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「でも……まず、女の私では無理でしょ」


 私の当然の主張が、部屋を静寂にさせた。


 しかし、空気を破る様に思い詰めながら隣に座っていた母がガバッと立ち上がると、私を強く見つめながら言い放った。


「一時期誤魔化せれば良いのです!代案がないのであればだまらっしゃい!分かりましたね?!もう四の五の言っている時間は無いのです!さぁ、支度しますよっ」


 パンパンっと手を叩くと、侍女やメイドが数人サササーっと入ってきて、私の腕をがっしりと掴み、有無を言う暇なく強引に奥の部屋へと押し流していった。



 ***



「胸はサラシで潰しましょう」

「お嬢様、このブーツに履き替えてくださいませ」

「髪の毛は襟足で纏めて目立たない様に流しましょう」

「眉毛を書き足しましょう♪」

「唇の色味を抑えてみましょうっ」

「ちょっと陰影つけて精悍さを……おおー」


 途中からキャッキャと楽しげになっている気がするのは気のせいと思いたい。

 そうして完成した姿を鏡で見た私は、絶句することになる。



「確かに……オリヴァーっぽいわ」



 元来お転婆な性格も相まって「男女」と言われていただけあると言うのか、男装した自身の姿は本当にオリヴァーに似ていた。ただ、本人からすると、筋肉が厚くないために、華奢な印象を受けるが、補強のため着込んだ服でなんとか誤魔化せている様に思える。


「オリアナお嬢様、胸を張ってる事を心がけてくださいませ」

「こう?」


 胸を少し大袈裟に張り、顎を引くと確かに男性らしくなる気がした。


「オリヴァーの真似をしたら良いのかな。言葉に気をつけないと……気をつけるよ」


 そのまま家族の待つ応接室に行き、時間も迫っていたので、お見合いで指定されていた、王都にある貴族御用達のレストランへと慌てて母と共に赴いたのであった。


 ***


 向かった先では、お相手の女性と母らしき親族が既に待ち構えていた。

 母と頭を下げて謝罪しながら挨拶をするが


「お時間ぴったりです。お気になさらずにさぁ、どうぞ」


 と、優雅な所作で席をすすめてくれた。

 大らかな方々で良かったと、内心で胸を撫で下ろす。

 それにしてもと、私はチラリと一言も発さないお相手の女性に目をやった。

 女性にしては長身で、迫力美人。プラス12、3cmくらいあるシークレットブーツを履いた私は、180cmちょっとはあるはずなんだけれど、それよりやや下くらいだろうか?黒髪の真っ直ぐな髪は、やや長めの前髪のせいもあって下を向くと顔が見えづらい。しかし、垣間見えた顔は整っていた。緊張しているのか、微かに震えてもいる。

 センスの良い淡い色合いのデイドレスだけど、全体をヒラリとしたフレアで覆った袖の珍しさに目がいく。慎み深い様で、首元はジュエリーではなくスカーフで飾り、引き締めるような美しい色合いと柄がとても映える。

 とまぁ、良い風に見ては見たものの、見事な露出ゼロ。


 もしかしたらお相手も、あまり乗り気でないのかもしれないなと、密かな希望を持った。


 勧められた席についても、あまり印象に残さない様に俯き加減で、当たり障りないヘラッとした愛想笑いを張り付けつつ、ぼーっとしながら只管(ひたすら)早く終われと呪詛を吐いていると、なぜか二人で庭に行けと言う。


