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愛憎とは距離を置いて、研究三昧できそうです。part-7-2

第77章 検討会


「それでは、検討会を始めます」

 私を、なぜだか残念な目で見ながらそう告げたカーリーをスルーして、私はアルベルトに言う。

「先に聞いておくことがあるかしら?」


「なぜ?」

「なんだか、何か言いたいような顔をしているから」


「ああ、まあそうか。顔に出ているか。まだまだだな俺も」

「何かトラブル?」

「いや、そういうわけではないんだが。実は、フィリップ殿下が」

 フィリップ殿下が?

 また問題でも起こしたのかしら?

「殿下がハーブ同好会に入りたいと言われて」

「へえ」

 少し驚くが意外というほどでもない。

 昨日のフィリップ殿下の様子を見た後では、それもなくはないかなと思う。

 マルクスの催眠から解けた反動なのか、こちら側にとても好意的なのだもの。

 とはいえ、心配ではある。

 夕べも眠る前にフィリップ殿下のことを視たのだが、王妃様からの断罪場面は変わらずそこに在った。ただ、王妃様の表情が若干違っていたようには思うけれど。

 なんというのか、それ以前のものは絶望に彩られた怒りのようなものだったが、昨日のものは絶望感が少ないというのか。

 これが何を暗示しているのかはわからない。


「反対なの?」

 アルベルトは、いまだにフィリップ殿下のことはよく思っていないようだし。

「いや、反対ではないが、急にああも協力的になられても、どういう態度をとったらいいのかわからないというか、いや俺だけではなく他のみんなも」

 ああなるほど。

 それはあるかもね。

「アデル殿下もしょっちゅう顔を出して、みんなと交流してらっしゃるわよね?」

 ちょっと顔を出しすぎでは? と思うくらいに。

 まるで学院生のように。

「ああ」

 それに比べれば、フィリップ殿下は学院生だしね。まだましでは?


「それに学院では身分は関係ないし」

 フィリップ殿下は、そのことを先頭に立って実践している人でもある。

 悪いひとではないのだ、彼は。

 私へのかつてのひどい偏見、を除いては。


「とはいえ、今まで君を目の敵にしてきた人だ。みなもそれを知っている。そして君以上に憤慨していたんだ、そのことを」

 カーリーやレイチェルが、そうそう、とうなづく。

 そうなんだ。

 へえ、そうだったんだ。みんな怒ってくれてたんだ。私のために。

 てへっと、にやけてしまう。


「でももう、催眠もとけて仲間(仮)だから。やる気があるなら、受け入れてあげてよ。アルならうまくやれるでしょう?」

 私とカーリーは、しばらくハーブ園での活動はできないだろうから。

「わかったよ。ではフィリップ殿下を同好会に受け入れて、みなとうまくやっていけるよう、なんとか努力してみるよ」

「レイナードも、この際、同好会に入れてしまえばいいよ。彼ならフィリップ殿下とも、もともとうまくやっていたし、いい緩衝材になれると思うわ」

 レイチェルが提案してくれるが、みな首を捻っている。

「あれ? 反対?」

「というか、レイナードってもうずっと前から同好会の仲間じゃないの?」

「そっち? 正式に入会の手続きはとってないわよ。みんなの気持ちはそうかもしれないけど」

 そうだったのか。

 

「じゃあ、レイナードも巻き込んで、というか、できる限り殿下の相手はレイナードに頼もう」

 アルベルトが、肩の荷を下ろしたようにスッキリした笑顔を浮かべる。


「じゃあ、検討会に入ってもいいかしら?」

 カーリーにみながうなづく。


「まず、今日の投薬について報告するね」

「お願い」

「今日の薬はちゃんと飲んでいただけたわ。若干飲みづらそうだったけれど。味とかそういうことではなく、あれでもまだ量が多いのかもしれないわ。その後の魔力の流れもエリーゼと二人で確認したけれど、問題ない、というか飲む前よりずっとよくなっていたわ。ただし、澱は残っていたけどね。それに、今日の投薬には問題があったわ」

