パーティーからお荷物扱いされて追放されたおっさん魔術師。回避に極振りしたらチートスキル「あたらない」を取得し、無能との指摘はあたらないのだが?
「もう限界よ! このおっさんが抜けないなら、私がパーティーを抜けるわ!!」
パーティー内の唯一のヒーラーがヒステリックに叫び、攻略中であったダンジョン内に幾重にも反響する。
「おい、おっさん。いいから脱退してくれよ」
このヒーラーの腰巾着だかナイトだかの剣士も、ヒーラーに同調する。
「わかった、そこまで言うなら出ていこう」
俺はそう言って踵を返しダンジョンの出口へ向かう。
彼らに背を向けたところで、不意に背中に衝撃が走る。
「すぐ消えてよ!!」
そう叫びながら、ヒステリック女が俺を突き飛ばしたのだ。
体勢を崩し、数歩よろけた先でカチリとした感触が足に伝わる。体が無重力に包まれる。
「トラップだ、おっさんが落ちちまうぞ」
「草」
「えっ、私は悪くないわ」
上では俺の殺しについて、醜い罪のなすりつけ合いをしている。
あ、俺死んだわ。
死を目前にして、走馬灯のように今までの人生が頭をよぎる。
二十代まではバリバリの魔術師だった俺も年齢による魔力量の低下には勝てず、今ではこんな若造にいいように言われる始末だ。
魔術師は魔力量が命であり、どんなに優れたスキルを持っていても、そのスキルを発動できるだけの魔力量がなければ宝の持ち腐れだ。
俺の場合は火力は出るが手数が圧倒的に少ない。
ダンジョン攻略の序盤で貴重な魔力を使ってスライムごときを焼殺することを強いられた俺には、自分の自重を支える風魔法も、体重を軽くする重力魔法も使う魔力は残っていない。
下を見ると落下先はなんとなくだが水面に見える。
「たしか、水って高いところから飛び込むと地面くらい硬いんだよなぁ」
このままでは、水に打ち付けられて死ぬ。
まだ死ぬのは嫌だ。今日食べようと楽しみに取っておいたデザートを食べて無いのに!
俺は魔術師としての最後の力を振り絞って自分に魔法をかける。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
残された最後の魔力を振り絞る。
その刹那、俺の体は光に包まれる。
…………クルッ
どうやら成功だ。俺の体は水平から、足を下側に向けるよう垂直に方向転換する。
次の瞬間、大きな水しぶきを上げて、落下の勢いのまま水中深くまで体が沈んでいった。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
痛みを感じるということは、内臓破裂からの即死とかの最悪の事態は防げたようだ。
でも俺泳げないんだよなぁ。結局、俺死ぬじゃん。
そんなことを思っていると、湖の最深部までたどり着いてしまったらしい。
「水の中で目を開けられない……」
酸素がどんどん体から失われていく。俺は若干パニックになりながら、手足をバタつかせながら必死にもがく。
すると、なにやら硬いものに手が触れる感触を感じた。
俺はびっくりしてその硬いものを突き飛ばすと、蓋が開いたような感触を感じた。
…………ピロリロリン♪
何か音が聞こえたと思ったら、水がどんどん引いていく。
「助かった・・・のか?」
俺は息を整えながら、辺りを観察する。
俺が開けたらしい宝箱がすぐ側に転がっていた。
「魔法スクロールか?」
スクロールとは魔術が収められた巻物のことで、使用者の魔力を流し込むことで効果が発動される。大抵の場合は、使用は一回のみとなっている。
「これは…… ステータスリセット? 初めて見たな」
どうやらこのスクロールは、使用者が今までに振った各種ステータスをリセットできるものらしい。
これさえあれば、魔術師としてのステータスを近接職や支援職に振り直すことができる。
もう魔術師としては旬の過ぎている俺も、新たな職として再出発できるかもしれない。
「とりあえず宿に戻るか」
今日は色々あったのでもう疲れてしまった。自分の身の振り方は休んだあとゆっくり決めよう。
そう思い、俺はダンジョンをあとにすることにした。
翌朝、宿のベットの上で改めて昨日拾ったスクロールの説明を読む。
どうやらこのスクロールは、成人の儀、つまり十八歳の時点までステータスを戻し、現在のステータスポイントとの差分を、改めて振り直すことができるらしい。
しかも、今まで覚えたスキルはそのままにできるというおまけ付きだ。
つまり、俺が魔術師として習得し、扱える魔法の数々はそのまま保持した状態で、他のスキルを取得できる余力が生まれるわけだ。
「もしかして、剣士と魔術師を組み合わせて魔法剣士になれるんじゃないか?」
少しだけテンションが上がる。剣を振りながら魔法を撃つとかかっこいいし、また、更なる魔力量の低下が起きても剣士として生きていける。
