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王立魔法学院に入学しました。破滅フラグを回避しつつ、勉強に、友情に、課外活動に、全力投球する所存です!! part2

第8章 学院にハーブ園を作ろう! と計画したのですが、なぜか温室まである植物園になりました

 

 翌日、文官養成科ではすぐに授業が始まった。授業科目が多岐にわたることと、卒業後は即戦力として文官として宮殿に仕える者が大半なので、生半可な知識では使い物にならないからだ。

 講師陣も一流揃いで、そのレベルの高さには正直驚いた。

 兄は、いったいどうやってこの難関コースを一年で終了したのか、驚くばかりだ。

 

 なんとかその日の授業を終え、私とカーリー、そしてもう一人の文官養成科の女生徒メントライン子爵令嬢のレイチェルもいっしょに、イチヤクを探しに礼拝堂の脇の花壇に向かった。


 レイチェルには教室に入ってすぐに声をかけた。私は、なんとか仲良くなりたいとかなり気合を入れていたけれど、レイチェルはある意味とても付き合いやすいご令嬢だった。

 文官養成科を選択したのは傾きかけている子爵家の経済を立て直すため。それに役立つことならなんでもするという割り切った考えの持ち主で、宰相を父に持つ公爵令嬢の私も、文官養成科の試験を一番でパスしたカーリーも、彼女の基準だと、同じレベルで有益な人材らしい。

 

 レイチェルは、ハーブを生活嗜好品や薬として活用するという考えに、とても興味を示してくれた。

 地方のこれといった特産品のない彼女の領地に新しい産業を興すきっかけになるかもしれないと、ピンっときたそうだ。

 私にとってもこれはそう悪い話ではない。

 屋敷のハーブ園だけでは需要に追いつけず、王都近隣に公爵家が新しく手に入れた土地での栽培に踏み切ったがそれでもまだ足りず、これ以上商売の規模を広げるのは難しくなってきている。

 そろそろ、母の商会だけで独占するのではなく信頼のおける領地でまずはハーブを栽培してもらい、その取引実績を見て、徐々にハーブ関連商品の製法自体を販売していくのもいいのではと、兄とも話していた。

 

 メントライン子爵は第三王子のバラード殿下を推す派閥に属している。フィリップ王子の派閥は論外として、ある意味、王位継承権を放棄したアデル殿下を無理やり担ぎ出そうとしている貴族連中よりずっとまともな考えの持ち主だといえる。

 

 私のクラスメイトへの兄の念入りな事前調査でも、領主やその周辺の親族にも面倒な者はいないらしい。 

 メントライン子爵の領地の問題と言えば、領地にお金を生み出すものが何もないということだろう。

 ハーブが領地の特産品となればその問題も小さくはなるはず。


 うまくいけば、今は雑草としてしか扱われていないハーブが薬や美容関連商品の原材料としてだけではなく、いつかその群生自体が観光の目玉になるかもしれない。前世でのプロヴァンスや富良野のように。

 

 ということで、私たち三人は、揃って花壇で座り込み、顔を並べている。

「エリーゼ様、これです」

 確かに、これには見覚えがある。


「間違いないわね、これは一薬草、イチヤクね」

「やっぱり。ではこれを修道院のお庭に植え替えることができれば、修道院での問題も解決しますね」


「それはわからないわね。向こうでなぜイチヤクが育たなくなったのか、その理由を調べないと」

「あ、そうでした。せっかく植え替えてもまた枯れてしまったら意味がないですものね」

「本当は直接、修道院に出向いて、土の状態や他のハーブの育ち具合なんかを私たちが調べられたらいいんだけど」

「しばらくは学院から出られませんからね」とレイチェル。

 

 外出許可が出るのは半年後だ。

 それまではよほどのことがない限り、新入生は学院の敷地を出られない。学院での生活に慣れるためらしいが、意味があるのかないのか。高位貴族はお付きの者が学院と屋敷とを行き来しているし、親族が訪ねてくれば学院も面会は許可している。


「でも、半年たてば直接出向くこともできるから、今は、ここで私たちにできることをしましょう」

「ここでできること、ですか?」

「まず学院のどこかに私たちのハーブ園を作るのよ。そして、このイチヤクや、他のハーブも育てるの。レイチェルの領地経営のヒントになるような、お菓子や飲み物に合うもの、薬に向いているものをね」

「学院にハーブ園ですか?」

「そう大きくなくてもいいのよ。あちらこちらにある花壇のようなもので。うまく学院に馴染めば、少しずつ増やせばいいのだから」


「でしたら、学院長の許可が必要ですね」

「そうね。そのためには申請書を書かなくては」

「推薦人もいた方がいいですね」

 

 まず私たちは、私の部屋でお茶とお菓子を楽しむことにする。その価値を知ってこそ、育てる楽しみも見いだせるというものだ。

 レイチェルは、お茶とお菓子に目を丸くする。

「おいしい!! これは、凄いです。もしかして、フロール商会のものですか?」

 

 さすがに子爵令嬢であるレイチェルは、出回っているハーブ関連の商品の知識があるようだ。ただ味付けや香りに使われているものが雑草と言われているハーブだとは知らなかったという。

 まあそうだろう。母も、ハーブの名前を商品に直接つけたりはしていないからね。それでは価値が下がると言って。私としては不本意だけど。そういうのは時間をかけるしかないと思っている。


「フロール商会は私の母が立ち上げたものなんだけど、これは私の手作りだから、製法はほぼ同じだけれど、味は私好みになっているのよ。だからまったく同じというわけではないわね」

 カーリーとレイチェルの手が止まる。


「まあ。そんな大切なことを私たちにお話しされても大丈夫なんですか?」

「かまわないわ。王都の貴族社会ではそろそろ秘密でもなくなってきているから。それに、あなたたちはお友だちだもの。悪意をもって情報を広げたりしないでしょう?」

 二人は揃ってうなづく。

 

