愛憎とは距離を置いて、研究三昧できそうです。part-6
第75章 バナナ味で飲みやすい。
翌日も、早朝から私たちは研究室に集まった。
私とアルベルトは女子寮の前で落ち合い、ミラに頼んで公爵家の王都の屋敷から運んでもらったバナナを抱えていった。
昨日の、ヴェルデの一言で、バナナを全ての治験薬に投入することになったからだ。
先に女子寮を出ていたカーリーが、最後に、摘みたてのラベンダーを抱えてやってきた。
「あら、どうしたの?」
先に出たのに研究室にいないので不思議だと思っていたら、ハーブ園に寄っていたのか。
「レイチェルが、アリス様が彼女が昨日身につけていたラベンダーの香りをとても気に入られたと言っていたので、治験薬と一緒に入浴剤や石鹸を作ってお渡ししようと思って」
それはいい考えだ。
でも。
「アリス様、入浴できる状態なの?」
ほぼ寝たきりで、ベッドで身を起こすのがやっと、そんな状態だと聞いていたのだけれど。
「病で体力がないので、侍女たちが体を拭くだけらしいけど。ラベンダーの香りで身体を拭いたり、入浴剤を入れたお湯に足をつけるだけでも体がリラックスするでしょう?」
足湯ね。
そういえば、文官養成科では足湯がブームになっている。疲れが取れるといって。
自律神経を整えたり血行を良くする効能もあるはずの足湯は、確かにアリス様にいいかもしれない。体力もさほど使わないし。ラベンダーの香りがお好きなら、いい気分転換にもなるはす。
というわけで、私たちはまず、ラベンダーの石鹸と入浴剤を作ることにした。
どのみち、オスカーが来るまで、フュージョンが使えないのだからと。
石鹸や入浴剤作りは、手慣れた作業なのですぐに終わる。
せっかくなので、たっぷりのラベンダーを惜しみなく投入したので、市場に出回っているものよりかなり高品質なはず。
頃合いよく、オスカーが来てくれた。
「おはよう! 待たせたかな?」
「大丈夫よ。ちょうど、先に済ませる作業もあったから」
「じゃあ、薬を作るか。オスカーは、この後、マリアンヌの転科試験の勉強を手伝うんだろう? フュージョンさえ済んだら移動してくれていいから」
「まあそうだが、そこまで急ぐこともないよ。マリアンヌは先に自習しているだろうし、つきっきりでなくても、彼女はちゃんとやる人だから」
オスカーは、マリアンヌのことをとても良く理解しているのね。
甘やかすばかりでなく、時に見守り、時に指導し、そしてきっと、オスカーがマリアンヌに頼ることもあるんだろうな。
いい関係だ。
「とはいえ、アリス様には昼食の直後に薬を飲んでもらいたいからな。早めに準備する方がいいだろう」
「それはそうね」
「じゃあまずは、基本になる薬を作りましょう」
「魔法陣を使う? それともエリーゼの錬金魔法で作る?」
私はヴェルデの指南を受け、薬作りに関する錬金魔法を、よほど高品質なものでなければ、数種類、すでにマスターしている。
確かに、魔法陣より私の錬金魔法の方が、経費がかからないという意味でも素早くできるという側面からもいいかもしれない。
でも、私たちは、最後には汎用性のある魔法薬を作ることを目標としている。
錬金魔法が使える人間はあまりいないし、ここは少し経費がかかっても、その時になれば、私たち以外でも精霊玉で簡単につくれるよう、魔法陣を使うべきだろう。
「魔法陣で作りましょう。魔法薬は、なるべく人を選ばず作れることを目標としたいもの
「それもそうだな」
アルベルトが、まずは基本の薬に必要な素材を魔法陣にのせる。
それから、精霊玉を使って魔力を流す。
私の手元には、インディゴがせっせと献上してくれる精霊玉が山ほどあるので、ここは有効利用だ。
ちなみにこの魔法陣は、誰でも一定の魔力を流せば使えるが、一度きりの使い捨てタイプだ。
買うとなると、そこそこの値段がする。売っているのは、文官養成科なので、割引価格では買えるが。
けれど、今回の治験に使うものは私とカーリーが手分けして、文官養成科で作っている紙に描いているので、経費はほとんどかかっていない。
出来上がった薬にオスカーが、サクッとフュージョンをかけてくれる。昨日の今日なのに、もう本当になんでもないように、簡単に。
うーん、ちょっと妬ましい。
私も、もっともっと精進しないと。
念のためにセレステに見てもらい、問題ないと太鼓判をもらったので、次にカーリーがリフレをかけ、最初の治験薬ができあがった。
ヴェルデが鑑定してくれる。
「高品質の回復魔法薬、バナナ味で飲みやすい、だってさ」
へえ。
成功したようだ。
にしても、これでは、これからの全てが、バナナ味て飲みやすい、になるのでは?
