愛憎とは距離を置いて、研究三昧できそうです。part-3-1
第71章 レイチェル、大好きよ。
パーキンソン枢機卿とザックス公爵に対し、私がレイチェルを、アリス様のお相手として改めて紹介する。
「こちらがアリス様に刺繍を手ほどきいただければと願っている、レイチェルです」
レイチェルが立ち上がり、綺麗な淑女の礼をとる。
レイチェルの礼は、本当に美しい。
お二人も、ほうッというように目を見開かれる。
「レイチェル・フォン・メントラインでございます。以後お見知りおきをいただきたく存じます」
「私は、ユリウス・フォン・ザックス公爵です。公爵とはいえ、今は亡命の身であり爵位などあってないようなものだが」
「私は、ジョナサン・フォン・パーキンソン。神聖帝国の枢機卿だが、国を出ていることの方が多いので亡命したのでは? と陰口をよくたたかれている身だ」
お二方とも、なぜか亡命ネタで笑みをこぼされる。
レイチェルの緊張を和らげようとしてくださっているのだろうか?
あいにく、レイチェルはこういう場面ではまったく緊張しないタイプだが。
「お二人がどのようにご謙遜されても、身に着けられたオーラと威厳が私にその偉大さを教えてくれますわ。色々とご教示いただければ幸いです。アリス様のことでも、私がお役に立つことがあるといいのですが」
ほうら。
見事に凛とした笑みで、挨拶を交わしている。
「母は刺繍が趣味でね。今は病のせいで針も持てないのだが」
「そうお聞きしています」
「そんな母のそばで、静かに刺繍をするという作業は、お若く聡明なご令嬢には退屈ではないだろうか?」「私は婚約をしたばかりで、学院を卒業するとほどなく辺境伯のご令息に嫁ぐ予定なのです」
「お相手は確か、そちらのアルベルト殿の双子の弟気味で、学院一の騎士と聞いていますが」
それどころか、スイランの加護を得たことでいっそう訓練に力を入れている彼は、今は騎士団長の次には強い騎士になっていると、風の精霊の噂に聞く。
「はい。彼はとても素晴らしい人です。でも、恥ずかしながら、私はこの学院に入学する前から領地の経済の立て直しに奔走していたせいで、愛する方の妻となり夫を支える、そのために必要なことを母や祖母に教えを乞うこともなく今までおろそかにしておりました。刺繍もその一つです。ですから、アリス様にご助言御指南いただければ、私としてもありがたく思います。まずは、彼のマントに満足のいく刺繍が施せれば嬉しいのですが」
まあ、そこは私も似たようなものだけどね。うちの母は、ああ見えて刺繍もうまく時々私も教えを乞うてはいたのだけれど、私の断罪予言のせいで、母は商売に力を入れるようになり、そのうち私が学院に入学し留学もしたりで、最近はご無沙汰だ。
「ああ、背守りの刺繍ですね」
私だって、アルのマントに背守り刺繍したいし。
フィリップ殿下と婚約解消するしたばかりで、言いにくくはあるけど。
「はい。彼はこの先もおそらく危険な任務に就くことが多いと思います。剣技に優れスイラン様に加護をいただいているとはいえ、何ごとにも絶対はないですから。もちろん私の背守りの刺繍にいかほどの力があるとも思ってはおりませんが、それでも、少しでも一つでも彼を守るものをこの手で作り上げらればと思っているのです」
「そうですか。彼のことを、とても大事に思われているのですね」
「はい。でも彼のことだけではなく、ここにいるエリーゼやカーリー、マリアンヌ、オスカー、そして義兄のアルベルト、文官養成科の仲間、領地にいる家族、領民、すべてを大切に想っております。誰が欠けても私は今、このように誇らしく笑顔で自分の未来を語ることができなかったと、よく知っておりますから」