 ミラが頃合いを見て、テーブルをきれいに片づけてくれる。

「えっと、申請書の書き方って、ご存知?」

 自慢じゃないが、私は書いたことがない。そういうものは、いつも兄がちゃっちゃっとやってしまうので。

「奨学生が文房具を申請する時に書いたものなら、写しを持っています」とカーリーが、カバンから一枚の紙を出す。

「これを参考に申請書を書けばいいわね」

「申請するのは、ハーブ園にしますか? それとも花壇で?」

 レイチェルがペンを持つ。

「そこはハーブ園じゃない? 花壇ならもう学院中にいっぱいあるもの」

「でも、ハーブは雑草というイメージが強いので認可されないかもしれませんよ」

 カーリーが言う。


「それなら、先ほどいただいた、ハーブを利用したお茶やクッキーをいっしょに提出するというのは?」

「レイチェル、それはとってもいい案よ」

 カーリーもうなづいている。


「申請者は、エリーゼ様のお名前でいいですよね? こんな言い方はお嫌いかもしれませんが、公爵家のお名前があるほうが申請に箔が付くかと思います」

 私は頭をふる。

「利用できるものは利用する、レイチェルのその考え方は嫌いじゃないわ。でも、最初の一歩でそれをやったら、文官養成科の生徒として持つべき矜持を捨てることにならないかな?」


「文官養成科の矜持ですか?」

「厳しい選別試験を乗り越えこの科を志望して入学してくる者はみな、身分の差など関係なくこの国を少しでもよくするために多岐多様で高度な学問を学ぶ。それができるという誇り、これが文官養成科の矜持だと私は思っているの」

「それは、でも、理想です」


「それを理想だと笑う人がどれほど多くても、少なくとも私たち文官養成科の仲間は、理想を追い求める人でなければならないと、私は思うの」

 レイチェルは少しの間、考え込む。


「申請者は、三人の連名にすればいいでしょう? 三人がそれぞれに自分たちの能力を出し合って支え合ってやっていく、そのための最初の一歩がこの申請書なんだから」

 カーリーはすぐに賛成してくれ、レイチェルもなんとかうなづいてくれた。どうやら、レイチェルは、後からこの話に加わった自分が申請者に名を連ねることにも遠慮があったらしい。

「推薦者は、お兄様に頼みましょう」

 マテウス様なら間違いないですね、と二人は賛成してくれた。


 申請書はすんなり通った。

 頼んだわけではないが推薦者にアデル殿下まで連なれば、許可が下りないほうがおかしい。

 結局、私たちの矜持はアデル殿下の権威の前にかすんでしまった気もするが、それよりもずっと問題なのは、ハーブ園の予定地が私たちの想定していた女子寮脇の小さな空き地から、魔法省の敷地との境界にある広大な魔法練習場跡になったことだ。

 

 アデル殿下の横やりに王妃様の悪乗りがあったとかなかったとか。

 

 だがしかし、土地があっても、たった3人でできることはしれている。そこで、文官養成科のみんなにも、協力してもらえないか授業の前に相談してみた。

 すぐに面白そうだと手を上げてくれたのは5名だった。

 その中の一人、アルベルトは、シュミット辺境伯の長男でもあった。つまり、攻略キャラの一人、やがて学院一の剣の使い手となるレイナードの双子の兄にあたる。

 兄弟仲は悪くないらしい。

 ただ辺境伯を継ぐには、剣の才能に恵まれた弟の方がいいと誰もが思っているのに、弟のレイナードだけが兄が家を継ぐべきだと思っているという。

 それもあり、アルベルトが卒業後は魔法省への入省を希望していることで距離ができているらしい。

 確かに国境を守る軍事中心の辺境伯に、優れた剣の使い手であるレイナードを推したい気持ちはよくわかる。ただ、アルベルトのように頭の切れる参謀がトップにいることにも大きな利点があると思う。


 だから、ハーブ園の手入れをしながらそんなことも話した。

「剣の力だけがすべてじゃないと私は思うわ。戦わずに勝つことが一番の理想でしょう? 勝っても負けても戦いはお金をバカみたいに使うし、土地を荒らしたくさんの人を傷つけ大事な命を奪うもの」

 うろ覚えだが、孫氏の兵法もそのようなことを説いていたはず。


「だけど、どうしたって戦いを避けることはできない、そんな状況もあり得るだろう?」

「そうよね。でもそんな時でも、力でぶつかる前に頭を使って相手を欺いておけば戦いは楽になるんじゃない? いずれ戦いの要は情報戦になると思うな、私は」

 前世ではそうなっていたもの。情報こそが一番の武器。


「つまり、エリーゼは家を継ぐのは俺がいいって言ってくれてるわけ?」

「そうは言ってないわ。だって私はアルベルトとも友人になったばかりだし、レイナードのことは強い剣士だということ以外何も知らないもの。もしかしたら、レイナードは剣の才に恵まれた上に、アルベルトを凌ぐ頭脳の持ち主かもしれないじゃない」

「そりゃあそうだね」

 アルベルトが笑う。


「どちらが跡を継ぐかは、もっと時間をかけて考えればいいと思う。どちらがより、領民を、この国の国民を笑顔にできるのか、それがわかれば答えが出るんじゃない」

 人を笑顔にできるかどうか、それが決め手か、とアルベルトがつぶやく。

「でもね、もしアルベルトが、本気で辺境伯という立場より魔法省での研究に魅力を感じるのなら、無理に跡を継ぐ必要はないと思うわ。あっちの方が剣が上手いから、こっちはおとなしく研究でもしておくよ、とかじゃないならね」

「エリーゼ、君はすごいよ。ある種の天才だね」

 うん?


