愛憎とは距離を置いて、研究三昧できそうです。part-4
第73章 オスカーは天才!! 知っていたけどね。
学院の魔法練習場には、オスカーと兄と、魔法省の兄の部下が三人、私たちを待っていた。
他の、例えば魔法科の生徒たちの姿は見えない。
元々魔法科の生徒たちは、授業以外でここを使うことは殆どないが、それでも全くいないというのは不自然だ。兄が立ち入り禁止にしたのかもしれない。
「エリーゼ、遅いぞ」
「申し訳ありません。お二方との打ち合わせが少し延びたので」
魔法省の兄の部下たちが、パーキンソン枢機卿とザックス公爵との共同研究のことを、というかこれって共同研究ではなく、私たちの魔法薬の研究にオブザーバーとしてお二人が参加している形ではないかと思うけど、まあ、建前としてはそうなっているわけで、そういうもろもろのことをどこまで知っているのかわからないので、こういったざっくりした答えにしておいた。
「そうか。しかし、こちらもあまり時間がない。重要案件が山積みで」
いや、お兄様たちは勝手に来たわけで。アマリージョが誘ったとしても。
私が招いたのがオスカーだけなんですけど。
でも、私が兄に物申すわけにはいかない。兄の部下の前で。
「わかりました。では、カーリーとアルは、隣のエリアでお願い」
魔法練習場は、全体をかなり強固な結界で包まれているが、三つのエリアもそれぞれに結界が張ってある。つまり、二重の結界で守られている。
何からかといえば、誰かの失敗魔法からで、学院の他のエリアを破壊しないようにということらしい。
といっても、この学院の生徒たちの魔力では内側の結界でさえ破れはしないはずなんだけどね。
以前、今は魔法省のトップに君臨されているコルビー卿が入学試験で破壊したことはあるらしいけれど。
それもあって、当時よりより強固なものに今はなっているとか。
その結界を張っているのもコルビー卿だそうだ。
オスカーも、きっとそんな存在になるんだろうな。
アルベルトとカーリーが隣のエリアに移動し、それにアマリージョが付き添ったのを確認してから、セレステを呼ぶ。というか、私以外にもその姿を見せてもらう。
魔法省の兄の部下さんたちは、精霊の姿を見たことがなかったらしく感涙にむせび泣いている。
大丈夫なのか?
今からこんな状態で。
オスカーは、さすがだ。
静かに精神統一をしているのか、淡々とした風情だ。
「では、まずはオスカーからね。他は見ていてね」
セレステは、オスカーの右斜め後ろに立ち、その耳元でなにやら囁いている。
その後で、彼の手をとり自らの魔力を少しオスカーに流し込んでいる。
これは、オスカーだからできること、というか耐えられること。いや、私はもちろん大丈夫だけどね。でもそれは加護のおかげ。加護もないのに平気でこれをやるオスカーは、……変態だ。ふつうは、精霊の魔力をたとえわずかでもその身に受けると、昏倒するか下手をしたら死んでしまうこともある。それほど精霊の魔力は、なんというのか灰汁が強い。
その代わりに、これを受け入れることができれば、精霊たちの使う魔法がイメージとして脳に転写される。つまり、労せず精霊魔法が使えるようになる。
一方で、たとえば私やアルベルトのように前世の記憶と知識で融合のイメージがそれなりに自分でできるのなら、それは必要がない。
魔法とは、イメージの具体性、精巧さ、独自性の賜物だともいえる。もちろんそれに見合う属性と魔力は必要だが。
「フュージョンのイメージ、あなたに伝わった?」
「はい」
セレステのフュージョンは、どんなイメージなんだろうか。ちょっと気になるな。それではまず、簡単なものからいきましょうか」
すでに兄の計らいで運び込まれているものの中から、セレステは、ラベンダーと真白な石鹸を選ぶ。
「これに軽くフュージョンをかけると」
セレステが、いきなりオスカーにフュージョンをかけるよう指示をだす。
例の薄荷色の光が、無造作に置いた大きな白い皿の二つを包み込む。
すぐに光が収まると、そこには薄紫のラベンダーの香りが漂う液体石鹸ができあがっていた。
「おおっ」
魔法省の方々から声が上がる。
私たちにとっては、魔法陣を使ってではあるが、見慣れた光景だ。
「魔法の強度をあげてみて」
セレステに言われるまま、オスカーは同じ素材を用意しフュージョンの強化版をかける。
黄緑色の光が、今度は素材を包み込む。
出来上がったものは、先ほどの液体石鹸よりもラベンダーの色も香りも濃い。おそらく薬理効果も高いはずだ。
「さすがね、完璧にできている」
一度で、失敗なく?
