6*
「そもそも僕、男ですよ?!」
僕の言葉に母はキッと眦を釣り上げて、鋭く睨んだ。
「分かってますよ!冗談でこんな事言っているとでも?!」
あまりの迫力に、僕は母の肩から手をスッと離して一歩引き下がるが、母はずいっと詰めてきた。
「取り敢えず、お見合いを無事終わらせて、デライラを探せば良いのよ。今日を何とか乗り切るために助けてくれたって良いじゃない!」
「し、しかし……」
「もう時間がないのよ、調整するにしても今しかないわ。着替えてちょうだい!」
母の勢いに飲まれて、否定の言葉を詰まらせているうちに、僕は侍女達に取り囲まれた。
「さ、連れていって!何とか見れるようにしてちょうだい!」
***
そうして着替えさせられたのだけど……
「母上……無理でしょ」
「……うーん、首元はあのスカーフで飾ってちょうだい。足元はレースを足して誤魔化しましょう」
「この身長じゃ、幾らなんでも無理がありますよ」
僕は文官のため、筋肉はそこまで分厚くついていないが、父に似たこの長身はどうしようもないだろう。
「大丈夫よ。ちょこっと膝を曲げていれば!」
「…そんな無茶な」
「ほら、スカーフはコレで良いわ。ちょっと立って、膝を曲げてみて」
仕方なく立ち上がり、膝を不自然に見えない程度に曲げてみる。
「もうちょっと。そうね、足元見て。……良いわ。これなら裾がギリギリだし大丈夫」
地味に辛いんだけど。
「声は?喋らない訳にいかないでしょう」
「どうしようか迷ったのだけど、魔法薬と、魔道具と迷っているのだけど、どっちが良いかしら?」
「…………そんな薬や魔導具があるんですか?」
「魔導具は、家にあるの。薬は城下町で怪しげな占いの」
「魔導具にしましょう」
母の言葉をぶった切って、魔導具を選択した。
そんな効果も副作用も分からないものを飲んでなるものか。
使用人に持ってこさせたブローチ型の魔導具をスカーフの下、喉元近くに潜ませると、性能を確認する。
「あー・あーー。どうですか?」
「そうね、変に高すぎてもアレよね。それくらいで良いと思うわ」
常時発動型なので、燃費は悪いが3時間程度なら持つだろう。魔石が空になったら、その場で隠れて魔力を補給すれば良いのだし。
「はぁ。母上、では参りましょうか」
そうして僕は、これから紡がれる黒歴史の舞台になるであろう、お見合い会場へと母と共に向かったのだった。
***
相手は時間ちょうどにやってきた。
金髪碧眼の整った優男だった。
騎士の割に細身で、威圧感がない。クリっとした目元の柔らかな、温かい印象を受けた。
意地を張らずに会えば、デライラも気に入ったのではないかと内心で独り言る。
それにしても、早く座らないかな。中途半端な中腰は地味に辛い。震えてくるではないか。
やっと席に座り、母と相手の子爵夫人が軽快に話しているうちに、どうしてこうなったと悶々と考えては密かにため息を吐いた。
そうしていると、場を持たせるためか母が無茶振りをしてきた。
「……まぁ、取り敢えずお若い二人で、外の庭でも散策して来るのは如何かしら?」
「そうで御座いますね。さぁ行ってらっしゃいオリヴァー」
せっつかれたお相手の男性 オリヴァーは、不承不承という体で、席を立って回ってきてしまう。
「……では行きましょうか、レディ」
レディじゃないけどなっ くそっ。
「はい」
内心の葛藤のせいで、返事が遅れてしまった。あぁ、そうか。エスコートを受けるんだから、手を乗せなければいけないのか。
仕方なく指先を乗せると、ホールドするようにキュッと押さえられる。
げっと思うも、不思議と嫌な感じはしなかった。
