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「宜しくしちゃってどうするのっ!オリヴァーが見つからない以上、そこは“ゴメンなさい”の一択でしょう?!」
ガタッとローテーブルが音を立てて動くほど勢いつけて立ち上がった私に、皆の固まった顔が向く。
は?なんでそんな顔?
「あの副団長様だぞ。しかも可愛がっている姪っ子だ。オリー、面と向かって不可と言えるのか?」
「それは……言え……」
その瞬間遠目でしか見たことはないが、壮年の厳つい顔をした副団長の顔が脳裏をよぎる。黒い笑顔で「そうか、否か」と返事を復唱する副団長の顔が。
「…………ません」
がっくりと項垂れながらソファーへと舞い戻った私の背を、母が痛ましげに撫でる。
「と言うことだ。理想はお相手が断ってくれる事だが、逃げ回っていたと言うから、恐らく断りを入れてくるだろう。……多分」
ステファンが、不安を顔に浮かべながら希望を口にする。その横でトリーシャが頷きながらステファンに寄り添っている。
「ではそう返事を出そう」
父が渋い顔でそう言うが、母はピッと手で止めた。
「すぐじゃない方が宜しいでしょう。明日か明後日に出して、乗り気じゃない雰囲気を作りませんと」
「そうだな。では任せる」
母がこっくりと頷き、こうして身代わり騒動に終止符が打たれたのであった。
── はずだった。
「申し訳ないですわ、お母様。もう一度おっしゃっていただける?」
***
代理お見合いから2週間。私は元の生活に戻り、悠々自適な女騎士ライフを送っていた。
休日には同僚と打ち合ったり、遊びに出かけたり。王宮で使えるためのハウツーしきたり講座に通ったり。有意義な時間であったのだが。
ウキウキな安息日前日、寮部屋に戻ると扉にカードが挟まっていたのである。
[ 本日シレアガノ子爵夫人から言伝有り。
明日早朝、子爵邸必ず戻られたしと。
受:寮母]
……嫌な予感しかしない。
思わず開ける前の扉に、鈍い音を立てながら頭突きしてしまったくらいである。
そして、翌朝直ぐに向かった子爵家タウンハウスにて、私はまたも当のオリヴァーだけが居ない一家が集まった応接間で、母の言葉を聞き返した。
「急に使いもしない令嬢言葉を出すのはおやめなさい。ですから、今回はデートに行ってらっしゃい。そう長くなくて良いですから」
「いやいや、誰と」
「デライラ・ウィスダイト嬢とよ」
「なんでっ」
「─ オリー、色々あったんだよ。色々……」
頭を抱える私に、顔色の悪いステファンが、開ききらない目を何処か遠くに向けて呟くように、今日までの事を語り出した。
***
お見合いから2日後、母は、《貴方も今日から貴族!貴族的言い回し集》と言う冊子を片手に回りくどすぎる言い回しで、渋々お付き合いしましょうと返信をしたそうだ。
翌日、相手方からは要約すると
[ 本人が時間をかけて考えたいそうなので、お返事はもう少しお待ちくださいませんか? ]
と返信が来たそうだ。
お断りの返事が来るかと思いきや、保留と来たので、訝しく思いはしたものの、断る口上でも探しているのかなと文面通り待つ事にした。
そのまた数日後、騎士団へと出仕したステファンは午前の業務を終えて昼休憩を取るべく建物内の廊下を歩いていた。頼まれての書類提出だったが、自分も用事があったのでついでだし快く引き受けた帰りだ。
良い天気だなぁ〜と、ほんわか眺めながら進んでいると、途中の会議室らしき扉がガチャリと音を立てて開いた。
廊下の端に寄りながら、人の合流に気をつけようとチラリと見ると、開いた扉の先には副団長が立っていた。
「……お、お疲れ様……です」
驚きに目を開きながらもなんとか振り絞った言葉は掠れていたものの、辛うじて挨拶ができたステファンは、ゆっくりとした動作で微笑みながら手招きする副団長に、背筋を冷やしながらも招きに応じて入室したのだった。
「シレアガノ小隊長、先日は手間をかけたね」
「ぇえ、いや。とんでもございません」
「あれからどうだ?」
「……まだお返事を頂いてない状態でして」
「………………そうか。しかしアレが返事を渋るのも何かあるのかもしれんなぁ」
「…………な、にか?ですか?」