「人の心をザックリえぐって、痛みをさほど与えないという意味でね」

 あらま。攻略キャラの兄とせっかく親しくなれたのに、どうやら私は兄の心をえぐっただけらしい。

 

 けれど、そのアルベルトが他のクラスメイトたちを少しずつ口説いてくれたようで、二か月もすれば、文官養成科のみんなが協力してくれるようになった。

 もちろんヴェルデのサポートもあり、私たちのハーブ園はその姿を整えていく。

 

 やがて、その奥に、乾燥地帯に育ついわゆるサボテンやそれ以外の多肉植物のエリア、熱帯植物や高山植物のエリア、各領地の特有植物を集めたエリアなどが次々とできていき、それを取り巻くようにできた遊歩道にはバラやスズラン、ジャスミンなど香りのいい花々が植えられた。その後も、代々の文官養成科の生徒と魔法省に新しくできた魔法薬研究科の職員の手で大切に管理維持されたそこは、『ヴェルデ植物園』として、国内外にその名を轟かすようになる。

 けれど、それはもう少し後の話。

 

 最初に私たちが手をつけたハーブ園の一画には、私が育て慣れているラベンダー、ローズマリー、ミント、レモングラス、タイム、などを植えた。


 そしてヴェルデのアドバイスで、可憐な花で見た目にも美しいセンテッドゼラニウムやカモミールも植える。どれも、香りがよく、飲み物やお菓子。お料理に利用できるので、文官養成科では、ランチタイムや放課後にハーブティーやハーブクッキーを、休日には、ハーブ料理を作って楽しんだ。

 それがやがて文官養成科全員の協力を得るのに一役買い、結束を固めるいい機会になった。


「おいしい!!」は誰にだって正義だし、「おいしい笑顔」は信頼の素になる。


 けれど、ハーブの薬理効果については、まだ、私とカーリーとレイチェル、そしてアルベルトだけの秘密だ。

 もっともっと信頼を深めないと、魔法絶対主義の世界で育った人間に、雑草扱いのハーブが、魔法を補助する、あるいは強化することも可能だということを理解してもらうのは難しいからだ。

 

 そこで、私たちは、薬理効果が高いと思われる私一押しのアロエベラと、カーリーのおすすめイチヤクを皆がお世話してくれている場所からは少し離れた目立たない場所に植えることにした。


 アロエベラは、ミラに頼んで屋敷から運んでもらい、イチヤクは例の花壇から植え替えた。アロエベラを初めて見たカーリーとレイチェルは、兄のマテウスと同じく、魔物!?と叫んで尻もちをついていた。

 さすが辺境伯の長男といえばいいのか、アルベルトだけは、二歩ほど後ろに下がっただけだったけれど。


 でも私が特製アロエエーグルトをごちそうすると、全員がその食感の面白さを気に入り、しばらく続けることで整腸効果に納得してくれた。


 それ以外にも女子はアロエ化粧水の美肌効果、アロエクリームの保湿効果には目を丸くし、アルベルトはその薬理効果の高さについて私がまとめたレポートを激賞してくれた。


 次はイチヤクだ。

 前世ではも、一薬草はもちろん薬草として認識されていたが、万病に効くというほどの効果はなかったと思う。

 しかし、この世界ではわからない。他のハーブもアロエベラも、前世の何倍も効果が高い。兄によれば、魔素が多い土に育つものほど薬理効果が高いのでは? ということなので、それを検証するためにも、4つに区切ったエリアの土に、ヴェルデの力を借り魔素の強さを大中小、そしてまったく魔素のない土も用意し、イチヤクを植えてみる。

 一薬草についての私の知識は限られている。ある程度の抗菌効果、利尿効果があることと、汁液が切り傷や毒虫のかみ痕に効く、などだ。

 そこでまずは、わかりやすい切り傷やすり傷に効果があるかどうかを調べてみることになった。


「騎士科にお知り合いはありませんか?」

 レイチェルに尋ねられたが、まったくありません、と正直に答えるしかない。

 社交活動をもう少し積極的にしておくべきだったと思うが、いまさらだ。

 

 ともあれ、騎士科の学生なら、ちょっとした切り傷は毎日のようにつけているだろうからいい実験台になると、彼らに目をつけたレイチェルは素晴らしい。


「アルベルト、騎士科の弟さんに頼んでもらえないかしら?」

「頼んではみるけど、協力してくれるかどうかはわからないな。最近、魔法科の聖なる光魔法を使う子と知り合ったらしく、薬に興味を示すとは思えないんだよね」

 

 マリアンヌとレイナードは、もう知り合いになったのか。

 当たり前といえば当たり前だ。

 マリアンヌは、入学式から一か月ですべての攻略キャラと知り合うはずだから。

 兄もアデル殿下も、すでに顔見知りにはなっている。

 兄は、ほぼシナリオどおりに、廊下の角でぶつかりそうになったらしい。ただ、ゲームでは兄が抱えていた資料を落としそれをいっしょに拾うことで仲良くなるのだが、偶然なのかわざとなのか、居合わせたアマリージョがサクッと風で寄せ集めてしまい、兄は会釈だけしてすぐに立ち去ったと聞いている。


 アデル殿下は、図書館の貸し出し禁止本をうっかり持ってきてしまった彼女と司書がもめている場面に遭遇したそうだ。

 ゲームでは、殿下がうまく仲裁しお礼の手作りクッキーをもらうことで仲が深まるのだが、どうやら殿下は仲裁はしたが、お礼のクッキーは受け取らず、それは迷惑をかけた司書に渡すのが道理だと諭したとか。 


 でもきっと、そんな道理とかではなく、いつものように、ポケットに兄からくすねたハーブクッキーがあったからではないのか、と私は思っている。


 マリアンヌもマリアンヌで、「そういえばそうですね、ご忠告ありがとうございます」とあっさり立ち去ったとか。

 

 フィリップ殿下とは、ゲームと同じように順調に仲良くなっている、とアマリージョに聞いている。

 二人で中庭でいっしょに仲良く手作りのお弁当を食べていたとか、交換日記をしているようだとか、私にわざわざ教えてくれるご令嬢も多い。


 私も一度、校舎の窓から仲睦まじい二人を見かけたことがある。

 正直、容姿端麗なフィリップ殿下と可憐なマリアンヌ嬢はとてもお似合いだ。

 見るだけで目の保養になる。

 このまま順調に愛を育んでくれたら、それならそれが一番だ。フィリップ殿下のデータが私の陣営には一番多いのだから、対処の方法がたてやすい。

 

 残るは天才魔法師で財務大臣の三男のオスカーだが、彼はマリアンヌと同じ魔法科なので、もちろんすでに二人は出会っている。

 けれど、まださほど交流はないようだ、とアマリージョが悪い笑顔で言っていた。どうやら、フィリップ殿下とマリアンナの仲睦まじい噂を、盛って盛って、風に乗せオスカーに運んだらしい。