完璧に!!
オスカー、あなたは天才ですよ。まったく、もう。
嫌になる。
「あとは、試行錯誤しながら素材や効果に適した加減を覚えればいいわね」
「では、次にエリーゼね」
私は、属性に恵まれ加護も多く授かっている。魔力も多い。これに関してはオスカーを凌駕している。
けれど、オスカーのように、一発で、とはいかなかった。
溶解、のイメージは豊富にある。科学的根拠もある程度ある。
それでも何度も挑戦し、一時間ほど、最後はセレステに手取り足取り状態でなんとかフュージョンをものにした。
その間に、オスカーは微妙な加減もマスターし、兄を含めた魔法省の方々に指南を始めていた。
しかし、誰一人、光の欠片も発生させることができていない。
そして、何度か私のリフレを受け、体力と魔力を回復させて、そこから三時間ほど頑張られたが、結局、兄がなんとか薄荷色の光で素材を包む、というところまではできるようになったが、光が消えると、そこには生ごみのようにぐっちゃりとしたハーブが、石鹸は固形のまま残っていた。
「いやこれは、なかなか難しいな。私もセレステ様とつながることができればいいのだが」
「マテウスは無理! 死んじゃうと思う」
「ですよね。ふつうは」
「だから、マテウスや他の者たちは、オスカーとつながり、このフュージョンに必要なイメージと魔力量を理解すればいい。ただし、オスカーも超人だからね、力量が違いすぎると、死ぬことはないでしょうがかなりのダメージを受けることになるわ。もう少し自分たちで鍛えてから、エリーゼかマリアンヌ、光の癒し魔法の使い手がそばにいる環境でやるようにね」
みな、コクコクと頷いている。
素直で勤勉な人たちのようだ。
「ということで、今日は、ここまでにしよう。オスカーは我々がフュージョンを会得するためのスケジュールを作成してくれ。我々がマスターできれば、そこからまた魔法省全体に広げていくつもりだから、それも頭に入れた上で頼む」
水属性のある人は多いから、魔法省だけでもかなりの数が見込めるはずだ。
「かしこまりました」
「フュージョンは、とても偉大なる魔法だ。これをマスターし工夫することで、今はコルビー団長しかできない魔法陣の多重展開で成し遂げていることが他の者にもできるようになる。魔法大国エメラルド王国の発展に、大いなる未来を築くものになるだろう。頼んだぞ」
オスカーがいい笑顔で応える。
だって、オスカーはもう魔法の多重展開が簡単にできるようになったも同然だものね。いい気分でお仕事に励めるわね。
「そろそろ寮に戻ろうと思うのだけど、こちらはどう?」
アルベルトと戻ってきたカーリーが私に尋ねる。
「こっちももう終わりにするわ。そちらの状況はどう?」
「アポージョは簡単な支援魔法だからな、カーリーはすぐに覚えて、すっかり自分のものにしたぞ」
「さすがカーリー」
「ふふふ。でもこれって不思議な魔法ね。自分にもかけることができるからとっても便利」
えっ? 自分にもかけられるの?
「あれ? エリーゼ、その顔って、気が付いていなかったとか?」
はい。
面目ない。
自分で編み出した魔法なのに。
「自分にかけると、光の癒し魔法ほどではないけれどなんだか調子がよくなって気分も上がるのよ」
ほう。
さっそく、私も自分にアポージョをかけてみる。
おおっ!!
なんだろう、これ。
温泉に入って、「極楽、極楽」って言っている時の感じ?
免疫力がアップするのかも。
メンタルにもいいわね。
これは、絶対、アリス様へのお食事やお薬に組み込まないと。
「アルは、知っていたの? 自分にもかけられるって」
「ああ。ただ、エリーゼにかけてもらった方が効果は高かったけどな」
そうなの?
