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<他視点、デライラ側の事情>
「母上、コレまだ続けるんですか?」
そう言って、戻るなり早々着替え終えてから、母の居室へ赴いき、一人がけのソファーへどかりと座り込む。
「仕方ないじゃない。兄様につい愚痴っちゃった手前、此方から手は引けないのよ」
「因果なものですね」
「分かってるわよ。最終的に“ご縁がありませんでした”って返事するにしても、せめてちゃんと会った上で、断ったという実績が必要だわ」
「それはそうですが」
事の起こりはつい2ヶ月ほどに遡る。
我がウィスダイト伯爵家は、ウィズリアル侯爵家の分家となる。
元々お祖父様である先代侯爵が息子二人に、持っていた爵位を分けた形である。
父と母は従兄妹同士であり、幼馴染でもある間柄で、お互いに想いを交わし合い結婚した。
その繋がりで叔父である現侯爵であり、“騎士団の黒きブレーン”と言われる副団長、ギャビン・ウィズリアルとも幼い頃から仲が良く、父母は「兄さん」「兄様」と慕っているのである。
いつも年に数回ある、侯爵家で開かれる身内だけの晩餐会にて、母はつい妹の結婚について愚痴をこぼしてしまったのである。
「もー、良い人見つけて早く嫁ぎなさいって言ってるんだけど、まぁーーーったく見つけてこないのよ?この娘は」
「放っておいて、お母様。私今、研究が楽しいのよ」
「そうは言っても、華の命は短いのよ?」
「あー、はいはい。兄さんの結婚が決まったらって言ってるじゃない」
テーブルマナーは崩さずに、いつものような言い合いを聴きながら食事を進めていると、いつにない言葉を挟んだのは、侯爵本人だった。
「デライラの結婚か。良い人は居ないのかね」
「……叔父様。今の私は仕事が恋人なの。気にしないで」
「まぁ、直ぐにはな。でも目星くらいは要るんじゃないか?こんな可愛い娘だ。引くて数多だろう」
「兄様、この娘は気が強くって、良い人もすげなく追い返しちゃうんですわ」
ヨヨヨと泣き真似をする母に、妹デライラは鼻白む。
確かにデライラは、容姿も整っていて美しく、まっすぐな黒髪は理知的な青い瞳を際立たせている。
ただし、ちゃんとしていればの話だ。
研究室に通うデライラの姿は、とてもじゃ無いが一見してこの容貌が隠れているとは到底思えないものである。
髪はボサボサ、目を保護(?)のためにかける分厚いメガネ。めんどくさがりで何処へでも仕事着である白衣を重用する。それが如何にその日の実験で汚れていてもだ。
追い返すというより、引き潮の如く引いていく─ が正しい見解であろう。
「そうか。まぁ一人や二人、良い人がいてもいいだろう……」
「そうですわよね、兄様。ね、デライラ」
デライラは面倒くさそうに、母の言を無視して食事の手を早めて、この話は流したものと思われたのだが。
「え?見合い?!」
と、伯爵令嬢とは思えない大声が響いたのは晩餐会から1ヶ月くらい後の事だった。
「ええ、兄様が会ってみては?って。お膳立てしてくれたようよ」
「えー?!頼んでないのになんで?!」
「居たら嬉しいわねって話をまたしてたのよ。もう、私も心配なの。分かるでしょ?年齢も1つしか違わないし、有望株らしいから。会うだけでも良いでしょ?」
玄関ホールで、やいのやいのと騒いでいたのを、階上の廊下から偶々通りかかってその様を眺めたのを何となく覚えていた。
***
そんな事がありつつもすっかり忘れた頃。約2週間前。
務めている宰相秘書官執務室へ、家族からに呼び出しが来た。
緊急連絡用の魔導具を使うなんてと、思いながらも上司へと緊急のためと休みをもらい、同僚へ頭を下げてすぐさま屋敷へ戻ると、屋敷全体が騒然とした雰囲気に包まれていた。眉を顰めて母の元へと駆けつけると、取り乱した母がハンカチを握り締めながら、縋り付いてきた。
「ああ!ありがとうっ、帰ってきてくれて!急にごめんなさいね」
「何があったのです?」
落ち着かせようと、近くの長椅子に座らせ、腕をさすってやりながら隣に座ると、母は涙を流しながら語りだした。
「あの娘、デライラったら家出しちゃったみたいなの!」
「……は?出奔ですか?」
「一時的なものだと思うのだけど、こんな日に……!」
「こんな日?」
「よりによって兄様がお膳立てしたお見合いの日に、姿を消すなんて!!」
「それは……なんとも…はや」
「言い合いはしてたけれど、わがままも大概にしなさいって昨日……明日は必ずって釘を刺したのに!」
母はそう言って目元をハンカチで押さえて、泣き出してしまった。
コレは妹の性質を見誤った母の失策としか言いようがないだろう。デライラは元々「自由に相手を選びなさい」と言われて育ったのだ。
急に見合いを持ってこられて動揺して反発して、意固地になって姿を眩ませてしまったのだろう。
「それはそうと、こうしていても仕方がないでしょう。お相手の家にはお断りを入れて、とりあえずデライラを捜索しましょう」
恐らく知人の家とか、研究棟にどこかに潜んでいるのではないかと思う。
「探したのだけど、見つからないのよ!それに断るなんてできないわ!兄様の顔に泥を塗るなんて……っ」
「しかし本人がいないんじゃ……」
確かに、叔父といえどもあの副団長が、態々お膳立てしたものだ。
勇気を持って……ことわ……れ…ば…………
「くっっ……」
怖い。断ったとしても後が怖い。こっちは関係ないと言えどもだ。
「誰か代役を立てるのはどうかと思ってたのだけど」
母がハンカチで顔を拭いながら、そう呟いた。
「しかし、代役と言っても、我が家の似ていそうな親戚筋は領地で、直ぐには無理です」
「ねぇ、代わりに出てくれないかしら?」
「………………は??」
「だって、この国じゃ黒髪は珍しいのよ?!私だって暗い色だけど茶色の部類だわっ、黒髪は兄様と夫とあなた、娘くらいなのよ!」
「いや、それにしたって!」
「部分的な付け毛くらいなら、昔デライラが髪を焦がして変な長さになったのを隠した時に作ったのがあるわっ!顔周りはそれで誤魔化して、後ろは飾りで誤魔化せば何とかなるわ」
「母上、ちょっと待っ」
「まだ肌寒いから長袖のドレスを……あったかしら?あなた細身だしきっと入るわ!」
「待ってください!」
「何よ?!協力してくれないの?!」
「協力とかじゃなく、無理です!」
どこか焦点の合ってなかった母の両肩を掴み、ぐいっと向かい合わせて無理矢理目を合わせた。
「そもそも僕、男ですよ?!」