愛憎とは距離を置いて、研究三昧できそうです。part-1
第69章 色々試してみます。
パーキンソン枢機卿とザックス公爵は、アリス様のご様子をみるためにいったん部屋を出て行かれた。兄も魔法省で仕事が山盛りに待っているとかで退室した。
このタイミングでフィリップ殿下も、と思いきや、まったくその気配はない。
いいんだけど、別に。もう仲間(仮)だからね。
でも、つまらないんじゃないのかな。この先は、おそらく細かい治験の準備しかない。
私とアルベルトは、カーリーが作ってくれた治験のための素材の組み合わせを確認する。
さすがカーリーだ。
必要最小限で、効果の見込める組み合わせを作り上げている。
ここに、どんな魔法を融合するのか、それを考えるのが私の役目。もちろん精霊たちのアドバイスは欠かせない。
それにしても、大豆をビリジアンが見つけてくれたのは、本当にありがたい。
今まで、この世界に大豆は存在しないと私は思っていた。
ヴェルデに豆類はいくつか見せてもらったけれど、大豆はなかった。
大豆は、海を挟んで東の果てにある島国でのみ栽培されているらしい。そこには、だとしたら味噌や醤油もある可能性が高い。
今はそんな余裕もないが、アリス様の病状が上向きになったらそれも探してもらおう。
もしなければ、作ればいい。
情熱と時間をかければ、できるはずだ。
だいたいの作り方は知っているしね。
ふむふむ。
これはなぜ?
乳製品のチーズと新しくもたらされた大豆がすべての組み合わせに入っているのはわかる。それは必須だと打ち合わせ済みだったから。
けれど、全部に後からバナナが追加されているのはどうして?
私の視線の動きで、バナナに疑問をもっていると察したカーリーが言う。
「あの、それはね、なんというか」
「だってバナナは美味しいもの」
ヴェルデが、それをさえぎるように胸を張る。
そういうことか。押し切られたのね、ヴェルデに。
カーリー、ごめん。
「うちわさぼてんと海藻の組み合わせも試したいわ」
前世でこの組み合わせが、認知症やパーキンソン病に有効な実験結果が得られたと言う記事を読んだ覚えがある。
「わかった。もう一通り増やすわね」
「バナナは入れなくてもいいよ」
「バナナは絶対入れないと」
私とヴェルデの声が重なる。
「ヴェルデには、バナナケーキを作ってあげるから、そこまでバナナにこだわらないで」
「バナナケーキは食べる。でも、バナナはすべてのお試しに入れるべき」
「美味しい、以外に理由はあるの?」
「エリーゼ嬢。とても重大なとっておきの理由がありますぞ」
ビリジアンがひらひらと蝶の姿で舞いながら言う。
「それは?」
「バナナは魔法の吸収がよく、融合を成功させるには欠かせない素材かと思われる」
なんと。
「でも、美味しいっていうのが、一番の理由」
ヴェルデ、こだわるね。
「それは、私も同意する」
ビリジアンも、バナナ好きか。蝶の姿で、どうやってバナナを食べるのかしら?
蜜ならわかるけど。
「精霊様がそうおっしゃるのですから、バナナはすべてに入れましょう」
私はカーリーに頷く。
「で、そのバナナケーキとやらは、いつ食せるのか?」
ビリジアン、超バナナ好きか。
「今日の夜には焼きあがるように準備するわ」
私は、アマリージョにミラとハンナへの伝言を頼む。私が部屋に戻る前に必要な食材と器具を揃えてもらうためだ。
「だから、ロッホ、悪いんだけど手伝ってくれる?」
簡易魔法陣より、ロッホの火魔法で焼く方が、断然美味しい。
ロッホは、今や各種お菓子の焼き具合の名人だから。
「で、どれからいく?」
アルベルトが聞く。
「アルの意見は?」
「俺は、まずは基本のチーズと大豆とバナナの組み合わせからかな」
「そうだね。私もそう思う。比較対象としてそれにオリーブを入れたものを試しましょうか?」
「いいと思うわ」
カーリーの提案に私も頷く。
「魔法は、そうね、『リフレ』と『クラシオン』の回復系と、その人の持つ力を支援する『アポージョ』を考えているんだけど?」
私は、ヴェルデに目を向ける。
「クラシオンはエリーゼにしか使えないから、広くいきわたる薬には不向きかもね」
それもそうか。
リフレはいわゆるヒールと大差がない。私以外にも、光の属性のあるカーリーやマリアンヌも取得済みだ。レイチェルも使えるといえば使える。彼女の属性は風なので、光の属性のものとは若干効能が違うが、回復効果はある。その気になれば、どんな属性でも、ある程度魔力のある者にはすぐに会得できるのが、このリフレだ
「アポージョはアルも使えるわ。緑、土の属性があれば会得可能だから、カーリーもすぐに使えるようになると思う」
「そうなの? ぜひ覚えたいわ」
「じゃあ、その指導はアルでいい?」
「任せてくれ」
「じゃあ、リフレとアポージョを試すということでいい? これで薬理効果が上がらなければ、また他の魔法を考えてみる」
「それで、アリス様の比較対象に、健康体の人への影響もみたいよね? それは誰にお願いする?}
この治験での副反応の心配はほぼない、と思われる。
もしあったとしても、精霊たちの魔法があれば間違いなく回復できるはず。
とはいえ、だれかれ構わず頼める案件でもない。
「レイチェルか、レイナード、もしくは文官養成科で募ってみようか?」
「そうね、レイチェルなら二つ返事で引き受けてくれるだろうけど」
「レイチェルには、アリス様の心のケアを頼むからな。それ以上の負担はかけたくないな」
「私が引き受けよう」
はい?