私、アルベルトとカーリーも試飲用のグラスに治験薬を入れ、まるでワインを飲むように香を確かめたり口の中に含んでみたりしながら、治験薬を試飲する。
「これは、匂いも味も問題ないから、液体のままでいいかしら? それとも、今後、味や匂いに問題のある組み合わせのことも考えて、最初から粉薬にしておく? オブラートはいちおう用意してあるし、臭い消しようにアロエベラもあるけど」
カーリーが治験薬を飲んで、自分自身に異常がないことを確かめてから、そう聞く。
「アリス様のご容態が分からないからなんとも言えないけれど、とりあえず、このまま液体で飲んでいただきたいわね」
オブラートもアロエベラも悪くないが、そしてほぼ、薬への影響はないだろうと思うが、それでも純粋な薬以外の要素が増えれば、検証が難しくなる可能性は否めない。
「そうだな。味や匂いに問題のないものは、そのままで飲んでもらうほうがいいのでは?」
「アロエベラの万能性は、薬の効き目をわかりにくくもするかも」
そうなんだよね。ここでアロエベラを投入すれば、全てに投入せざるを得ない。
アロエベラが万能なだけに、他の素材の有効性がわかりにくくもなる。悩ましいところだ。
「それは、薬を毎日作るのか、10日分をまとめて作っておくのかでも変わるわよ」
「毎日、そんなに手間はかからないのだから、その日の分を作りましょう。劣化もこわいから」
「しかし、後に汎用性を求めるのなら、まとめて作るほうがいいのでは? 劣化しないように工夫しなければいけないが」
「それだと、やはり液体より粉薬にした方がいいと思う。劣化防止の工夫がしやすいもの」
アルベルトの言うこともカーリーの言うことも、よくわかる。
ただ、今の優先順位はなんだ?
アリス様の容態を、改善して、できれば完治すること。
だとすると。
「汎用性のことはあとで考えましょう。まずは、アリス様を癒すことが先決よ。であれば、今のアリス様には、飲みやすさを考えれば、今回の治験薬は液体だと思うの。どうかな?」
「液体だな」
「液体で」
「アロエベラは、最後の切り札に取っておこう」
「そうね。賛成」
アルベルトとカーリーも賛成してくれたので、液体のまま提供することにした。
「文官養成科は、楽しそうだな。私も転科したくなったよ」
テンポ良く、互いの提案や意見を言い合い、話し合うことで方針をまとめていく私たちをみてオスカーがそんなことを言う。
「いつでもどうぞ。大歓迎よ」
カーリーが、微笑む。、
「私はもう、学生でいる必要がないと思っていたが、魔法科ではなくここには、私が学ぶべきことがまだあるように思うんだ」
へえ、そうなんだ。
オスカーの口ぶりに、私たちへのお世辞のニュアンスはないようだ。
どんな天才でも、足りないものは、それはあるだろう。
もし、ここにそれがあるのなら、吸収した方がいいだろう。
「魔法科では、身分差がなにより大事で、誰かと論争をしたりすることもないし、知識への貪欲さが皆無だ」
文官養成科では、身分や魔力の大きさは関係ない。みな、そういったことで、引け目を感じたり慮ったりすることはない。全くない。
ただ、身分をうまく利用することはある。
時と場合によって、公爵家や辺境伯家の持つ権力や名声を利用することで、自分たちの研究成果に実利を加えている。したたかでもあるということだ。
仲間たちは、日々、あちこちで論争しているし、知識への渇望は凄まじい。
切磋琢磨とは、この科のためにある言葉だろう。
「マリアンヌの転科が無事に済めば、速やかにスキップして魔法省に入るつもりだったが、共に皆とここで過ごすのも悪くないかもしれない」
私たちだってオスカーがうちに来てくれたら、とっても便利、いや頼もしい。
「少し考えてみるよ。とりあえずは、君たちの今のこの研究に目処がつくまでは、どこに所属していようと、手伝うから」