レイチェル。
私もあなたを大切に、そして誇らしく思うわ。
きれいで優しくて、賢くて、しっかり者のあなたを。
「そうですか。では、今この瞬間からその仲間に、私の母、そして私たちを入れてもらえると嬉しいですね。あなたのように素敵なレディと触れ合うことができれば、母の心はきっと明るくなるでしょう」
どうやら、面接の結果は上々らしい。
それなら続いて、こちらも気に入っていただかないと。
「ユリウス様、もう一人、アリス様に改めてご紹介したい令嬢が。こちらはマリアンヌ、エメラルド王国の聖女です」
「マリアンヌ・フォン・エルスターでございます。エリーゼ様は私を聖女とご紹介されましたが、私などエリーゼ様に比べれば、まだまだそう名乗るには力不足であり、いいところ聖女見習いでございます。けれど、それでも、私のできる限りで癒しを求めている人々のため精一杯を尽くそうと懸命につとめております」
そう言いながら、マリアンヌも淑女の礼をとる。
レイチェルに比べると、柔らかく優しく、聖女らしい礼だ。
「いや、貴女からはとても慈しみ深いオーラが溢れでている。立派な聖女様ですよ。神聖帝国にも聖女と呼ばれる光魔法の癒しては数人いるが、貴女は彼女たちに比してもすでにそのオーラの深さも強さも立派なものです」
パーキンソン枢機卿の言葉だけに、そこには重みがある。
「恐れ入ります。さらに精進してまいります」
「ジョナサンがそこまで褒めるのは珍しい。私には見えぬが、彼女のオーラは美しいものなのだな」
「ああ、とても美しい」
「それなら、最初はレイチェル嬢にだけ母のお相手をお願いするつもりだったが、マリアンヌ嬢も一緒に母に紹介した方がいいだろうか?」
「そうだな。マリアンヌ嬢がいるだけで、アリス様のお心が穏やかになるかもしれぬ。その上で、レイチェル嬢に元気をもらえれば、何よりだ。ご一緒に紹介してみてはと私も思うぞ」
「マリアンヌ嬢、お願いできるだろうか?」
「喜んでお伺いしますわ」
まあ、心配は全くしていなかったけれど。
レイチェルとマリアンヌが気に入らない、とか言うのなら、こちらからこの共同研究はご破算にしてもいいくらいだもの。
「では、お二人は、彼女たちをアリス様の元へお願いできますか? 何度も行ったり来たりで申し訳ないのですが」
「いきなり刺繍もなんだから、今日は挨拶程度になるが」
「もちろんですわ。アリス様と仲良くなって楽しくお言葉をかわせるようになる、まずはそこからですね」
うん。
もう、こっちは、レイチェルにお任せで大丈夫みたいね。
それなら。
「私たちは、魔法薬のために必要な魔法の練習をしたいと思います」
「ほう。ちなみにどのような魔法でしょうか?」
パーキンソン枢機卿が聞く。
共同研究者なのだから、当たり前か。報告、連絡、相談、いわゆるホウレンソウは大切よね。
「水の精霊セレステから、私とオスカーが融合の水魔法フュージョンを教えてもらうのです。そして、こちらは私の独自魔法なんですが、様々な力を支援するアポージョを、すでに習得済みのアルベルトからカーリーに指南してもらいます。この二つがあれば薬に魔法を融合させた魔法薬の試薬を作ることができる、ということがわかったので、属性の合う者たちで魔法を共有したく思いまして」
「ほう、それはとても興味深い。そのフュージョンとアポージョを、この目で見ることは可能かな?」
「アポージョはすぐにでも。フュージョンは、現状、セレステしか使えないので」
「別に見せてもいいわよ」
セレステがなんでもないように言う。
この世界でたった一つのオリジナル魔法を、そう簡単に見せてもいいのかしら?