庭に出ると、お相手の優男 オリヴァーが話題を探して口を開いた。
「えー…っと、ウィスダイト嬢は、普段どの様なお仕事を?」
うむ。無難である。確かデライラの仕事は王宮の……
「……そうですね、魔導士団で使われる、魔導具の整備でしょうか…」
だった気がする。あれ?開発だったかな?去年晩餐の席でそんな話をしてたような。
「そうなんですか、騎士団では防御や補助の道具は一部外注にお願いしているんですが、きっともっと複雑で外には任せられない物なんでしょうねぇ」
「……そうですね、魔導士団長が組まれた複雑すぎる魔導具は、回ってこないのですが」
って聞いていた様な。知らんけどな。
「そういった頭を使いすぎる作業だと、自然の中で休むとリフレッシュになりませんか?」
自然の中と言われるほどのものでは無いが、オリヴァーの言葉に景色をやっと目に入れた僕は、その彩りに目を細めた。フッと緊張感が和らぎ、その時ばかりは珍妙な現状を一時的に忘れる事ができた。
「……そう、ですね。…………美しいですね」
中腰だけど目に入った景色は美しかった。
その後すぐにベンチへと促され、少し距離を空けて隣同士で座ることとなった。
ガッツいてない、紳士的な青年だと内心でプラス評価をつけていると、またもや質問が飛んでくる。
「ウィスダイト嬢は、寮にお住まいなんですか?」
えっっっっ。どうだったかな。仕事の終わり時間が一緒でないし、食事もそれぞれ自室で取ることもままある。家でたまに出くわすし、寮に入ったとも聞いて……いや、聞いたか?
「…………ええ、半々……でしょうか」
曖昧どころか、変な回答になってしまった。
すまんデライラよ。興味がなくて。
「寮は居心地良いですか?私は一人で自由に過ごせるので、家にはあまり帰らないのですが」
「……ええ、良いと思います」
僕自身、寮部屋を取ってないし、管理上の仕事で立ち入ったことが数回あるくらいだ。どの寮も居心地が悪いとかは聞いた事がない。
「今日はいい天気だったので、街へ行こうと思ってたんですよね。最近隣国の商品を扱う小物店が出来たらしくって」
記憶を探っていると話題が逸れた。まぁ、あんな返事ばかりじゃ仕方ない。取り敢えず返事をしなければ。
「隣国の小物ですか?」
「ええ、便利小物からジョーク小物まであるって同僚が言っていて」
「ジョーク小物……?」
ジョーク?そんな小物を取り扱って面白いのか、売れるのかが甚だ疑問だ。
「例えば、箱の中から何か飛び出すとか、幻影で花吹雪が舞うとか?そういう役に立たないけど面白い魔導具みたいなのですよ」
「へぇ……」
誰が買うんだろうか。必然性を全く感じないが、オリヴァーはどうやらそう言ったものが好きな様だ。
「文具も面白いらしいので、興味があったら休みにでも行ってみるのもいいですよ」
隣国で流行っている文房具かな?それなら仕事上でも使うものだしちょっと興味が惹かれる。
「……よく街へ?」
「騎士団に入ってからですけど。知らない物に出会えるのは楽しいですよ。すっごい胡散臭そうな古書店とか。魔物肉屋台とか、カフェ巡りも」
「楽しそうですね」
「ウィダスト嬢は行かないんですか?」
「時間が……あ、いえ」
しまった。これは自分の答えだ。デライラはどうだったかな?休暇に出かけたりするのだろうか?考えあぐねていると、オリヴァーが口を挟んだ。
「休暇は週に一度〜二度はきっちりとった方がいいですよ〜、繁忙期は別として。人生に潤いって言うか、息抜きは必要でしょ」
うーむ。もっともだ。さて息抜きか……
「そう……ですね」
最後に息抜きがてらでも、出かけたのはいつだっただろうか?