「うーん、そうだねぇ。例えば1度会っただけでは気が合うかわからんとか」
「それもそうですね」
どうやら話の方向性から、代理お見合いがバレたわけではなさそうだと、内心で胸を撫で下ろした。
「例えば、返事があまり芳しくない様に受け取ったとか」
しかし、副団長の言葉にハッと息を飲んで相手を見つめると、胸元のポケットから見覚えのある封筒がチラリと見えている。
「え、いや、芳しくないなどとは……」
「そうなのか?」
この内容で?と言うふうに眉絵を顰めながら封筒を摘む副団長の口元は相変わらず弧を描いている。
「そーーれは、母上の書いたものでして、本人は快諾しておりまして」
「ふぅん?」
「オリヴァーは末っ子ですし、何か文面に行き違いがあったのではと……」
変な汗がタラタラと垂れてくるのではないかと思うほど、内心では焦りまくるステファンは、思わず言い訳を重ねる。
「そうか。過保護な人は居るものだ。まぁこちら側の返事がまだと聞くし……どうだろう、為人を知るためにも、本人たちだけで交流させてみるのは?」
「……ぇえっと、それは…」
「子供でもあるまいし、何度か会って本人達が判断すれば誰も文句あるまい。なぁ?」
その本人が居ないんですとは言えないステファンは、か細い声で承諾を返すしかなかったのであった。
***
「何とか方々探してみたのだが、オリヴァーは見つからず。そして相手の家から日にちを指定したお手紙が来たと言うわけだ」
押し黙っていた父が、懐から1枚の手紙を出してそう締めくくる。ローテーブルの中央へスッと置かれたそれに、皆それぞれ複雑な顔を向けて見つめる。
「……それで、デートというのが今日なんですね」
「そうだ」
「……無理でしょ」
私が言いにくいながらもキッパリと断ると、ステファンはますます顔色を悪くし、父は眉間の皺を深くする。
集まる皆の顔を見回し、私は同じように深刻な顔をしながら口を開いた。
「考えても見てください。……私、デート自体をしたことがないのよ?」
本気で忘れていたのだろうか、父母と兄は頭を抱え、義姉は「そんなまさか」と口元を押さえて息を飲んでいた。
「…………事実です、お義姉様。誘われたこともないわ」
兄ステファンや弟オリヴァーに挟まれて育った私は、動き辛いワンピースを嫌い、兄のお下がりを着込んでよく三人で走り回っていた。
お人形遊びより山遊び、おしゃれより剣術を選んできたのである。
釣りや狩りもするし、お陰で下処理から調理まで得意となった。
「お菓子作りが趣味ですの」と言う他家の令嬢を真似て「料理が得意ですの(捕獲から調理まで)」とこれ幸いと答えていたくらいだ。
女性特有の社交や固まってキャッキャと言うことも、特に楽しさを見出せず、憧れの女騎士を目指して騎士団入りを目指しているうちに今の年齢になっていた。
「……デートと考えるのが宜しくないのではないかしら?」
義姉トリーシャが、皆の顔を伺うようにそう言った。
「デートと考えない……?ということ?」
母は、トリーシャの言葉に難しい顔をそのまま向けた。
「ええ、オリアナさんは女性騎士としてだけでなく、貴人の護衛マナーも講習で教わっていると聞きましたわ」
確認を求めるような視線に、私はコクリと素直に頷いて見せた。
「以前にオリアナさんから聞いた時に思ったの。貴人の傍に付き従う警護は、男性のエスコートと通じる部分があると。だから、デートではなく、街中での警護と思って一日付き添うと思えば如何かしら」
「……貴人警護ですか」
確かに、近くで警護をする際は手を貸したり、誘導するときには体で通行人を防いで制する事もある。そう思えば幾分気が楽になる── 気がする。
「あとは、名物スポットとか、お買い物とかにしながら、小まめに休憩をとりながらお茶か食事をすれば……」
「お買い物……」
ずいぶん引き下がって見えたハードルに、私は思わず感心したように頷き返していると、またもや母が手を打った。
「それで決まりね!オリーもそれで頑張るのよっ!さぁ着替えさせてちょうだい!」
「えっちょっっっ」
私の抗議も虚しく、母の合図で素早く応接間に入ってきた使用人達に捕まり、またも男装のために私は押し流されていったのであった。