まあ、魔力量は変わらないから、ステータスを戻しても魔法を連発できるようになるわけじゃないが、魔法習得のために費やした能力を有効利用できれば今よりはマシだろう。
よし決定だ。魔法剣士として新たに生きていくことを決意した俺は、早速スクロールに魔力を流し込む。
ステータスウィンドウが目の前に浮かぶ。
『ステータスを振り直してください』
剣士としては、回避、力、体力あたりが必要だな。
「よし、回避をポチポチっと」
とりあえず回避にはステータスポイントの二割程度を振ることに決めた。
「つぎは、力かなっと」
ポチポチポチポチ
「ん?」
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチ
「んん??」
ポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポチポ
「うぉおおおおい!!!」
力以外にも体力やその他のステータスにポイントを振ろうと試みるが一向に、回避以外のステータスが上がる様子がない。
「こいつ、壊れてやがるのか?」
長い間湖の底にあったので、何らかの不具合が発生しているのかもしれない。
どうにかして解決策を模索するが、俺の知識じゃどうにもならないことだけがわかった。
「いつも俺の人生はこんな感じだな」
昔から俺の人生はうまくいった試しがない。良かれと思って行動した事がすぐ裏目に出てしまうのだ。
「もういいや、オラオラオラオラオラオラ」
やけになって残りのステータスポイントを回避に極振りする。
出来上がったのは、逃げ足が早いだけのただのおっさん。いや、そこそこ魔法も使える足早おじさんか。
魔法を連発できるほどの魔力量もないし、威力だってそれなりに下がってしまった。
どうやってこれから生きていこう。こんなステータスとスキルセットでは、生きていく日銭を稼ぐのだって難しいだろう。
暗澹たる気持ちで自分のスキルセットを眺めていると、見慣れないスキルが目に入る。
『あたらない』
ん? なんだこのスキルは。
俺はスキルの説明欄の小窓に目を落とす。
『このスキルを使うとあらゆるものが「あたらない」。その指摘もあたらない。このスキルを使用するのに魔力が必要との指摘はあたらない』
どういう意味だ?
あらゆるものがあたらないは、敵の攻撃を回避できるという意味だろうが、『その指摘はあたらない』は意味が皆目検討もつかない。
なにより、『このスキルを使用するのに魔力が必要との指摘はあたらない』とは全く意味不明だ。なぜこんなに持って回った言い方をするのだろうか?
よく分からないけど、まあいいや。
自身の得られたステータスポイントを回避に極振りしたらスキル「あたらない」を会得したようです。
使用方法はまだわかりません!
「その指摘はあたらない。その指摘もあたらない」
俺はスキルの説明を脳内で反芻しながら、手近な狩場に向かう。
日銭を稼ぎがてら「あたらない」を試しに来たのだ。
「その指摘はあたらない。その指摘もあたらない」
何度読んでも意味不明だ。
でもまあ、あらゆるものがあたらないなら、魔物から攻撃を受けて怪我をすることも、死ぬこともないだろう。
このスキルを百パーセント信用した訳では無いので、初心者御用達の雑魚魔物狩りクエストを受注するあたり、リスクマネジメントがしっかりしてるなと自画自賛する。
「おっ、雑魚魔物見っけ」
「あたらない」
「あたらない」
試しにあたらないと馬鹿みたいに連呼してみると、確かに攻撃はあたらない。まじかよ、俺、無敵じゃん。
このスキルで攻撃を避けている間に愛用の杖で殴りとどめを刺す。
この雑魚魔物は弱いくせに倒せばそこそこ金になるから、あらゆる冒険者に人気だ。
こんな魔物程度にギルドが出す報奨金は、良い意味でリスクに見合っていない。
ローリスクミドルリターンの典型的な例だ。
まあ、新人育成の意味で国から補助金がじゃぶじゃぶ投入されているから、コスパ最強な訳だけど。
恥も外聞もある冒険者なら、この手の依頼は初心者へ譲るものとされているが、自己責任論が蔓延るこの世の中、綺麗事だけじゃ生きていけないんだよなぁ。
そんなこんなで、コスパ最強雑魚狩りに勤しんでいると、後ろから不愉快なダミ声が聞こえてきた。
「おいおっさん、その狩場は俺らの縄張りだ。今まで狩っていた時間分の金をよこせ」
「いや、この狩場がお前らの縄張りだと言う指摘はあたらないだろ」
思わず口癖となってしまった「その指摘はあたらない」が漏れ出てしまった。こんな事言ったら、激怒されるかなぁと、恐る恐る相手を上目遣いで見上げる。
「……お、おう。そういえばそうだな。」
そう言うと、見た目ゴリラの冒険者たちはすごすごと退散していった。
「いきなり絡んできた割には、あっさり引き下がったな」
諍いにならなかったのはありがたいが、正直気持ちが悪い。
随分物分りが良かったが、これもスキルの力か?