「今聞いたところでは問題があったとは思えないが。まさか、一回の投薬で澱がすっかりなくなるとは思っていなかっただろう?」

「それはもちろんよ」


「じゃあ、何が」

 アルベルトとレイチェルがそろって首を傾げている。

「問題は、エリーゼの『リフレ』よ」

 ああそれか。

 やっぱりね。

「エリーゼの回復魔法も、マリアンヌの光の癒し魔法と同じくらいは効き目があるはずだけど?」

「同じ光属性の回復魔法だろう? エリーゼのリフレは」

「効き目はあるわ。ありすぎるのが問題なの。そして、香りまでついているのよ、ラベンダーの」

「うん?」

「ラベンダーの香りつき?」


「アリス様がラベンダーの香りを気に入っていらっしゃるってきいたせいなのか、『リフレ』のイメージにラベンダーが入りこんだみたいなの」

「イメージに入り込んだからって、香りまで漂うものなの?」

「漂ったんだもの、それも結構しっかり。『リフレ』を受けたアリス様だけでなく、私にもしっかりとラベンダーの香りが感じとれたわ」

「となると」

「そう、薬の効き目がいかほどなのか、分かりづらいのよ」

 こちらの世界のラベンダーは、薬理効果が高い。

 癒しとか、リフレッシュだけでなく、頭痛や発熱、睡眠障害のも効く、ということが、仲間の研究で明らかになっている。


「だけど、『リフレ』の後に状態を確認して、その後で薬を飲んでもらってるんだろう?」

「ええ。でもね、エリーゼの魔法は効果が高いし長いのよ、私たちのものより。だから、アリス様にはいいかもしれないけど。病状が回復しきるまでいつでもかけてあげられるのだから」

 しかし。

「これを一般に広めようと思えば、そうもいかないな」

「だから、はっきりさせておかないといけないの」

「前にも相談したように、アリス様のご快復を優先順位の一番にして、汎用性はその後で考えるってことでいいのかどうかっていうことね?」


「俺は、それでいいと思う。関わった以上、まずはアリス様の快復を優先したい。ただ、一度確認はしたいな」

「何を?」

「香り付き『リフレ』に決まっているだろう?」

 レイチェルも、ふんふん、とうなづいている。


「いいけど、誰にかけるの?」

「俺にかけてくれ」

 そういいながら、アルベルトは、自分の指先をナイフで切る。

 な、なんてことを!!

 私はあわてて、アルベルトに『リフレ』をかける。

「香り付きのをな」

 そうだった。

 結局、治った指先にもう一度、香り付き『リフレ』をかけてしまった。


「ほう、これがそうか。なるほどラベンダーの香りがするな」

 アルベルトがスンと鼻を鳴らす。

「それに、香りだけじゃない。この魔法にはラベンダーの効用が含まれていると思うぞ。ひどく気持ちが安定して柔らかな心地になる」

 そうなの?

「本当ね。かなり香るわ。それに、なんだか、部屋中に清浄魔法がかかったように空気が澄んだような気がする」

 レイチェルが言う。

「これだけ効果が高いと、これもまた薬に影響を及ぼしていると考えたほうがいいな」

「だとすると、アリス様の澱は、それでも取り切れないということになるのか?」

「そうね。それも問題ね」

「私の感触だと、リフレと魔法薬でかなり小さくなったけれど、またすぐ復活してきたように思うの。元通りではないにしても」

「明日また確認するしかないけど、これは繰り返しになるかもしれないな」

「やっぱり、魔法でも魔法薬でもない、心のケアが大事っていうことかしら」

 カーリーがレイチェルを見る。


「できるかどうかわからないし、どんな自信もないけれど、できる限りアリス様のお心に寄り添ってみるわ]

「頼むな。レイチェルの明るさ、優しさ、気配りがあれば、きっとうまくいくさ。レイナードがやられたようにね」

「な、な、なにを。レイナードは関係ないでしょう」

 レイチェルが真っ赤になる。


「で、どうする? 魔法薬の成分は変えないでこのまま一週間やってみるか?」

「そうね。予定通りそうしましょう。ラベンダーもからんでくるとなると、ここで成分を変えるのは判断をややこしくするだけだし、今日の結果は悪いものじゃなかったし」

「わかった。じゃあ、明日も同じ時間に集合して同じ手順で薬を作るということでいいな? 回復魔法もエリーゼがかける。同じ香り付きで」

 皆がうなづく。

 