 それが功を奏したのか、オスカーは、フィリップ殿下に遠慮してマリアンヌから少し距離を置いているらしい。

 けれど、マリアンヌに悪い印象は持っていないようなので、今後の発展はあるかもしれない。

 問題は彼女がその中の誰をロックオンするかということだ。ロックオンした瞬間に、次の破滅フラグが立つのだから。

 

 それはともかく、騎士科に知り合いがいないか文官養成科の他の男子たちにも聞いてみたが、返事は芳しくはない。

 同郷の知人程度はいるにはいるが、ものを頼める中ではないと皆渋い顔をする。

 どうやら、文官養成科と騎士科には目には見えない大きな溝があるようだ。

 まあ、それを言うなら魔法科との間にはさらに深い溝があり、なんとか交流があるのが芸術科ぐらいのものだ。


 どうしたものか、とハーブ園に設置したばかりのベンチで話し合っていたら、ふいに声をかけてきたのがアデル殿下だ。

「傷が絶えないのは騎士科だけじゃないよ。むしろ、騎士科は魔法科の子たちの回復魔法の練習台になるから、それほど困っていない」

「そう言われれば」

「でもね、芸術科の生徒はみんなちょっとした傷やマメを、いつも我慢しているよ」

 

 アデル殿下のように楽器を弾くものはマメができやすいし、彫金や彫刻を専門にする生徒は切り傷がたえないそうだ。

「芸術科なら、従姉妹がいるわ。殿下と同じリュートを演奏しますの」

 レイチェルが笑みをこぼす。


「ジュリエッタ嬢だね。彼女はとても練習熱心だと聞いている。きっといい演奏者になるよ」

 さすがアデル殿下。兄と同じように、学院の誰の身元もちゃんと把握しているようだ。あれは、女子だけだ、と兄は言っていたけれど。


「本当ですか。喜びますわ、殿下の演奏にとてもあこがれていますから」

「それならジュリエッタに彫刻を専攻している生徒を紹介してもらいましょう。切り傷やすり傷が一番、薬理効果が確かめやすいですから」


「ではさっそく行こう」

 アデル殿下?

「私がいっしょに行った方がぜったい話が早いと思うよ?」

 そうでしょうけれど。

「図書館長のお仕事はよろしのですか?」

「まあ、適当にやっていますから問題はないですよ」

「もしかして、また兄に押し付けてこられたのですか?」

「まさか。たまたま調べ物をしていたマテウスに、ちょっとしたチェックを頼んだだけで、おしつけただなんて」

 おしつけたんですね。兄は図書館員でも司書でもないのですよ。

 

 しかし、アデル殿下の強引さに勝てる者などいるはずもなく、なぜか私たちは、アデル殿下に引率されるように、イチヤクの汁液が入った瓶を手に芸術科のエリアに移動した。

 すぐに、殿下の周りは芸術科の生徒で埋まった。本人が言うだけあって、すごい人気だ。

 レイチェルの従姉妹のジュリエッタももちろんそこにいた。興奮に染まる彼女をなんとかその輪から引きずり出し、私たちは彫刻を専攻している生徒を紹介してもらう。


 彼の名は、まさかのミケランジェロ。

「あなたは歴史に名を遺す芸術家になるわ、きっと」とつい彼に言ってしまったが、その作品を見てさらに確信をした。

 彼は、あのミケランジェロだわ‼︎ って。

 もしかしたらレオナルドやラファエロもいるのではないかと聞いてみたが、そんな奴はいないな、と怪訝な顔をされた。

 

 気を取り直して、彼の指にできたちょっとした傷に魔素のない土で育ったイチヤク液を塗る。

 痛みはマシになったらしいが、傷口に大きな変化はなかった。


 次に魔素・小のものを試す。傷口が半分ほどになる。別の傷にも試す。

 

 魔素・中のものでは傷口がほとんど見えなくなった。


 驚いたミケランジェロが別の生徒も連れてきてくれる。今度の彼の指の傷は傷口が少し大きく、化膿しているようにも見える。

「これはいつのケガなの?」と聞くと二日前のものだという。


 選んだ魔素・大の土で育てたイチヤク液は、瞬く間にその傷口の化膿を治し、どこに傷口があったかわからないほどの効果を見せた。


 彼らは大喜びで、これからも私たちの薬の実験に手をかしてくれることになった。ケガの程度で、魔素・大中小を使い分けてもらえるように頼んでおく。その結果も簡単でいいのでメモをとっておくようにお願いした。

 

 カーリーの修道院での経験によれば、イチヤクは内服薬として回復魔法の補強に役立っていたという。

 なんにでも効いたというイメージらしいが、それほど強い回復魔法が使える人がいない修道院にやってくる人たちは、比較的軽い症状の人が多く、胃痛や風邪、頭痛の症状が多かったらしい。


 しかし内服となると、その検証は、おいそれと他人には頼めない。前世では、医学の発展のために自分や家族を実験台にしたマッドな医学者は多い。


 こうなったら自分で試すしかないわね、と私に覚悟はあった。

 しかし、ヴェルデに言われて気がついた。

 私は精霊の加護を5つも受けている。そのせいで病気とは無縁だし、小さな傷も瞬く間に治ってしまう。


「マテウスに頼もう。あいつは最近頭痛に悩まされているからな」と、またまたよからぬ知恵をつけにきたのはアデル殿下だ。

 殿下に引っ張られるように、私は図書館の限定エリアに兄を訪ねる。


「でも、この学院にも魔法省にも、回復魔法が使える方はけっこういらっしゃいますよね?」

「ああ。だが、いったん回復してもすぐにまたぶり返すらしい。マテウスが言うには激務につぐ激務で回復魔法を多用しすぎて耐性がついたのでは? ということらしい」

 なるほど。前世でも、薬の常用が症状を悪化させたり効きづらくすることもあった。

 そういえば大学の選択授業でもやったわね。「鎮痛薬乱用頭痛」とか、正しい量を飲まなかった場合の「薬剤耐性菌の増殖」とかね。

 同じことがこちらでは安易な魔法の使用にいえるのかもしれない。

 