皆がフィリップ殿下を見つめる。
「いや、いくらなんでも殿下に頼めることでは」
そうだよね。
「なぜだ? 私は健康だぞ?」
いや、そうではなくて。
あなたは、王族ですから。
「法外な報酬も望まない。そうだな、さっきのバナナケーキとやらをもらえるのなら、それでいいぞ?」
だから、そうではなくて。
「フィリップ、そなたは王族だ。ひと際、その心身を守られなければならない存在だ。治験の被験者になどできるはずがなかろう」
そうそう。
「しかし、ザックス公爵のお母上もその薬を飲まれるのですよね? 高貴なお方のはず」
「アリス様は病を癒すためだ。健康体のそなたとは違う」
「では、私が兄上のように王位継承権を放棄すればどうですか?」
なぜそうなる?
「このままでは、私の未来はどうやら断罪され国外追放になるとか。まだあまりピンとはきませんが、それなら先に王位継承権など放棄してバラードに国を委ねておけば良いのでは? 継承権もない私を、サファイア王国の令嬢が誘惑などするでしょうか?」
それはそのとおりだ。
私が、その令嬢が来る前にフィリップ殿下との婚約を解消してもらったのも、それが一番大きな理由だからね。
でもね、私とフィリップ殿下では立場が違う。
「それは、まあ一理あるが。そう簡単に王位継承権を放棄するものではない」
そうなんだよ。まあ、アデル殿下が言っても、説得力はないけれど。
「それに、それはそれ、これはこれで別問題だ。王位継承権があってもなくても、私もそなたも、治験者にはなれぬ。残念だが」
「そうですか。何か、アリス様のために私もできることがあればと思ったのですが」
なんだろう? これ?
フィリップ殿下、ふつうにいい人なんですけど。ちょっと思慮が足りないとは思うけれど。
「レイナードに頼もう。あいつはケガはしょっちゅうしているが、いたって健康体だ。それに、レイナードには加護精霊、スイラン様がついている。
「そうだね、レイナードに頼んでみようか? アマリージョ、頼める?」
アマリージョもスイランも風の精霊だ。
連絡は瞬時にとり合える。
「レイナード、喜んで協力しよう、だそうです。いつから何時にどこに向かえばいいのかを連絡して欲しいそうよ。基本、午前中は騎士科の鍛錬があるので、午後の方が対応しやすいとか」
レイナードならおそらくそう言ってくれると思っていたけれど、改めて思う、仲間ってありがたいなと。
「レイチェルにもお願いしないとね」
「レイチェルなら、もうこちらに向かっていますよ」
アマリージョが言う。
すでに、連絡をとってくれていたようだ。
ちょうどタイミングよく、ノックの音がする。
「レイチェルだけど、入ってもいいかしら?」
「来てくれたのね、ありがとう。入ってきて」
カーリーが出迎えがてらそう答える。
レイチェルは、研究室に、アデル殿下とフィリップ殿下がいることに驚き、淑女の礼をとる。
私は、レイチェルに寄り添い、フィリップ殿下との婚約が解消されたことと、彼と仲間(仮)になったことを耳打ちする。
仮ってなに?