いや、そんなわけ無いか。
若干謎は深まったが、スキルの試し打ちはできたので、一旦街へ帰ることにするか。昼飯でも食いに行こう。
雑魚魔物の討伐部位をギルドに納品した俺は、馴染みの定食屋で食事を取ることにした。
「日替わり定食一つ」
「おっ、おっちゃん今日は顔色がいいね。はいよ、日替わり定食一つ」
そう言って俺に定食を差し出してくれたのは、この定食屋の看板娘だ。
「ここの魚の煮付けうまいんだよなあ。昼から酒も飲んでしまいたいなぁ」
相槌をうってくれる人もいないけどそんなセリフを独り言ちる。
「うんうん、お昼から飲むお酒は格別ですよね~」
おっ、こっちにも酒クズが居たかと視線を向けると、そこにはギルドの受付嬢ユーリーがいた。
ユーリーは緑の事務服をたなびかせながら、手に持っていた定食を丸テーブルに滑らせる。暗めの茶髪、スッキリしたショートヘアを揺らしながら本人も俺の向かいの椅子へ飛び乗った。
「こんにちはカーンさん、なんだか今日はお酒日和ですね。ビールを一杯ごちそうしてくれても良いんですよ?」
カーンさん、か。久しぶりに名前で呼ばれたな。いつもはおっさんとしか呼ばれていないから、自分の名前を忘れるところだった。
「いやいや、いつでもユーリーさんはお酒日和じゃないですか。まだ仕事が残ってるんだか
ら飲んじゃだめですよ」
なんだかんだ言ってこの初手タカリ受付嬢との付き合いは短くない。外で会えば軽口を叩きあうくらいの仲にはなっている。
ユーリーのタカリを躱しながら食事をしていると次第に店内が騒がしくなる。
最初はあまり気にせずに食事を続けていたが、周囲の喧騒はとどまるところを知らない。
流石に気になって内容に耳をそばだてていると、最悪の情報が耳に入ってきた。
「オークの大群がこの街に向かってきているらしい。斥候からの報告によると最低でも百匹はいるらしい」
冒険者風の若者はどこから仕入れたのかわからない情報をしきりに喧伝している。
この若者以外も同じような話をしているから、概ね正しい情報なのだろう。
「みなさん、私はギルド受付のユーリーです。もうご存知の方がほとんどだと思いますが、オークの大群がこの街に向かっています」
ユーリは突然その場に立ち上がると、魔道具か何かを見ながら定食屋に居る冒険者へ向けて言葉を放つ。
多分ギルドからの緊急連絡か何かを受け、一人でも多くの冒険者をオーク防衛に向かわせたいのだろう。
「つきましては、ギルドから緊急事態宣言を発令いたします。冒険者の皆様はオーク討伐にご協力をお願いいたします。もちろん、この宣言には強制力も拒否時の罰則もありません。しかし、皆様の絆があればオークに打ち勝てると私は信じてます」
ユーリーの説得に心を打たれたのか冒険者たちはオークを退治すべく、集合地点へ向かっている。
今の俺は、ステータスリセットのせいで魔法火力もないし、スキルがあっても役に立たない。しかし、冒険者として逃げるわけにはいかない。俺もオーク討伐に向かう。
他の冒険者の流れに沿って集合地点の方へ歩みを進めると、急にユーリーが俺の手を掴む。
「カーンさん、どこへ行くんですか」
「俺もオーク討伐へ向かう」
「魔力もほとんど無いのに無茶です! カーンさんは、私と一緒にギルドでサポートを手伝ってください」
たしかに、魔力もほとんど無いので俺が行ってもほとんど力になれないかもしれない。ユーリーの言う通り後方支援や住民を守りながら避難誘導をしたほうがいいのかもな。
魔力の減少さえなければ……俺だって……何でもいい力が欲しい。
……はっ!?もしかしてユーリーの今の言葉に「あたらない」が使えるのでは?