 兄には悪いが、それなら今の兄は実験台として最適ともいえる。

 兄に実験台になって欲しいと頭を下げ、イチヤクの丸薬を4種類渡す。

 兄は「この頭痛がなくなるのならそれはかまわないが、念のためプラータに来てもらって欲しい」と言う。

 プラータがいれば、薬のせいで兄の体調に悪い影響が出ても即死でないかぎり元に戻せるという、超強力な聖なる光魔法が施せるからだ。

 私も訓練は怠っていないけれど、いまだ私はプラータの足元にも及ばない。


 まずは効果の少ないと思われるものから、兄は口に入れる。

「特に変化はないな」とのこと。

 

 次のものも試す。

 ものの五分で「これはいいな。頭痛がなくなった。心なしか、胃もスッキリするぞ」と兄が笑顔になる。


 頭痛に胃痛、それはストレスですね、と私は心の中でつぶやき、アデル殿下をジト目で見る。

 面白そうなことにはすぐに顔をつっこみ、地道でつまらなそうなことはみな兄にまわす。

 この人のせいできっと兄には強いストレスが、と思わずにいられない。


「お兄様、調子がよくなったのでしたら、後のお薬は続けて飲まないほうがよいと思います。薬の効果が切れて、もしまた頭痛などにお悩みになるようなら、次はこちらを、その次にこれを試してもらえますか」と私は兄に頼んだ。

 

 一か月ほどで兄から詳細な報告書が届いた。

 結論から言えば、魔素・中程度の土で育てたものが最良だという内容だった。それを飲むと、痛みのぶり返しがまったくなく体調もすこぶるよくなったということだ。

 

 魔素を一番多く含んだ土で育てたものは効果は大きいが、副作用に問題があったとのこと。

 魔法省の同僚に飲ませたら、いわゆるハイの状態が丸一日ほど続いたらしい。


 そこを読んで、私はすぐに兄に図書館の制限エリアに来てもらうよう、アマリージョに伝言を頼む。

「これは、いったいどういうことですか?」

「これとは?」

「どうして他人様にお薬を飲ませたりしたのですか?」

「そうだね、一番の理由は彼の症状が私よりずっと重かったからだけど、ちゃんと想定できるだけの副作用の説明もしたよ。それに、服用の時にはプラータ様にも来ていただいたから。何か問題が?」

「ありますとも。私に無断でプラータを呼び出すなんて」

「エリーゼが言ったんだからね、薬を飲む時にはプラータ様に来てもらうようにと。そうでなければプラータ様が来てくださるはずもないだろう?」

 それは兄が飲むことが前提だ。しかし、言葉が足りなかったのは確かだ。


「もしかしたら、私がエリーゼの言葉を勘違いしていたのだろうか? それなら謝るよ」

 確信犯のくせに、と思うが、私がこの兄に頭脳や口で勝てるわけもない。

 もういいですよ、でも次からは事前に相談してくださいね、と念を押すしかない。 

 

 やれやれと、次にヴェルデを呼ぶ。

 魔素が含まれた土とハーブの効果について、ヴェルデの意見も聞きたかったからだ。


「魔素の高い土地で効き目の高いハーブがとれるのはあたりまえだよね?」

 あたりまえ過ぎて、私にはわざわざ伝えなかったらしい。


「でもね、魔素が多すぎると魔物が発生しやすくなるから、魔物に荒らされてハーブは育ちにくいし、そこで育つことができたハーブには別の効力が発生するんだ」

「別なとは?」

 兄が身を乗り出す。


「人を魔物化するの。まあ、かなりの量を毎日のように口にしたら、だけどね」

 私は驚いて、兄が同僚に飲ませたものと同じ丸薬をとりだしヴェルデにみてもらう。

「薬の形だとわかりにくいわね。これをつくったハーブそのものを見せて欲しいわ」

 

 そこで私たちは、アロエベラとイチヤクを育てている場所に移動する。

 ヴェルデは、じっくりとそこで育ったハーブを観察している。


「どうかな?」

「この魔素の一番多い土で育ったものでも、人を魔物化するほどの効力はないわね。ここの土は、そもそも私が、魔物が寄ってこないように加減してるしね」

 ホッとする。


「でも、これでも、長く常用すると、加護のない人間は精神がやられるかもね」

 つまり、麻薬的なもの?

「液状の塗り薬はどう? 芸術科の人に効果の高いものも渡しちゃったんだけど」

「それを飲んだり、染み込んだものを燃やしてその煙を吸わなければ、大丈夫よ」

 麻薬的なものだね、間違いない。

 念のため、魔素大で育てたイチヤクの液汁薬は撤収しないと。

 

 ほう、と兄が興味を示す。

「じゃあ、ここの魔素が多いものは全部伐採して私が引き取り管理しよう。そのうえで、ヴェルデ様のお力で、ここの土はすべて、効果の高かった中程度の魔素で満たしてもらえばどうだろうか?」

 いい実験材料が手に入りそうだと、兄が満面の笑みを浮かべている。


(犯罪者の自白を得る魔道具の補助に仕えるかもしれないと考えておられるようですよ)とアマリージョがこっそり耳打ちしてくれる。

 

 色々怖い。そんな魔道具を開発している兄も、道具なしに兄の考えを読み取り私に教えてくれるアマリージョも。

 ただ、どちらもそれを悪用しないという信頼だけはあるのでそれが気休めにはなる。


「それから、魔素のない土で育てたものはかなり弱っているわね」

 うん? 私の目にはさほど変化はない。


「アロエベラは大丈夫そうだけど、イチヤクはもうすぐ枯れるよ」

「イチヤクは魔素が少ないと育たないってことなのかしら?」

「そうよ、そんなの常識よ。そこがアロエベラと違うところね」

 私はがっくり肩を落とす。

 

 つまり、もっと早い段階でヴェルデに相談しておけばこんな手間暇は必要なかったということなのか。

 がっかりする私に兄は言った。

「そう落ち込むな。ヴェルデ様は薬になってしまったハーブでは効果が分かりづらいとおっしゃっていた。しかし、人はハーブをそのままの形で使うばかりではない。薬として試すのなら、この試みは無駄ではないはずだ。それに、なんでも精霊のお力に頼るようではいずれ愛想もつかされるかもしれん」