その他愛の無い会話を最後にお見合いはお開きとなった。
***
屋敷に帰ってすぐさま着替えると、執事が「奥様がお待ちです」と呼びに来た。
家内の騒がしさや、優れない顔色を見るからに、デライラはまだ見つかっていないのだろう。ため息を一つついて、母の居室へ向かう。
「ああ、レイ。今日はありがとう。助かったわ」
母の勧めで斜め前の一人がけのソファーへと腰掛けた。
「デライラはまだ見つからない様ですね」
「ええ。早く見つけなきゃだわ。返事もしなきゃだし。ほんとあの子ったらどこへ……」
かと言って一貴族令嬢だ。大事になるのは避けたいのだろう。騎士や警邏に話すのもまだ迷いが出る。
「返事は“申し訳ございません“で、出せば良いのでは?」
「だって、流石お兄様がお膳立てしただけあって、良いお相手だったのよ?デライラが見つかり次第、デートの1つや2つさせてその気にさせても良いと思えるお相手だったわ」
まぁ確かに、整っていて爽やか、威圧感が無く親しみやすい。女性ウケの良さそうな好青年だった。その上叔父上の目に留まったくらいだ。騎士としても有望なのだろう。
……笑った顔は可愛かったかな。
「少し返事を遅らせて時間を稼いでいるうちに見つかるわよ。早く見つけなくてはね」
「……そうですね」
早々に見つかることを母とともに願い、今回の騒動はお役御免とばかりに自室へ下がることにした。
***
それから数日経ち、僕は通常通りの生活に戻っていた。
夜遅くに帰る僕は、出迎えてくれた執事に毎回視線で問い、険しい顔で首を振るのを見てはため息をつくばかり。
これはいよいよ、隠したままでも居られないのではないかと危惧していたのだが。
「デライラから手紙が?」
「そうなの!長期休暇申請出して、自由に旅行してきますのでご心配なくですって!」
母はプリプリと怒りながら、当の手紙をよこしてきた。
確かに要約するとそう書かれてはいるが、正しくはこうだ。
[ 結婚について、口出ししないでください。
お母様の勝手な暴走が収まるまで、私は帰りません。
仕事は長期休暇申請を出しております。
この機会に自由気ままな旅でも楽しみます。
ご心配なき様。 ]
完全なストライキだ。能天気な母はこれをどうして「ちょっとそこまで行ってくるね⭐︎」という解釈にしてしまうのか、甚だ疑問である。
「暫くは戻る気は無いみたいですね」
「どうしましょう……お兄様になんて言ったら……」
「父上は?」
「領地での治水工事で問題が発生したとかで、昨日急ぎ領地へ戻ってしまわれたわ」
父がいないとなると、見合いの件を穏便に収めることは難しいかもしれないなと、考えていると、母がもう一通別の封筒を手にしているのに気づく。
「あーぁ、レイが協力してくれて良好なお返事が来たのに。どうしましょう」
なるほど、あれはお見合い相手からの手紙だったのか。…良好な返事か。あんな不相応な格好で明らかに返事もまともにしていないやり取りで、良しとしてくれたものだ。
遥か上の上官先導での見合いだし、断りづらかったのかもしれない。これはこちら側からお断りの返事を書かなければ。
「どうしようもないでしょう。叔父上にお会いして事情を話して、相手方にもお断りの返事を書いて送る他ないですよ」
「何をいうの!そんな事出来ないわよ!」
母はそう言って顔を覆った。
「は、母上?何故そんなに……」
「だって、そんな事になったらお兄様に何と言ったら良いの!」
「いや、しかし」
「あんなに褒めちぎっちゃったのにぃぃぃぃ!!」
「 …………は? 」
さめざめと泣く母の肩をがっしり掴んで向かい合うと、その俯いた顔を覗き込む。
「……今なんと言いました?」
「良い青年だわって!まるで小説に出てくる貴公子の様に爽やかで穏やかでっカッコよかったってぇぇぇぇぇ!お兄様にぃぃぃぃ」
「な!いつの間に!!」
「翌日?なんかオリヴァー君のことを思い出したら興奮しちゃって…」
えへっとはにかむ様に微笑んだ母は、未だに少女の様……じゃなくって、
「何やらかしてんですか!」