さっきも「あたらない」って言ったらゴリラを追い払うことができた。
どんな力でもいい、もう一度力を貸してくれ「あたらない」。俺は祈るようにいつもの言葉を詠唱した。
「いや、魔力量がないという指摘はあたらない」
詠唱が終わると、体に力がみなぎってくるのを実感する。
魔力量を確認する様に体の内側に意識を向け集中すると、今までとは比べ物にならないほどの大量の魔力が体中を巡っていることが感じられた。
この魔力量は二十代のころの全盛期にも匹敵するだろう。これなら十分オーク討伐に参加できる。
「ユーリーさん、実は俺、魔力量は減っていないんです」
そんな訳ないんだが、突然魔力量が戻ったと言うよりはまだマシな言い訳だろう。
「は? そんな訳ないじゃないですか。いいからギルドに向かいますよ」
ユーリーは俺の戯言を全く相手にしていなかった。まあ、当然か。
「じゃあ、これで信じてくれますか?」
俺はそう言って風魔法で自分の体を浮かせた。そして余裕の表情のまま、ついでと言わんばかりに周りの冒険者にバフを撒くのだった。
「な、何をやっているんですか。風魔法と支援魔法の多重詠唱なんて魔力がいくらあっても足りませんよ」
ユーリーは目を丸くしながら叫ぶ。
「そんなことができる魔術師なんて、宮廷魔術師くらいしか……」
宮廷魔術師か、だいぶ昔にそんな事をしていた時期もあったっけな。今となっては遠い思い出だ。
「これで今の俺の実力は示せたと思う。俺もオーク退治に参加しても構わないだろう?」
宙に浮きながらユーリーに尋ねると、ユーリーよりも先に周りの冒険者達が声をあげる。
「あの頃のカーンが戻ってきたぞ」
「カーンさえいれば、オークの大群にも勝てるかもしれない」
「カーンさん、只者じゃなかったんですね」
冒険者たちは口々に俺への称賛の言葉を口にする。いままでは、おっさん、おっさんと呼んでいたのにえらい変わりようだ。
「カーンさん……」
ユーリーは心配と期待が入り混じった様な目でこちらを見つめていた。
俺は地面に降り立ち、颯爽と定食屋ののれんをくぐり出た。
「あ、会計忘れてた」
小声でつぶやいたが、俺の後ろに続く冒険者達には聞こえなかったようだ。
門を抜けると、一足先に配置についていた兵士と冒険者達が隊列を組んでいた。
辺りを見回し、指揮官らしき人物を見つける。
「我々は緊急事態宣言を聞いて来たんだが、状況は?」
「ああ、オークの数はざっと二百匹、いや、それ以上か。後十分ほどで要撃の予定だ。お前たちは左翼を担当してくれ」
指揮官は俺たち冒険者を一瞥すると、戦闘に関する指示を口早に出した。
「お前カーンか? 魔法がほとんど使えなくなったと聞いていたが、戦えるのか?」
指揮官はどうやら俺の事を知っているらしい。俺は今一覚えてないが、適当に話を合わせておく。
「ああ、この通り魔法の使用は問題ない」
さっき定食屋でやったように、浮きながら周りに支援魔法をばら撒く。
「本当に問題ないようだな。この調子で、お前には支援魔法を担当してもらいたい」
「了解した。だが、余裕があればオークを屠ってしまっても問題ないだろ」
魔法を使える喜びからか、いつもの俺なら言わないような言葉が出てしまう。
「敵を倒してくれるのならばありがたい。期待させてもらおう」
指揮官との打ち合わせが終わると、オークはもう目前に迫っていた。
俺は、再び周りの冒険者にバフをかける。俺のバフを受けて淡い光を帯びた兵士たちを中心とした本隊は、正面からくるオークの大群にぶつかっていく。後ろから見ていても、ものすごい乱戦状態だ。
俺は適当に、回復魔法やデバフ等の支援魔法を使い続ける。
「そろそろ頃合いか」
