愛憎とは距離を置いて、研究三昧したいんですが。part6-2
第68章 魔法薬の開発、その前に交渉事はきっちりと。
ようやく魔法薬の作成に入れる、と思ったら、アルベルトが手をあげる。
「その前にまずは、保証人様の前で、この研究の目標をきっちりさせたいと思います」
そうなんだよね。
角が立ちそうで言い渋っていたんだけど。
やっぱり、いくら信頼できそうな大人たち相手とはいえ、はっきりさせておくべきことははっきりさせないとだめか。
共同研究とはいえ、あちらの目的はアリス様の病状回復、こちらはそれを足掛かりに魔法薬を開発すること。そんなことはないと信じたいが、アリス様が回復されれば、あるいは回復が見込めないと思えばあちらは手を引いてしまわれるかもしれない。それならばこちらの利は小さい。こちらだけで研究を進め、できる範囲でアリス様の治療に協力する方がいい。
私たちが、パーキンソン枢機卿やザックス公爵に求めるのは、ぶっちゃけその社会的な影響力だ。
ようするに二人の顔で研究費を確保し、魔法薬が完成したあかつきには、お二人の力で魔法薬を世の中に知らしめて欲しいということ。
研究費は、保証人をアデル殿下が引き受けてくれたおかげで問題はない。後は、こちらとしては、魔法薬の普及への助力を確約してもらいたい。
つまり、知識と技術を提供する代わりに、社会的影響力を提供してもらうということ。
「アリス様の病を癒す、これが目的では駄目なのか?」
パーキンソン枢機卿がやや不機嫌な声を出す。
やっぱり。
パーキンソン枢機卿とユリウス様の一番はアリス様。
というかそれ以外はない、ということか。
でも、それでは困るのだ、私たちは。
「もちろん、アリス様のご病状を一番には考えたいです。でも、私たちの、こちら側の研究の最終目標はそれではありません。というか、それだけなら、予算をもらって共同研究する意味が、こちらとしてはないのです」
「どういう意味だ?」
ほんの少しだが、パーキンソン枢機卿の声が険しくなる。
これを提供する代わりにあれをお願いしますね、というギブ&テイクなのだが、これをあからさまに言うのは、貴族社会ではややはしたないことでもある。
それが証拠にフィリップ殿下は、眉根を寄せている。
黙っているよう、アデル殿下に釘を刺されているので何も言いはしないが。
「そのままの意味です」
アルベルトの声は冷ややかだ。
アルベルトは、この共同研究に乗り気ではない。
私が是と言うから、あからさまに反対はせず、やるのならば協力してもいいが、というスタンスだ。
だから、こうなる。
それを私とカーリーが、穏便な笑みで補う。
「昨日でおわかりになったと思いますが、病に対する知識も判断も、正直お二方より私たちははるかに上です。光の癒し魔法も聖女マリアンヌも使えますが、魔力量に問題がありますから、他国の方のために気安く行使はできません。ですから犠牲を払って行使するのはエリーゼです。つまり、共同研究といっても、おそらくは、アリス様の病を癒すために何かができるとすれば、私たちであってお二方ではないはず」
アル、言い方をもう少し考えて。
「それはそのとおりだ」
「私たちの知識では、母上の病を癒すことはできない。それは十分に承知している」
「エリーゼ嬢の尊い犠牲も承知している」
パーキンソン枢機卿もザックス公爵も、大人の対応だ。声も言葉も、態度も、決して荒らげたりしない。
「私たち学院側の目標は、薬と魔法の融合、魔法薬の開発です。ご存知でしょうが、下位の回復魔法でさえ受けることができない人々が、この世界にはたくさんいます。そういう人々でも、下位の回復魔法で癒せる程度の病であれば気軽に癒せるような、なるべく安価な魔法薬を作り出し、それを世の中に広めることです」
「つまり、今回の研究を糧に、特定の重い病ではなく浅く広く使える魔法薬を作りたい、ということだろう。それも理解しているが?」
「アリス様の病は、高位の回復魔法なら一瞬ではありますが治せるものだとわかっています。そしてそれが再発しないようにするためには、別の角度から体と心をともに治療しなければなりませんが」
ここまでは、殿下たち以外は、機能の段階で理解できている。
「もし、この治療に魔法薬が必要ではないとしたら、この研究はどうなりますか?」
「必要ないのか?」
「断言はできませんが、必要ないかもしれません。アリス様は特別な存在ですから。何度受けても問題のない、光の癒し魔法を何度でも受けられるという意味で」
再発しても、また私が光の癒し魔法をかければいいのだから。そのたびに、魔法薬ではなく、もしかしたら薬でさえなく、健康食や健康飲料をとってもらい、心を癒す何かを見つけて誰かが寄り添えば。
「ああ、なるほど、つまり保険が必要だということだな」
少々、棘のある物言いだわ。
もしかしたら、怒らせてしまったかしら。
「下級貴族や平民はそうはいきません。下位の回復魔法でさえ高嶺の花。ましてや、何度受けても害のない光の癒し魔法など、その存在さえ知らない者がほとんどです」
しかし、カーリーは臆することなく、きっぱりと意見を述べる。
「私たちの仲間は、今までに、薬と呼んでも差支えのない食品や飲料をすでに開発しています。これらには、健康を維持し病にかかりにくくする効果はすでに認められています。そこに魔法が融合できれば、その効果は加減次第でおそらく今の何倍にもなるはずなんです」
ここからが本番だ。
本当は言葉にせずとも察して欲しかったのだけれど。
「しかしそれはおそらく、教会との摩擦を生みます」
「なるほど、ようやく君たちの言いたいことがわかったよ」
「私たちには、その緩衝材となるお役目があるのだな?」
「そうです。ノウハウさえ確率してしまえば、重い病にも有効な魔法薬を作り出すことはできるでしょう。けれどそうすれば、教会と対立することは明らかです。教会は多かれ少なかれ、回復魔法でその経済的基盤を固めていますから」
「そのさじ加減が私たちの仕事となるわけか」
特にパーキンソン枢機卿は、教会の大本山、ラピスラズリ神聖帝国の有力者だ。
できあがった薬を、そのノウハウを無駄にせず、争いも起こさず、万民に広めるためには必要な人材だ。
「なるほど、よくわかった。こちらとしてはまずは母上の病を第一に考えたい。しかし、魔法薬の開発には必ず最後まで協力しよう、そしてまた、母上の病状にかかわらず、この研究の成果は必ず、万民に広められるように協力しよう。そのことを、支援者でもあるアデル殿下に誓おう」
「私も同じく、誓う。特に教会に関しては私の腕の見せ所ともいえる。魔法と魔法薬がうまく共存できる方法を考え、少しでも多くの民が病の恐怖から遠ざかれるよう、努力しよう」
アデル殿下がお二人の言葉の証人となってくれた。
よしっ。
ようやく、発進かな?