一応仲間だけど、本当の仲間になれるかどうか今はお試し期間中っていうこと。
なるほど。まあ私はエリーゼさえよければなんでもいいけどね。
などと小声で話し合う。
カーリーが聞こえてるし、と咳ばらいをする。
「レイチェルにお願いがあってここに来てもらったんだけど」
「アマリージョ様からは、エリーゼたちが作る魔法薬では治しきれない、共同研究者のお母上にあたる方の心のケアを私に、と聞いているけれど」
「そうなの」
「でも、私にそんな重大な役割できるかしら?」
私たちは、アリス様のことをレイチェルに話す。
今どんな病状で、過去にどんなことがあったのかを。心を犯す絶望が体の病を何度も再発させ、少しずつ病状が悪化してきていることなども。
「だから、レイチェルに頼みたいの。あなたには、周囲を明るくする天性の笑みがあるし、いつもポジティブだし、それに優しいわ」
「照れるんだけど」
「アリス様はね、刺繍がとてもお好きなんだそうよ。でも今は指も動かず刺繍はできないそうなの。だけど好きなものを見ることぐらいはできるのでは? と思うの。好きなもの、楽しいことは、心を慰め励ましてくれるでしょう?」
「なるほど、そこで私が、アリス様に刺繍の教えを乞う、ということね。それは、なんと、一挙両得じゃない。私にとってもありがたい話だわ」
「それそれ。そういうレイチェルのポジティヴなところが、きっとアリス様の心に良い影響を与えるんじゃないかった思うの」
「もちろん、こちらでいい案だと思っても、うまくいかないかもしれないし、その時はレイチェルに悲しい想いをさせちゃうかもしれないんだけど」
「そんなこと。最初からなんだってうまくいったりしないものでしょう? 今までもそんなことは何度もあったけれど、私たちは何度も協力して乗り越えてきたでしょう?」
そうだった。
文官養成科の仲間は、何度も挫折を乗り越えてきた。
失敗から学んだことも多い。
そういう仲間をつねに励ますポジションにいたのがレイチェルだ。
「とりあえず、アリス様の息子にあたるザックス公爵がレイチェルと面談したいとおっしゃっているのだけれど」
「それは当然ね。私だってそうするわ」
レイチェルのこういうさっぱりした、潔さを、本当に私は尊敬する。
「今、ザックス公爵はアリス様のご様子を見に行かれているの。その後でお時間をいただくから、レイチェルもそのつもりでいてくれる?」
「わかったわ」
「それから、レイナードなんだけど」
「レイがどうかした?」
「この治験の健康体の治験者になってもらえないかお願いをしたんだけど」
「レイなら、喜んで引き受けるでしょう?」
「そうなの。でもごめんね。あなたの大切な人を実験台にして」
「エリーゼたちと精霊様がついていて、危険な実験になるはずがないかも。むしろ、今より健康になって強くなって、素敵になるかも。これ以上素敵になったら、困っちゃうけどね」
兄上、レイチェルも、この実験は安全だと言っているではありませんか。
やはり、私が治験に臨めばよかった、とフィリップ殿下の小声が聞こえる。
いや、ダメですから。
王族は、実験台にできません。アデル殿下でも、ワンチャンスもありませんから。
「じゃあ、さっそくまずは薬を作るか」
「そうね」
「アデル殿下、フィリップ殿下、ここからは治験薬の製造過程になります。多少の危険もありますし秘密事項も多いので、お二人はここまでということでよろしいでしょうか? もちろん、治験用の魔法薬ができあがれば、その都度ご報告はしますので」
「わかった」
アデル殿下は、笑みを浮かべて頷かれた。
「残念だ、もう少し様子を見ていたかったのだが」
フィリップ殿下は残念そうだ。しかし、ごねたり拗ねたりはされない。
お二人がいなくなり、私たちは揃って、安堵のため息をつき、微笑み合う。
「何あれ? フィリップ殿下のあの変わりよう、信じられないわ」
「本当よね。まるで別人」
「それだけ、マルクスの催眠が強かったということだろう」
「でも、その催眠、結局なにがきっかけで解けたのかしらね」
精霊たちが、女神が姿を現したからなのか。
マルクスの裏切りを知ったからなのか。
「たぶんだが、エリーゼが、フィリップ殿下に仲間にならないか? と言ったからではないかな」
アルベルトが言う。
「私もそう思う。精霊様たちのインパクトは強かったと思うけど、エリーゼからの言葉は、私たちの誰も想像できなかったことだもの。あんなに驚いたことは、私もあまりないわ。非常識なエリーゼのそばに長くいるけどね」
「エリーゼが、殿下を仲間に誘ったの?」
「ええ。そのほうが、この先の面倒ごとに相対するのに絶対いいと思って。私は、フィリップ殿下との婚約をずっと解消したい思っていたけれど、殿下の言葉や態度に何度も傷ついたけれど、それでも、フィリップ殿下がそう悪い人だと思えなかったわ。なぜなら、私以外への態度は、とても良い人だったから」
「それは、私も思っていたわ。なぜ、エリーゼにだけああなのかしらってね」
「それが催眠のせいだったのなら、今のあれが本来のフィリップ殿下っていうことなのかしらね」
「だとしたら、少々思慮が足りないには、催眠でも呪いでもなんでもないってことになるがな」
アルベルト、それを言ってはおしまいよ。
「じゃあ、始めよう。レイチェルはザックス公爵がお戻りになるまでここにいても大丈夫?」
「ええ。手伝えることがあれば言ってね」
「もちろん、こき使うけど、そこはよろしく」
私たちは阿吽の呼吸で、作業を開始した。