俺たちは若干の劣勢に立たされている。いくら魔術師とはいえ、このまま安全な後方でのうのうと魔法だけを唱えている訳にはいかない。
俺は風魔法を使いオークの大群に飛び込む。
「あたらない」
俺には最強のスキルが有る。
「あたらない」
これを唱えてさえいれば、絶対に死なないのだ。
「カーンさんがオークの大群に突っ込んでいきましたっ」
「何っ? 一体何を考えているんだ。一瞬でやられるぞ」
魔術師が単身で敵に突っ込むなんて常識では考えられない。その証拠に、冒険者たちは奇異の目をこちらに向けている。
「何やってんだ。カーン、死ぬぞ!」
顔見知りが俺に警告してくる。
「まあ、俺には攻撃があたらないんで大丈夫です」
一瞬こいつ何言ってんだみたいな目で見られたが、俺が攻撃を回避している様をみて、一応納得してくれたみたいだ。
「ま、まあ、死ぬなよ。魔術師は支援魔法をかけてくれるだけでもありがたいんだからな」
「わかった」
すれ違いざまに支援魔法を重ね掛けすると、俺は更に奥に突き進む。
近いオークは杖で殴り、少し距離の離れているオークには炎魔法で攻撃する。
かれこれ十匹は倒しただろうか。本隊の成果と合わせると、オークは当初の半分程度に減っていた。
「このまま行けば勝てそうだな」
俺の支援魔法のおかげかこちらの損耗はほぼゼロ。死者はおらず軽症の者がちらほらいるだけだ。
この状況に少し緩んだ空気が流れていると、突然叫び声が上がった。
「ジェネラルオークだぁぁぁぁぁ」
途端に冒険者たちは深い絶望の底に落とされた。
ジェネラルオークは文字通り一騎当千。討伐には千人の兵士が必要と言われている。
人間の言語を理解する知能。オークたちを纏める指揮力。そしてなにより本体の戦闘力も通常のオークとは比類しない。まさしく「ジェネラル」。通常であれば、襲われた街を放棄してでも戦闘は避けるべきとされている。
「よくもオデのナカマをオ゛オ゛オ゛オ゛」
ジェネラルオークは手持ちの斧で兵士達を薙ぎ払う。恐怖で身が竦み動けなかった兵士達は、上半身と下半身が今生の別れを告げた。
一瞬の出来事に我々は言葉を失った。これを好機と見たか、オークたちの反撃が始まる。
先程までの勝利ムードとは一転、厳しい防戦を強いられている。
指揮官は、全ての冒険者と兵士を一つの隊に編成し直し、ジェネラルから距離を取るように指示をするが、ジェネラルオークのプレッシャーにより思うように動けない。
悲観的な空気が場を支配する。このまま誇りを胸に全滅するか、裏切り者の烙印を押されて逃げ帰るか。どちらにしても、戦闘職としてのキャリアはここで途絶えることになる。
指揮官はこの状況に戸惑い、思考がフリーズしている。その間にも犠牲者は増える一方だ。
「そろそろ、魔物退治といきますか」
足元に力を込めてジェネラルオークの元へと駆ける。
「お、おいカーン。何やってんだ今度こそ死ぬぞ」
誰かが後ろで叫んでいる。
ジェネラルオークは俺に向かって斧を振り落とす。
「あたらない」
俺はそう唱えると、斧は自然に俺を避ける形で地面へと突き刺さる。
「ナンダお前、この斧でキリコロス」
攻撃が当たらなかった事に腹を立てたのか、まるで青筋を立てたような顔でこちらを睨み、全力で再び斧を振り下ろしてくる。
俺は再び斧を避けようとすると、オークの一匹に羽交い締めにされる。
やばい、流石に死ぬ。このままだとオークと一緒に斬り殺される。回避はあくまで回避だ、逃げられないように捕まったらどれだけ足が早くても攻撃があたらない道理はない。
いくらジェネラルオークとはいえ、部下の命を使い捨てるとは予想できなかった俺の落ち度だ。
斧が俺の体を切り裂くまでの間に、様々な反省が頭を駆け巡る。
でも、こんなところで諦めてたまるか。最後の最後まで足掻く!