いや、魔法薬のために今から私やオスカーも習うわけなので、いいのかしらね。
「なにか、融合させたいものを用意しないと」
カーリーが持ってきたのは、オリーブと海藻とウチワサボテン、私が増やして欲しいと言った組み合わせの素材。そこへそっとヴェルデがバナナも追加する。
「いつもは、素材を一つにまとめるためには魔法陣を使っています。でもそれでは、回復系の魔法を薬に融合させることはできないのです」
「回復魔法は、生きているものにしか使えぬからな」
「そうなんです。なので、その薬に、セレステにフュージョンをかけてもらいました。この魔法はすべてを例外なく融合させることができるのです。順序の後先は関係なく、なんでもが」
「なんと、さすが精霊様の魔法」
「その結果、無事、薬に回復系の魔法を融合することができました」
「では、薬のための素材をまとめる魔法陣は不要だということか?」
「そうとも言えます。フュージョンがあればすべてが融合できるわけですから。ただ、このフュージョンという魔法はとても難度が高いので、私とオスカーならおそらくすぐに使えるようになるとは思いますが、たくさんの者が使えるようになるには時間が必要かと思います」
「そのためには、このフュージョン魔法を魔法陣にすることが必要だな」
アルベルトが腕を組む。
「難しそうだけど、カーリーならきっとできるんじゃないかな? もちろんアマリージョを先生につけるわよ?」
「やってみるわ」
そうこなくっちゃ。
「でも、エリーゼもいっしょにね」
私は、もちろん、と頷く。今回はかなり難しいと思う。
でも、諦めないわ。
この魔法陣が完成すれば、きっと、たくさんの人のために必要な薬を供給することができる。
「では、セレステ、フュージョンをお願い」
「わかったわ」
セレステが、ただテーブルの上に並べられただけの素材を包みこむようにフュージョンをかける。
薄荷色の光が広がり素材を包み込むと丸い水玉になり、やがて、カーリーが用意してくれたビーカーの中に入っていった。
「おお、これは美しい色ですね」
「融合の度合いが進むと、どんどん色が濃くなるそうですよ」
「なるほど、とても興味深い」
「これに、私の回復魔法、リフレを融合させてみますね」
私は、薄荷色の薬に、リフレを融合させる。
銀白色の光と薄荷色の光がまじりあう。何度見ても、美しいものね、これは。
光が落ち着くと、そこには、黄色みを帯びた先ほどの薬とは少し色味の違う、濃い緑の薬が出来上がっていた。
「これがフュージョンを使った、栄養価の塊ともいえる薬に、回復魔法を融合したものです」
私は、パーキンソン枢機卿にビーカーを差し出す。
ビーカーに顔を近づけるパーキンソン枢機卿。
「美しい色目だが、これは少し匂いが、微妙だな」
匂いか。
初めに作ったものは、素材の相性が良かったのかさほど気にならなかったけれど。
私も、その匂いを確認する。
ひどくはないが、少し躊躇う程度には微妙な臭いだね。
「これにアポージョを重ねがけすればいいのでは?」
アルベルトが言う。
アボージョには、いわゆる能力を向上させるバフ効果がある。そして、匂いをを消す作用もある。
なぜなのか?
それは分からない。
この魔法の副作用がそれ、としか言えない。
匂いを消すと判明したのも、偶然。
気づいたのはアルベルト。戦闘訓練中に自分にアボージョをかけたところ、その後で汗まみれなのに匂いがしないことを不思議に思い、騎士科の人たちに協力してもらい検証したのだ。
それ以降、アルなどは、汗の匂いを消すためだけにアボージョを使ったりもしている。
いいことばかりではない。
アボージョは、臭いだけでなくとってもいい香りも消し去るんだよね、これが。
だからこの先、リフレ同様フュージョンの力で生きているもの以外に使えたとしても、香りの癒し効果を求めて作るものには使えない。
それにもう一つ問題もある。
魔法の重ねがけは、現状仲間うちでは私しかできない。
オスカーでさえ、完璧にはまだ無理なのだ。
おそらく、全属性を持つ私に大きなアドバンテージがあるのだろう。
「魔法の重ねがけはできるけど、できれば他の方法を考えたいわ。魔法薬として普及させることを考えれば、できるのが私一人、という方法は避けたいかな」
魔法を重ねがけできる魔法陣の作成も、試みてはいるが未完成で、実用化には程遠い。
「それもそうだな」
アルベルトは、すぐに私に賛成してくれる。
「アロエベラを使えばいいんじゃない?」
カーリーが言う。
そういえば、アロエベラには、こちらのアロエベラには特に消臭効果があったわね。その詳細な実験結果については、カーリーがレポートを提出していたはず。
「ヴェルデ、アロエベラをお願いできる?」
と、私が言い終わらないうちに、ヴェルデがアロエベラの鉢をテーブルに、デンっと置く。
鉢に掘り込まれた紋章から、実家のハーブ園にあったものだとわかる。
さすがね。ヴェルデ、できる精霊だわ。
その横で、ビリジアンが、これは「暗緑女神」じゃないか。なぜふつうに鉢植えされている!! と騒いでいる。
暗緑女神?
なにそれ?
アロエベラですけど、これは。
「見た目は禍々しいのに、効能が万能だから、特に緑の精霊にとってはとっても効能が高いから、緑の精霊たちはそう呼んでいるのよ」
ヴェルデが教えてくれる。
どうやら、こちらのアロエベラは前世のもの以上に効能が高いものらしい。
なにはともあれ、私は、「こ、これは魔物か!?」と恐れ慄く枢機卿たちを横目に、アロエベラを一欠片魔法陣に載せた。