「レイチェルは、今日もアリス様を訪ねるのよね?」

「ええ。お昼寝から目が覚められたらユリウス様からご連絡があるはずなの。だからそれまでここにいていいかしら?」

「もちろんよ。なら、それまでに、刺繍の下絵を仕上げようかしら?」

「本当? 嬉しいわ」

「じゃあ、みんなは、ティータイムにしてちょうだい」

 と私が言い終わらないうちに、精霊たちが集合する。

 彼らもお菓子タイムらしい。


「アマリ―ジョ、ミラとハンナにお茶の用意を頼んで」

 ミラたちは、私が魔法省の研究室にいる間は、兄の用意してくれた、すぐそばにある控室にいるはず。といっても同じようなつくりの研究室で、実験用具でお湯を沸かしたりしないとだめなので、どうにも情緒が足りないと二人とも言っていたけれど。

 

 アマリ―ジョはすぐに戻ってきた。

 山盛りのハーブクッキーを抱えて。

「お茶は、ハンナが今淹れているわ」

「ありがとう」

 

 私は小さな実験台に椅子を移動させ、スケッチブックの、レイチェルのために描いていた刺繍の図案の下絵のページを開く。

 

 アルベルトが包み込むように背中から、それをのぞき込む。

「エリーゼはやはり植物を描くのがうまいな」

「ありがとう」

 近いんですけど。

 吐息が耳元で、くすぐったい。

「アルは、あっちでお菓子を食べていていいわよ」

「俺はいいよ、君と同じでダイエット中だし」

 嘘ばっかり。

 だって、アルは全然太っていない。

 毎日早朝から、訓練を欠かさずおこなっているんだもの。太る余地がない。

 

「後で君とゆっくりお茶はいただくよ。ハンナのお茶ほどうまいお茶は、王宮でも飲めないからな」

 私は、ふふっと笑いながら、ペンを走らせる。

 これも文官養成科で作っている、いわゆる鉛筆だ。

 書き心地がよく、ミケランジェロも、最近これでよくスケッチをしているとか。

 そういえば、ここのところまったく顔を見ないな。元気なのかしら?」


「ミケランジェロは、公爵家の敷地内にあるプライベート教会の壁画を頼まれて今はそっちにかかりっきりらしいぞ」

 超能力者なの? 

 私が、びっくりして振り返ると、アルベルトが笑う。

「声に出していたからね、今」

 まじか。

 気を付けないと。


 ちょうどハンナがお茶を持ってきてくれたので、それを飲みながら下絵に集中する。

 簡単に色をつけておく。前世ほどたくさんの種類はないけれど、こちらにも鉱物や植物から作った絵の具はある。


「できたわ!!」

 私は、レイチェルを呼ぶ、

 レイチェルがすぐにやってくる。


「素敵だわ。すごくいい!! 精緻すぎず、だからといって簡易的でもない。刺繍にぴったりの図案ね」

「色は、とりあえず、先日の図案集のものとレイチェルの言葉を参考につけただけだから、あなたが糸を選ぶときに工夫してみて」

「わかったわ。それも含めてアリス様に相談してみるわ」

「それがいいわ」


 頃合いよく、ザックス公爵からアリス様が目覚められたと連絡がきた。

 レイチェルはスケッチブックを持って、ザックス様が寄越した侍女と一緒に部屋を出て行った。


「少しでも、レイチェルがアリス様のお心を慰めてくれるといいんだけど」

「大丈夫よ。レイチェルなら。だって、彼女はいつだって、私たちを勇気づけてくれる存在なんだから」

「そうね」


 私たちは、それからレイチェルの足音が消えるまで、黙ってお茶を飲んだ。

 ハンナのお茶は、やはり、王国一だね。


 クッキーを一枚だけで我慢した私はとても偉いぞ、と自分で自分を褒めたことはみなに内緒だ。


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