「私がエリーゼに愛想をつかすようなことはないけど、精霊はみな、怠惰な人間を嫌うわよ。一生懸命で努力をかかさない人間はいい匂いがするから」

 

 なんと身勝手な、と思わなくもない。

 だって、精霊たちは、少なくとも私の加護精霊たちはけっこうな怠け者だから。インディゴなんかは寝てばかりだし。

 しかし何も言うまい。どうせ、それが精霊というものよ、常識でしょ、とか言われるだけだと思うから。

 

 私は、イチヤクの丸薬の成果を、カーリーとレイチェル、アルベルトに報告した。

「ということは、魔素がほどほどにある土ならば薬理効果の高いイチヤクが育つということですよね」


 私はうなづく。前世ではありえない極小データに基づく結論だが、ヴェルデの、緑の精霊の間ではそれ常識だから、という言葉一つで万のデータより正確だといえる。


「つまり、修道院にイチヤクが育たなくなったのは、土地の魔素が少なくなったからということですね?」

「そうなるわね」

「でも、どうやったら土に魔素を増やすことができるのでしょうか?」

「カーリーが、時々修道院でみかけたという精霊たちに頼むというのは?」とレイチェル。

「でも、加護を受けたものでなければ、精霊に頼みごとはできないのでは?」とアルベルト。

「そうだったわね」


「ヴェルデに頼んでみようか?」

「ありがたいお話しですが、それでは魔素が少なくなれば、またヴェルデ様に出向いていただくことになります」

 もっと恒久的で、修道院に暮らす人たちが、自分たちの力でなんとかなる方法を見つけないとダメか。


「ではその方法は、もう少し時間をかけて、魔法省にもお力を借りて検討しましょう。とりあえず、私たちは、今できることをしましょうよ」

 レイチェルは割り切りが早い。そのおかげで助かることも多い。考えることは大事だが、考えてばかりではものごとは進まない。そのバランスが大事だよね。


「データがそろって問題がなければ、修道院には、ここで作ったイチヤクの丸薬を定期的に届ける。それから、アロエベラは魔素が少ない土でも育つようだから、修道院ではアロエベラを育ててもらうというのはどうかな」とアルベルト。


「アロエベラは、あの姿かたちだから、修道院で育ててもらうには抵抗が大きいかもしれないわ」

 魔物!!と驚いた自分たちを思い出したのか、カーリーもレイチェルも、アルベルトまでが気まずい顔になる。


「とりあえず、アロエベラもお薬の形で、イチヤクと一緒に届けてもらいましょう。薬としての有効性をわかってもらった後なら、受け入れも抵抗が少ないかと思います」


「では方針は決まったわね」

「そういえば、レイチェル、芸術科にも確認してくれたんだよね?」

「はい。やはり、魔素・中のものがいいそうです。エリーゼに言われて大のものは副作用があるかもしれないと言って回収したので、まあそうなるのはあたりまえというか」


 アルベルトが私をエリーゼと親しく呼んでくれるので、他のみんなも私をエリーゼと呼ぶようになってきた。そんなことがこんなに嬉しいなんてね。


「ミケランジェロたち、一番効き目のあるものを撤収して怒ってた?」

「怒ってはいなかったですね。そもそもうっとうしくはあったけれど放置していた程度のケガが多いらしくて、中の効果で十分だとか。ただ、たまに大けがをする者もいるので、その時は声をかけさせて欲しいということです」

 そんなケガなら、学院が高度な回復魔法を使える先生を派遣してくれるだろうけど。もちろん、私たちに否はない。

 

 アロエベラについて私がまとめた文書と、兄の頭痛に関するイチラキ丸薬のレポートと芸術科のメモをカーリーがまとめたイチラキ液汁の成果を合わせて、私たちは、文官養成科のみんなに、いよいよ、ハーブの薬としての活用を提案することにした。


 結果は、まずまずだった。

 文官養成科の学生は、魔力が少ない者も多い。魔力だけを見れば一番平均値が高いのが意外なことに芸術家で、次が騎士科。魔法科と文官養成科はほぼ同じ、そんな感じだ。

 魔法科は魔力が少なくても、身分の高い者が多いのでさほど気にせず学院生活を謳歌しているが、文官養成科の生徒は、卒業後の自らの生活に今の努力が即反映されるので、魔法力を増やすことにも熱心だし、それ以外の自分磨きにも努力をかかさない。

 

 相談の上、クラス全員でハーブ同好会を結成した。 

 会長には成績トップのカーリーを据え、高位貴族対応として私が副会長を務めることになった。同好会活動として、ハーブ園の手入れと、イチラキとアロエベラを原材料とした薬作りを放課後に行う。

 

 この段階で、全員に緑の精霊としてヴェルデを紹介した。初めて精霊を見る者が多く、ヴェルデは熱烈歓迎された。

 まんざらでもなかったようで、ハーブ園ではしばしばヴェルデが皆を指導する姿が見られた。

 もちろん、日々の勉強も怠りはしない。

 精霊は怠け者の香りを嫌うと聞いてからは、いっそう熱心になったような気もする。

 

 そんなある日、アルベルトが騎士科の剣のバッジをつけた生徒を、ハーブ園に連れてきた。

「エリーゼ、紹介するよ。僕の双子の弟でレイナード。レイナード、こちらがエリーゼ。この同好会の副会長だ」

 レイナードは、あの、ゲームの画面で見た彼よりずっと、たくましい感じがする。

 顔はアルベルトに似ているといえば似ているが、背も横幅も、アルベルトよりずいぶん大きくがっしりしている。

 姿勢の良さからだけでも、幼い頃から体を鍛えぬいている、ということがよくわかる。


「はじめまして、レイナード様。私は文官養成科のエリーゼと申します」

「はじめまして。騎士科のレイナード・フォン・シュミットです。以後お見知りおきを」


「実はね、あのイチラキの薬、レイナードが使ってくれたらしい」

「まあ、本当ですか!? ありがとうございます!! それで、どうでしたか?」

 