「エリーゼ、私にもかけてみて。比べてみたいわ。アルベルトのと私のものは、ほぼ同じ感触だったんだけど」
そうなんだ。
『アポージョ』
ふだんどおり、気軽にアポージョをカーリーにかける。ヴェルデが私の肩にニコニコしながら腰掛けているのもいつもどおりだが、この魔法はヴェルデの支援を受けているわけではない。
アポージョ自体は、アルベルトが言っていたとおりとても簡単な支援魔法で、緑の属性の持ち主なら誰でもすぐに身に着けられるはずだ。
「あらあらあら。別物っていうほどではないけど、私やアルベルトのものより、確かに効果が大きいわね」
カーリーが目を細くして微笑む。
「心地いいわ。ラベンダーの入浴剤でお風呂に入った時のリラックス気分ね」
私のさっきのイメージが温泉だったせいだろうか。
魔法は、イメージに左右されるからね。
「アリス様には、とりあえずエリーゼのアポージョを融合したものを提供しましょう。微妙に差があるのなら同じ人のアポージョで統一したほうがいいわ」
「じゃあ、治験の間は、フュージョンはすべてオスカーに頼む? 彼のものは完璧らしいから。セレステの保証付きだからね」
「オスカーが引き受けてくれるのなら、それはもう願ってもないことだけど」
それもそうか。
オスカーは、魔法省での仕事が忙しいようだしね。
「引き受けるよ。君たちのおかげでフィリップ殿下とのあれこれが片付いたし。もっともあんな風に、急に掌を返したように祝福されるのも、気味が悪いけどな」
「大丈夫だと思うよ。フィリップ殿下は、もう、仲間(仮)だから」
「仲間(仮)?」
「そう時間もかからず(仮)もとれるとは思うけれど。やっぱりね、今までのあれこれがあるからちょっとね」
「とか言って、仲間になろうって誘ったのは君じゃないか」
アルベルトは、未だに不満そうだ。
「そうだけど」
「君は、時々バカすぎるな」
オスカー、言い過ぎでは?
「まあ。それがトリガーになって、あいつの催眠が解けたようなんだがな」
アルベルトが、自分が言い出したせいなのか、フォローを入れてくれた。
「ほう。だとしても、あれを仲間に引き込むのはバカだろう」
「確かにな」
言いたい放題ね。
「そのへんでもう。魔法省の皆さまが困っていらっしゃるわ」
身内だけじゃないんだから、仮にも公爵令嬢をバカ呼ばわりするのはやめて欲しいわ。
しかも、全属性魔法の精霊の加護持ち、女神の愛し子としての私の評判が、地に落ちたらどうしてくれるの。いや、地に落ちる程度なら問題ないか。評判なんて落ちたら上がったり、ちょっとしたことで乱高下するものだから、気にしなければいいだけのこと。
「では、私たちも魔法省に戻るぞ」
オスカーも含め、魔法省の方々が、えっという顔になる。
これからまだ仕事なのか!?って感じかな。
頑張れ。エメラルド王国一のブラックな職場の皆さま。
「私たちも寮に戻って、レイチェルとマリアンヌのお話を聞きましょうか」
彼女たちもそろそろ戻っているはず。
アリス様との初対面がどんな感じだったのかを聞かないと。
場合によっては、心身のバランスをとるために、治験を早めたり遅くしたりする必要がある。
「じゃあ、女子寮まで送って行こう」
そう言ってくれるアルベルトをオスカーが恨めしそうに見る。
オスカーも、私たちを送っていきたい、というかその途中でマリアンヌに会えたらラッキーなのに、という感じなのかな。
というわけで、私たちはそれぞれの場所に帰ることとなった。
精霊たちに声をかけようと思ったら、すでに誰一人姿がない。さっきまで私の肩にいたヴェルデも、足元の陰で寝ていたインディゴも。
先に帰ったのね。
バナナケーキが、焼きあがったとロッホから知らせがきたんだね、きっと。
やれやれ。
バナナケーキ、久しぶりね。
お茶は、前世でいうところのアールグレイに似た紅茶、ベルガモットの香りをつけた紅茶、ベルガにしようっと。
私の頭の中も、おやつタイムでいっぱいになったのはいうまでもない。
今日は、おやつタイムが多いけど、気にしない。
ちょっぴりドレスのウエストがきつくなってきた気がするけど、それも気にしない。
明日からちゃんとすればいいもんね。
「ふっくらしたエリーゼもそれなりにかわいいさ」
などというアルベルトの言葉に軽く傷ついたのは、それから一週間ほど後の話になる。
とほほ。