「ありがとう。毎日、フュージョンのためにここに通ってもらうことになるのは、申し訳ないと思っているのよ。でも、あなたの安定した魔法が必要なの」
「気にすることはない。私にとっても、有意義な時間だから」
その時、ノックの音がした。
パーキンソン枢機卿とザックス公爵が、おみえになったらしい。
「おはようございます」
「おはよう、みんな」
「昨日は、マリアンヌの癒しの光魔法のおかげなのか、それともレイチェルの明るい雰囲気のおかげなのか、夜まで母の様子がいつもよりずっと安定していて驚いたし、感謝もしている」
ザックス公爵は、私たちにそう報告してくれる。
「ただ、朝にはまた少し辛そうだったのだがな」
ぶり返しが早い。
「では、早速、投薬を始めましょう。昼食の後、私がお邪魔して、光の癒し魔法をかけさせて頂いてからお薬を飲んでいただきます。今日から10日に渡って、この基本の魔法薬を飲んでいただきます。その後は容態を確認しながら、まずは融合する魔法を回復系から支援系にかえ、その後は、効果の高い魔法を選択して、薬の素材を改良していくつもりです」
「了解した。ただ、私たちも明日からは薬を作るところから参加したいと思う。できることなら、融合する魔法も覚えたい。それに、母に飲ませる前に我が身でも確認したい」
「それは問題ないです。ただ、フュージョンという融合魔法に関しては、水の属性が必要でかなり難しいものなので訓練も必要です。アポージョはそれほど難しくはありませんが、緑の属性が必要です」
「私は水と緑と風の属性があり、パーキンソンは、加えて光の属性も持っている」
さすが高位貴族というべきか。
魔力も多そうだね、これは。
それなら、魔法の練習に励んでもらおうか。
即戦力だもんね。
「それなら、魔法は私の精霊たちが指南しましょう」
全ての魔法がサクサク使えるオスカーはしばらく私たちの治験とマリアンヌの試験勉強と、兄の無茶振りをこなすので手一杯だろうしね。
「どうかな、ヴェルデ、セレステ」
「いいよ」
人間大好きヴェルデは、嬉しそうに了解してくれる。
「いいですわ。ただ見込みがなかったら即中止ですけどね」
セレステは意外とシビアだ。
「えっと、私はアイスクリーム、ピスタチオ味ね」
「それでは、私は、チョコレート味で」
おねだりの甘味はブレないわね。
わかってたけど。
「お二人が魔法をマスターされたらアイスクリーム祭りを開催してあげるわ。だから、よろしくね」
おお、アイスクリーム祭り!!
私の足元で、精霊玉でジャグリングをしていたインディゴが涎をたらしながら叫んでいる。
「ヴェルデ、セレステ、頑張れよ。アイスクリーム祭りのために」
ロッホも姿を現し二精霊を激励する。
「応援だけで、アイスクリーム祭りへの参加希望とは呆れるわね」
セレステが呟く。
「いいよいいよ。みんなで食べる方が美味しいもんね」
ヴェルデは、そういう子だよね。
いつものように、グダグダではあるが、話はまとまったようだ。
「では、まず、本日のお薬を試飲されますか? 私たちは試飲済みです」
お二人が頷かれたので、私は、量にも限りがあるので、今度はスプーンに薬を救い、お二人に手渡す。
明日からはもう少し多めに作りましょうね、とカーリーとアルベルトに視線で言いながら。
味も匂いも問題ない、とお二人から了解が出た。
投薬までの間に、私たちも昼食を済ませておくことにする。
その後で、アリス様との初対面、投薬になる。
なんでも初めからうまくいくことはあまりない。
ただ、今回は大きな失敗は避けたい。深刻なご病状を少しでも改善したい。
私は、そのためにも、昼食はカレーを食べ、ハーブティーで魔力の流れを整えた。
パーキンソン卿とザックス公爵がカレーに目を丸くし、なんと三杯おかわりしたことを、そして負けじと精霊たちが四杯もおかわりしたことを、ついでに記しておく。
さてさて、初めての投薬はどうなるかしら?
不安と期待で私の胸はいっぱいだった。




