もする気にならなかった。





 ――それにしても今回はなかなか許してもらえない……


 私は食器を流しに運びながら、もう一度息を吐く。



 夫は1度も私に手を上げたことはない。基本的に機嫌を損ねれば無視だ。徹底的な無視。

 その間に私の方が怒ったり、気にしない素振りを見せると更に長引くので、気にしていますよ、とポーズする必要がある。それが今だ。



 今回の無視のキッカケは、夫が同僚を褒めていたので、私も笑って頷いただけだ。



 誰かさんを思い出したか、と豹変してから、今日で7日目。



 同僚の名は、私が学生時代に浮気した相手と同じ名前だ。 前々から、同僚をわざと下の名で呼び、反応すると機嫌が悪くなる。





 ****


 夫の一真と付き合いだしたのは大学2年生の時。いつもグループで遊んでいた私達は、自然の流れで恋人同士になった。


 彼は優しくて、いつも私を気にかけてくれ、穏やかな付き合いだった。



 でも、それが変わったのは大学3年生の時。


 理由は私の浮気だ。



 お酒に酔った勢いだった。バイト先の飲み会の二次会で盛り上がって、そのままホテルになだれ込み、朝帰りした。



 その頃は彼とは一緒に住んでいなかった。罪悪感はかなりあったけれど、一夜きりだしバレないだろう、と一人暮らしの部屋の鍵を開けると、ドアにチェーンがかかっていた。


 驚いて中を覗くと、



 彼が、中にいた。隙間から見えた。玄関に座っていた。



 合鍵は渡していない。勝手に作られたかもしれない。しかも了承もなく勝手に家に入っている。



「かず君、勝手に……」

「俺、見たよ。ホテルに入ったの」


 彼はそう言ってドアを閉め、再び鍵を閉めた。


 私は、もう一度鍵を開ける勇気がなく、友人の元へ逃げた。友人には私が浮気したとは言えず、一真と家で喧嘩して飛び出してきた、とごまかした。


 その日は日曜日で大学はなく、彼は夕方からバイトだから家から出て行くだろう、その時に戻ろうと考えていた。



 夕方、そっとドアを開けるとチェーンはかかっておらず、普通に開いた。ホッとして部屋に入ると、彼が、いた。


 それが始まり。


『別れよう。

 でも俺は浮気されて別れたなんて仲間に知られたくない。

 クズに浮気されて捨てられたなんて恥ずかしい。

 てめぇが悪いのだから友人たちとの付き合いもやめてくれ』


 彼の豹変した態度をなんとかしなければという思いと、大学での居場所がなくなる恐怖に、

「別れたくない!!」と私は泣いて彼にすがった。





 どうやって許してもらえたのだったか……

 クズ、ゴミ、てめぇとしか呼ばれない暴言のあと、監禁に近い事をされ、浮気した証拠を残せと何があったか文字にするよう強要され、反省文を書いて……


 あの頃は彼も泣いていた。


「許してやるけど2度目はないし俺は忘れない」


 あの日から、モラハラ、と呼ばれる行為は始まっていた。


 

 同棲を始めたのもこの日から。バイトもその日に辞めると電話した。ホテルに行った男から着信があった時は、迷惑だから2度とかけるなと言え、と命令され、目の前で一字一句違わず伝え、登録はその場で削除した。




 ****



 あの日を思い出すと10年経った今も胸に痛みが走る。罪悪感と屈辱感を混ぜた痛みが。



 大学を卒業してすぐに私たちは結婚した。

 両親も最初は反対したけれど、真摯な彼の態度に絆され、最後は快諾した。


 結婚して経済的にも夫に頼りきりで、交友関係や外出も制限され、着る服から家事のスケジュールまで夫に決められた。


 私はいつのまにか、それが当たり前となり、感謝すらしていた。完全に下僕となっていた。




 転機は数ヶ月前。

 たまに連絡をとっていた大学の時の友人と久しぶりに顔を合わせた時に、彼女は真面目な表情で言った。


「響子、逃げるチャンスがあったらどうする?」


 彼女の意図が分からず、私は「え?」と聞き返す。

「私、仕事で海外に行くの。手伝ってくれる人を探してる。響子、かずま君から逃げよう」


 彼女は真剣な表情のまま、逃げるという言葉を再び口にする。


「え? かず君から逃げるって何言ってるの」


「……モラルハラスメントって言葉を調べてみて。もちろん、かずま君に知られないように」




 私はその日のうちに友人の言う通り、言葉を調べ意味を知った上で、逃げる事を選ばなかった。




 友人は、ずっと私を気にかけていたと言った。

 常に夫の顔色を伺う私、服の趣味が昔と全然違う私、お酒を飲まなくなった私、友人と会っていても常に携帯を気にする私……


 彼女は早い段階からDVやモラハラを疑い、ずっと助ける方法を考えていたのだそう。





 ――もしかしたら最後のチャンスだったのかもしれない


 私は食器を棚にしまいつつ、外から聞こえる子供たちの声に手を止める。近くの幼稚園に登園中の園児たちだろう。


 ――子ども


私も幼稚園くらいの子どもがいてもおかしくない年齢だ。




 夫は子どもを欲しがらず、私たちは結婚してからずっと避妊している。

 お互いの両親も始めは孫を期待している素ぶりだったが、今は気を使われているのか、何も言わなくなった。



 ――子どもがいたら逃げるという選択肢はなくなるのかな






 ふいに後ろから手が伸びてきて、いつのまにか側にいた夫に抱き込まれた。



  「響子…」



 声色で分かる。


 ――良かった…許してくれた声だ



「……そろそろ俺たちの子どもがほしいな」



 考えていた事がバレたかのようなタイミングだったから、私はドキリとしたけれど、

 私は間をあけず彼の手を握り「うん…」と答えた。



 友人の誘いを断った時の言葉を思い出す。


 彼女はため息をついて


「あなた達は、割れ鍋に綴じ蓋だから引き離すのは無理そうね」


 と寂しそうに笑った。




 ――彼の割れ鍋に合うのは私の蓋だけだもの



 私は、覚悟を決めて、彼の手を強く握った。







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