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冬童話2021 『さがしもの』

今日と明日の境界線

作者: 小畠愛子

「お日さまがのぼったらさ、今日が始まるんだよね?」


 赤とんぼのアカトが、ともだちのモンシロチョウ、シロチに聞きました。


「はぁ? いやいや、なにいってんだよ、そんな当たり前のこと……。そんなこと気にしてるひまがあったら、うまいミツがたんまり入った花がどれか、探してくれよ」


 シロチがあきれたように羽をはばたかせました。ひらり、ふわりと、風にゆれながら、やがてシロチは白い花にとまりました。


「それじゃあさ、明日って、いつなんだろう?」

「はぁ? そりゃあ、次のお日さまがのぼるときじゃないのか?」


 ゆったりと花のミツを吸いながら、シロチは興味なさそうにいいます。アカトはじっと夕日を見ていましたが、やがてすごい勢いで、お日さまのほうへ飛んでいったのです。


「シロチ、さようなら! ぼく、お日さまの向こう、明日を探して飛んでいくよ!」

「あっ、おい! ……行っちまった。明日なんて、だまってても来るってのに、あいつ、なに考えてんだか」


 シロチはため息をついて、白い花からふわりとはばたいていきました。




 アカトはすごいスピードで、夕日へ向かって飛んでいきます。他の赤とんぼたちと比べて、アカトは一番速く飛べる羽を持っていたのです。その羽をフルに生かして、どんどん夕日に突撃していきます。


「くそっ、どんどん沈んでいくよ。ぼくの羽よりも速いなんて」

「そりゃそうだよ、なんせこのおれも、物心ついたときから飛び続けているこのおれでさえも、今日と明日の境目にすらたどり着けないんだ。新参者のお前なんかが、明日にたどり着けるとは思わねぇぜ」


 ふと、声が聞こえたので、アカトは驚きとなりを見ました。いつの間にいたのでしょう、つばさを大きく広げ、優雅に飛ぶツバメが、興味深げにアカトを見ていたのです。


「君は?」

「おれはツバメのメロウだ。ちょっと疲れちまったから、ペースを落としていると、お前さんが夕日めがけて飛んでいたんで、もしかしたらと思ってさ」


 メロウは得意げにいいました。そのつばさは、少しも動かず、それでいてアカトのフルスピードと同じ速度を保っているのです。アカトは驚きに満ちた目で、メロウを見あげました。


「そろそろ日が沈む。今日も追いつけなかったぜ。……お前さん、どうする? いったん休むか?」

「まだまだ、ぼくはまだ飛べ……うわっ!」


 アカトがぐらりとバランスを崩したので、メロウはつばさでアカトを受け止めました。


「無理するんじゃねぇ。それこそ明日をむかえられなくなるぜ」

「ありがとう。……こんなに飛んだのは、初めてだ。羽がピリピリするよ」

「ほれ、あそこの木なら、休むのにうってつけだろう」


 メロウがくちばしで前方の木を示しました。アカトとメロウは、そろってその木にとまりました。


「ふぅっ、ふぅっ……。すごいな、君は。ぼくよりもずっと速いんだね」

「ツバメだからな。だがお前さんは、今まで見たどの赤とんぼよりも速いんじゃないのか?」


 メロウにほめられて、アカトはうれしそうに羽をふるわせました。


「……見てみな、また夜がくるぜ」


 メロウの言葉につられて、アカトも日が沈むのを、そして沈んだあとに訪れる重く深い闇を見つめました。


「……これを見ていると、ときどき思うのさ。おれみたいなちっぽけな、ただのツバメが目指したところで、明日にはたどり着けないんじゃないかってね」

「でも、メロウはすごい強いつばさを持っているじゃないか。ぼくなんかよりももっと強い、それで速いつばさを」

「だが、おれは一度として今日と明日の境界線にはたどり着けなかった。いや、そんなものはないのかもしれない。おれにはわからない。そう、わからないんだ……」


 メロウのからだが、きらきらと光のしずくとなって消えていくのを、アカトはなにもいえずに見ていることしかできませんでした。


「……おれには、明日は来ない。ずっと今日を、日がのぼってから始まる今日だけを、飛び続けるしかないんだ。おれは明日を見つけることができなかった……」

「メロウ、でも君は、ずっと今日を、今を生きているんじゃないのか? 今日だって、ぼくといっしょに飛べたじゃないか!」


 アカトの言葉に、メロウはふふっとおかしそうに笑ってうなずきました。


「そうかもしれないな……。おれは、明日の境界線を探して、これからも飛び続けるんだ。永遠に今日を生きるのは、つらくて悲しいよ。だからおれは明日を求める。……いつかお前が、今日の日にてらされて、消えてしまうまで、おれと飛んでくれるか?」


 アカトはメロウを見あげました。メロウだった光は、闇にこぼれていくように、くずれて消えていきました。アカトは羽をうちふるわせて、それから小さな声でつぶやきました。


「……飛ぶよ。いっしょに飛ぼう。そしてぼくもいつか、君と同じように、明日の境界線を探し続けて、永遠の旅に出られるように……」


 メロウの笑い声が聞こえた気がしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 境界線、いつかたどり着けるといいですね〜。
2023/04/25 15:31 退会済み
管理
[一言] 今日と明日の境界線なんて考えたことありませんでした。 認識としては、0時を過ぎれば明日。 時計に頼って生活している弊害かもしれませんね。 同じ夢を持って語り合える相手が見つかると、苦しさは…
[良い点] 夢を追う情熱というのは、叶うから良いのではなくて、追うこと自体が素晴らしいんですよね。 アカトのように、同じ夢を語り合える仲間を見つけられたら、最高です。
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