すると、こんな言葉が自然に口から出た。
「いや、キリコロスとの指摘はあたらない」
すると、斧が俺の体に触れる瞬間に何か透明な壁に阻まれるように音もなく止まり、あらぬ方向へ反射し吹っ飛んでいった。
やべえ、生きてる。兵士もオークも俺の方を見つめて固まっている。ジェネラルオークも呆然とした表情を浮かべている。
せっかく拾った命だ、やるならトコトンやってやる。
「メテオフォール」
そう宣言した瞬間、兵士の間に緊張が走る。
「超級魔法のメテオフォール。しかも詠唱破棄だと!?」
「いくら魔力があればできるんだ。おっさん魔力切れでぶっ倒れるぞ!」
予想通りのリアクションに思わず口端が上がる。
「いや、魔力切れでぶっ倒れるという指摘はあたらない。みんなここから離脱しろ」
正直少し危なかった。魔法の構築中にどんどん魔力が吸われぶっ倒れるところだった。
でも、兵士のその言葉を待っていた。俺にはポーションなんかよりも効率的な魔力回復手段がある。
「無詠唱のメテオフォールは威力が落ちるぞ。そんなんでジェネラルオークは倒せないんじゃないか!?」
「威力が落ちるとの指摘はあたらない。ジェネラルオークが倒せないとの指摘もあたらない」
そうつぶやくと、俺のメテオフォールは更なる輝きを放つ。
ジェネラルオークは形勢が不利と判断するや否や、オークたちを肉壁として集結させる。
「オデのヨロイになれ」
ブラック上司に賜死を命じられたオークたちは、何の反論もせずにジェネラルオークの鎧となる。むしろ忖度して、自ら死にゆく者もいるようだ。
俺は、出来損ないの鎧と裸の王様に向けてメテオフォールを放つ。
焼け野原となった戦場を眺めながら、近くの岩に腰を落とす。
指揮官は事後処理にてんてこ舞いの様相だ。
「さっきのメテオフォールすごかったな」
「なんであんなにすごい魔法を使えるのに、おっさん、おっさんってバカにされてたんだ?」
「しかも、パーティーを追放されていたらしいな。あんなにすごいおっさんを追放するとか頭おかしいだろ」
兵士と冒険者たちは俺の話でもちきりだ。それもそうか、必敗と思われていたジェネラルオークに勝っちまったんだからな。
心地良い疲労感に身を任せていると、不快な聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「私達を騙していたのね! これからはその力は、私達の為に使いなさい!!」
「まあ、今のおっさんならパーティーに再加入させてやってもいいぞ」
「草」
それぞれが勝手なことを喚いている。勝手に追放して、勝手に再加入させるとか自分勝手にも程があるだろ。
「いや、入らねえよ。そもそも、お前ら俺を殺そうとしただろ」
「えっ、私は悪くないわ。あなたが勝手にトラップに引っかかっただけじゃない!」
俺をトラップの上に突き飛ばしたことを忘れちゃったのかな?
「まあそうだとしても、お前たちは一切俺を助けようとせずに見殺しにしたじゃないか。それにトラップに引っかかったのは、お前が俺を突き飛ばしたからだろ」
事後処理をしていたギルド職員が俺たちのやり取りを聞いており、いつの間にかパーティーメンバーは捕縛されていた。
「一方的に捕縛するのはアンフェアだ!」
「私を縛るならおっさんも縛りなさいよ」
「縄」
いつもこいつらは人の所為ばかりにしている。そのつけが回った感じだな。
犯罪者共の処分はギルドに一任して、ぶらぶらと街へと歩みを進める。
どうやら、ジェネラルオークを討伐した報奨金として、それなりの大金が貰えるらしい。
このお金を基に田舎の土地でも買ってスローライフを満喫しようかな。そんな人生設計を進めているとユーリーが目の前に現れた。
「無茶ばっかりして、でも生きててよかったです」
「ああ、心配かけて悪かったな」
「本当です。でもビールを一杯ごちそうしてくれたら許してあげます」
俺とユーリーは、そのまま定食屋へと向かうのだった。