 おいおい、エリーゼそう興奮するなよ、とアルベルトが笑う。

 作業をしながら、他のクラスメイトも興奮を隠せない私を笑っている。


「アルベルト兄上、あなたは、公爵令嬢にそんな軽い態度で接しているのか? エリーゼ殿は宰相のご令嬢でフィリップ殿下の婚約者でもいらっしゃるのに」

 レイナードが戸惑いを見せる。

「ああ。文官養成科では皆、その本人のたっての希望で、友人、仲間として彼女にも他の誰にでも接しているからね」


「同じ学び舎で切磋琢磨している仲間ですもの。親しく名前を呼び合い、意見を言い合うのはふつうのことでしょう? あ、でも、私以外の皆はヴェルデには様をつけて敬語で話すわよ」


「ヴェルデ様とは、どちらのご令嬢でしょうか」

ヴェルデが私の肩口にキラキラと姿を現す。

 レイナードは驚いて目を瞠るが、さすが騎士科のエリート学生だ、それも一瞬のことだった。


「こんにちは、私はエリーゼの加護精霊で、(大地と)緑の精霊ヴェルデよ」

 大地の部分は、聞こえない。ヴェルデは、空気の読める精霊なのだ。


「ヴェルデ様、私はレイナード・フォン・シュミットと申します。お姿を見かけることでさえ奇跡とも称されるご尊顔を拝することができ、光悦至極にございます。以後お見知りおきを」

 

 ヴェルデは、畏まったレイナードを偉そうに見つめる。

「そうね。仲良くしてもいいわよ、今のまま真っ直ぐな心を持ち続けるのなら」

 ほう、そうなんだ。

「ありがたき幸せ。精進いたします」

 さすが攻略キャラの一人、なかなかの好青年ということか。


「レイナード、それで、薬のことをエリーゼに」

「そうでしたね。あの液状の薬は、とても素晴らしいものです。ある程度の傷までなら、回復魔法の必要もないほどの効果がありました。しかし、やはり大きい傷には上級の回復魔法のほうが効き目があります」


「回復魔法とお薬を併用されたりはしませんでしたか?」

「併用ですか。それは思いつきませんでしたね」

「上級回復魔法は使える人が少なく、そのせいで市井の人々には手が届きません。私たちは、この薬をそういった人たちが気軽に手に入れることができるものにしたいんです。使い手の多い通常の回復魔法との併用で効果が上がるのならば、大けがで命を落とす人たちも減るのではないかと期待しているんです」


 実際、カーリーのいた修道院ではそうしていた。

 今はできなくなったが、ここで育てたもので同じ効果が確認できれば、すぐにでも届けることができる。


「つまり、魔力の小さい者でも可能な回復魔法でも、この薬と併用すれば上級回復魔法と同じ効果が得られるかどうか、それを確認したいということですか?」

「そうそう」とアルベルトがうなづく。


「芸術科の生徒にも協力してもらっていて、この薬単体の効果はほぼデータがそろっているんだ。だけど、魔力の大きなものが結構いるのに芸術科には回復魔法の使える者がいないんだ。騎士科と違って魔法科の協力も得られないから、相乗効果の有無は確認できていない」

 

 そうなのだ。芸術科の生徒たちの魔力は、どうやら、それぞれの専門分野に魔力が全投入されるようで、ミケランジェロが一番の魔力保持者だが、回復魔法どころか、ちょっとした生活魔法さえほとんど使えない。

 それを思えば、アデル殿下の魔法の種類の多さや巧みさは驚異的ともいえる。

 兄によれば「あいつは振り分けがうまいんだよ。器用貧乏とも言うがな」ということらしい。

 殿下が本気になれるものが見つかれば、それこそ歴史に名を遺す何か、になられるのかもしれない。


「引き受けてもらえないかしら?」

「了解した。この文官養成科の尊い志とともに、このレイナードがお引き受けしよう」

「助かるよ。騎士科のエースが引き受けてくれれば他の奴らも協力してくれるだろうしな」


「それはそれとして、エリーゼ殿、今日はあなた様にお礼を言いに来たのです」

 お礼? アルベルトも首を傾げている。

「兄が私に言ってくれたのです。この学院にいる間に、競い合い、そして共に考え抜こうと。剣の力で護るのか、知恵と知識で導くのか、あるいは支え合うことでしか人々の笑顔は生み出せないのか」

「全部、エリーゼの受け売りだけどね」

 アルベルトが照れて顔をほんのり赤らめる。


「嬉しく思いました。兄は、ずっと私を避けていましたから。跡継ぎにはならない。力のあるものこそが辺境伯にふさわしいと言って。でも、私は力こそが全てとは思っておりません。跡継ぎには広い視点でものごとを見ることができる器の大きな者がふさわしい、と思っております。ですから、もし私が跡継ぎとなるのなら、兄より大きな器の持ち主だと、誰より兄自身に認めてもらってからと思っております」

 

 はぁ、なんて素敵な人だ。これはなかなかの強敵だよ、アルベルト?

 私の視線を受けてアルベルトも苦笑いをする。でも、すぐにキリッとした顔で背筋を伸ばした。


「受けて立つよ。器の大きさをはかることは難しいけれど、俺は俺のやり方でね」

 そう言いながら伸ばした右手を、レイナードもがっしり握った。

「麗しい兄弟愛だね。それはそれとして、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだけど」

 そう言いながらまたまた姿を見せたのはアデル殿下だ。

 

 レイナードが、すぐに跪こうとする。

「ああ、そういうのいらないから」とアデル殿下は、いつもどおりのひょうひょうとした態度だ。

「魔法科のマリアンヌちゃんに、君は、『聖なる光魔法』を受けたことがあるんだよね?」

「はい」

「それって、高位の回復魔法とどれほど違うのかって、ちょっと興味があってさ。教えてもらえると嬉しいんだけど?」

 レイナードはうなづく。


「そうですね。高位の回復魔法でもケガ自体や痛みはなくなり元に戻りますが、『聖なる光魔法』は体の中から温かい何かが沸いてくるようで、気持ちまでが回復するように思います」