 摩訶不思議である。


「えー…っと、ウィスダイト嬢は、普段どの様なお仕事を?」


 低い声を意識しながら、場繋ぎにと話題を振る。

 この話題はまだ出てなかったかしらとヒヤヒヤしていたのは内緒だ。


「……そうですね、魔導士団で使われる、魔導具の整備でしょうか…」

「そうなんですか、騎士団では防御や補助の道具は一部外注にお願いしているんですが、きっともっと複雑で外には任せられない物なんでしょうねぇ」


「……そうですね、魔導士団長が組まれた複雑すぎる魔導具は、回ってこないのですが」

「そういった頭を使いすぎる作業だと、自然の中で休むとリフレッシュになりませんか?」


「……そう、ですね」


 お見合い相手、デライラ・ウィスダイトは、やっと顔を上げて目の前に広がる庭園の美しい景色へと目を向けた。


「……美しいですね」


 フッと自然に微笑んだデライラは、幾分強張りが解けた様に思えた。

 立たせたままというのもなと思い、気を利かせて近くのベンチへと誘った。


「ウィスダイト嬢は、寮にお住まいなんですか?」

「…………ええ、半々……でしょうか」


「寮は居心地良いですか?私は一人で自由に過ごせるので、家にはあまり帰らないのですが」

「……ええ、良いと思います」


 なんだか曖昧な返事が多いなぁと、愛想笑いが引き攣りそうになる。そう言えば、この見合いは無くなった方が良いのだったわと考え、適当に喋って時間潰すかと、思考を切り替えた。


「今日はいい天気だったので、街へ行こうと思ってたんですよね。最近隣国の商品を扱う小物店が出来たらしくって」

「隣国の小物ですか?」

「ええ、便利小物からジョーク小物まであるって同僚が言っていて」

「ジョーク小物……?」

「例えば、箱の中から何か飛び出すとか、幻影で花吹雪が舞うとか?そういう役に立たないけど面白い魔法具みたいなのですよ」

「へぇ……」


 お、初めてデライラがこちらに目を向けたなと思い、ふふッと笑みが溢れる。


「文具も面白いらしいので、興味があったら休みにでも行ってみるのもいいですよ」

「……よく街へ?」

「騎士団に入ってからですけど。知らない物に出会えるのは楽しいですよ。すっごい胡散臭そうな古書店とか。魔物肉屋台とか、カフェ巡りも」

「楽しそうですね」

「ウィダスト嬢は行かないんですか?」

「時間が……あ、いえ」


「休暇は週に一度〜二度はきっちりとった方がいいですよ〜、繁忙期は別として。人生に潤いって言うか、息抜きは必要でしょ」

「そう……ですね」


 何気ない話をしていると、時間がそこそこ経っていたようで、デライラを引き連れてサロンへと戻ることにした。


 きっちりと別れの挨拶をして、次回のことは口にせず、母と共にサラッと場を後にした。


 ***


 タウンハウスへと戻ると、どうやら帰りを待っていた様だった。着替えもせずに皆で応接間に集まった。

 やはりと言うか、弟の姿はない。


「首尾はどうだった?」

「可もなく不可もない感じで終わらせたわ」


 長兄が硬く聞いてきた言葉に、私はソファーへゆるりと座りながら答えた。


「不興は無いのだな」

「まぁ、そこは」


 バレなかったとはいえ、私が行った時点で不興だろうけどと思いながらも、父の言葉に返す。


「あちらの家はどうだった?」


 次は母に質問が飛ぶ。あちらの母親とずっと話していたんだし、相手の意向は気になるところだろう。


「気の良い方でしたわ。あちらはもう一人兄がいるそうなんだけど、その方も忙しいそうで、婚約者も無し。その方より先に結婚できないと言い訳して逃げていたみたい。それでお見合い相手を四苦八苦して探していたそうよ」


 兄をダシにして結婚拒否か…そんなことを言いそうな女性に見えなかったなぁと、庭で顔を上げたデライラ嬢を思い出す。


「そっか……ところで、お見合い不成立ってどうするの?」


 何気ない質問をすると、その場の皆が顔を合わせて考えた。我が家では、お見合い自体あまりして来ていなかったため、作法がよくわからない。


 因みに、父と母は夜会で出会い、父が猛アタック。兄ステファンは、王都の警備中に絡まれていた義姉トリーシャを助け、義姉からのド直球アプローチで陥落だった。


「ええーっと、お見合いの場で軽〜く仲良くなって、“ご縁がありませんでした”……?」


 兄のステファンが、何となく答え、嫁がうんうんと隣で頷いている。


「それ……って誰に言うのよ?」

「誰ってオリー、そりゃぁ……仲人?」


「……お兄様、今回の仲人って」

「……副団長様だな」


「「「「「…………」」」」」



 堅い沈黙が落ち、石の様に重い空気を破ったのは父だった。


「此方からは、“よろしく”と返事を出すしかあるまい」


 ……………… は?

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