「ほう。それは素晴らしいね」

「本当に素晴らしいと思います」


「ならどうして、君は、その薬を使ったのかな? マリアンヌちゃんにお願いする方が簡単で結果もいいはずなのに」

「それは……」とレイナードが口ごもる。

「それは?」

 このやり方、兄を見るようだ。台本でも書いてもらって覚えてきたのかしら。


「あの魔法は人を選びます。騎士科で受けることができるのは私のみです。仲間が同じ程度、いえそれ以上のケガを負っても、光魔法どころか、時には順番待ちで高位魔法も受けれず苦しんでいるのに、私一人がラクをするわけにはいきません」

「人を選ぶとは、どういうことなの? 人によって効き目が違うということなのか、本人の資質の違いで耐えることができないということなのか、それともマリアンヌ嬢が相手を選ぶということなの?」


「マリアンヌ様は、まだ魔力がさほど大きくないのです。ですから、光魔法を使うと一度で魔力切れを起こされてしまします。それもあって、フィリップ殿下が、騎士科主席の私以外に使うことをお許しにならないのです」

「なるほどね。では、マリアンヌ嬢が魔力を大きくする練習に励めば、もっとたくさんの人に使ってもらえるようになる、ってことでいいのかな」

 アデル殿下は、ポケットからクッキーを取り出し、口に放り込む。

 目ざとく見つけたヴェルデが、殿下のポケットからもう一枚を取り出して頬張る。私は、こめかみをおさえる。


「いやしかし、それも、フィリップ殿下が反対されていて」

「どうして? 国のためにも、聖なる光魔法の使い手の魔力が大きくなることはいいことでは?」

「フィリップ殿下がおっしゃるには、戦時中でもないのに魔力を強める必要などないと。マリアンヌ様は小柄で可愛らしいお方ですので、無理はさせたくないと」

 魔力を大きくする訓練で一般的なのは、森で魔獣を狩ることだ。

 その才に恵まれてさえいればそれだけで、魔力は上がる。私は持って生まれた魔力が大きすぎるほどなので、そういった努力をする必要もないのだが、それでも魔力上げのために魔獣狩りに行くカーリーやアルベルトと同行することもある。まほう以外のレベルを上げるためだ。


 私が行くと兄かアデル殿下がもれなくついてくるので、危険はさほどない。そしてそんな時私は、魔法は使わず母直伝の剣で戦う。

 文官養成科では、私は剣の名手として名高いほどなのだ。


「騎士科の精鋭がつきそうので、危険はほとんどないと申し上げたこともあるのです。弱らせて最後の一太刀だけお願いするのであればどうだろうかとも提案しました。ですがそれも危険だとおっしゃって」

「過保護すぎるね。うちのお嬢ちゃんたちはみな、剣も魔法も最前線でふるうよ?」

 うちのお嬢ちゃんたちって。アデル殿下は文官養成科の生徒でもOBですらないですけど。


「ああ、エリーゼなんか、うちで一番の剣の使い手だから」

 アルベルトが言うと、他のみんなも苦笑いだ。

「エリーゼ殿が剣の名手!? そういえば、兄上のマテウス様も武道大会で優勝されていましたね」

 まあ、あそこまで強くはないけどね。

 兄の剣は戦いぬくための剣で、私のものは自分を守り抜くためのものだから。


「まあ、色々わかったよ。つまり、マリアンヌちゃんの光魔法は凄い。でも一回しか使えないってことだね。そしてこの先、魔力を強めることは難しいと、主にフィリップの過保護のせいで」

「いや、けっして私はフィリップ殿下を非難しているわけではありません」

 レイナードが焦って言葉をつなぐ。

「フィリップ殿下のおっしゃるように、あの可憐で華奢なマリアンヌ様に魔物退治は難しいと私も感じております。殿下も、何か別の方法で魔力を大きくする道を模索されているようです」

 他の方法?


「あの、マリアンヌ様は聖なる魔法の使い手ですから、精霊からの加護があるはずですよね?」

 あの魔法だけは、加護がないと使えないはず。

「だったら、精霊の力を借りれがいいのではないでしょうか? 私の精霊たちは、新しい魔法の使い方や魔力の加減を折にふれ教えてくれますよ。きっと魔獣狩りにいかなくても、いい方法があるはずです」


「そうよ。それに、私はエリーゼの手作りお菓子が大好きだから、ご褒美があると、もっと頑張るわ」

 胸を張って言うことでもないのよ、ヴェルデ。


(ですが、エリーゼ、あのマリアンヌにそれは無理でしょうね)

 アマリージョ?

(あの娘に精霊の加護はありません。あの娘は、生まれてすぐに、光の精霊の落とした光のかけらを口にしただけですから)

 なんですって!? 

(いずれ、その力は消えます。消える前に魔力を高めれば、少しは寿命ものびるでしょうが)


「それはいいことを教えていただきました。さっそくフィリップ殿下にお知らせして、マリアンヌ様にご提案いただけるようお願いします」

 ごめん、私の勇み足だった。

 だけど、今ここでそれを否定することはできない。

 

 たぶん、マリアンヌに精霊の加護がないことは、絶対にもらしてはいけない秘密だから。いや、兄には言うべきか。マリアンヌの動向は、すべからく私の破滅フラグとつながっているはずだ。


(それはもちろん、マテウス様にはお知らせすべきです)

 ま、そうだよね。お願いします、アマリージョ様。

 心地のよい、一筋の風が吹く。アデル殿下が目を細める。あとで私にも報告しろよ、というように。


 レイナードが去り、ハーブ園の手入れも終わり、私たちはそれぞれの寮の部屋に戻った。女子寮まで送り届けてくれたアルベールがこう言った。


「人々の笑顔をどれだけたくさん生み出せるのか、そして護れるのか。俺は辺境伯の跡継ぎになってもならなくても、それをずっと考え続けて生きていくと思う。ありがとうエリーゼ。君に出会えたこと、そしてここにいた三年は、きっと俺の生涯の宝になる」

 ヴェルデが、そのアルベルトに光の粉をかけた。頑張りなさい、というように。



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