私はヴェルデとセレステを、アルベルトがビリジアンをあらためて呼ぶ。
精霊たちは、すぐに集めた素材を並べてくれる。
「これは、アリス様の病に効果が見込める素材です。海にものも山のものもありますが、どれもふつうに食すことができ、人体に悪影響のないものです」
チーズ、アーモンド、大豆、オリーブ、海藻、バナナ、そしてウチワサボテン。
とりあえず、私の記憶にあった素材を集めてもらった。記憶違いのものもあるかもしれないが、どれも栄養価が高く人体に悪影響はない、はず。
「これはなんだ?」
「ウチワサボテンといいます」
「食べられるものなのか?」
アロエベラが魔物だと思われたように、ウチワサボテンも悪しきものと思われたのかもしれない。
前世では、私もメキシコ料理店でサラダの具材として食べたことがある。少しの酸味と粘り気がドレッシングの味と相まって、なかなか美味しかったように記憶している。
しかし、ウチワサボテンの醍醐味は、味でも食感でもなく、その栄養価の高さだと思う。
βカロチン、カルシウム、クエン酸などが豊富だ。
「もちろん食べられます。棘をとれば。栄養価も高く疲労回復や精神安定にも効果があるんですよ?」
ほう、そうなのか。
まことに?
兄やアデル殿下、フィリップ殿下までもがウチワサボテンに寄ってくる。
物珍しいのだろうが、それだけに注目されても困る。
どれも、ドパミンを増やすのには有効な食材のはず。
「精霊たちが集めてくれたこれらの素材を上手に組み合わせまずは健康食品、健康飲料を作ります。それらに、回復魔法を融合させて薬理効果の高いものを生み出します」
その組み合わせは多岐にわたり、今のところ、どれが高価が高いのかはまったくわからない。
言葉は悪いが、アリス様で試してみるしかないのだ。
「同時に、アリス様の心が少しでも穏やかになる方法を考えたいと思います」
「アリス様がお好きなもの、お好きなことはなんでしょうか?」
カーリーがザックス公爵に尋ねる。
「母上は、刺繍が趣味で、その腕前は宮殿専属のお針子たちも絶賛するほどだった。しかし今はそれもかなわぬこと。指が震えて針は持てぬから」
「アリス様は、花もお好きだったな。お庭にご自分で季節の花を植えられ、庭師といっしょにお世話をされていた」
「そうだったな。特にアイリスの花がお好きだった」
「私たちの仲間にレイチェルという、とても明るく、そばにいてくれるだけで元気になれる、そんな令嬢がいます。彼女はつい最近、このアルベルトの双子の弟、レイナードと正式に婚約をしたばかりなんです。アリス様にそのレイチェルの刺繍の先生になってもらうというのはどうでしょうか?」
刺繍は貴族の令嬢にとって、とても大切な花嫁修業だ。
レイチェルは自領の経済を立て直すために必死だったため、その辺りのことはおざなりだったらしく、最近は暇をひねり出して刺繍の練習に励んでいる。
結婚式までに、義母に贈るハンカチとレイナードのマントに縫う背守りを仕上げたいとか。
「ご自分で針は持てなくても、アドバイスならいただけるのではないでしょうか? もちろん、エリーゼが光の癒し魔法をかけた後の、気分のいい時に」
「こちらからは、願ってもない申し出だが。ただ、そのレイチェルという令嬢に一度面談した後での返事でもいいだろうか? 母にもそのご令嬢にも、どちらにも不快な思いはさせたくない。合う合わないを私に判断させて欲しい」
「はいそれはもちろん。私たちも、レイチェルのそれも踏まえて刺繍の件を話しておきます」
レイチェルは、おそらくこの件を断ることはないだろう。
刺繍に苦戦していることも事実だが、それよりも、レイチェルは誰かの役に立つことをすること、それ自体に生きがいを感じる人だから。事情を話せば二つ返事で了解してくれるはずだ。
「ならば、それでうまくいけばマリアンヌもともに刺繍の練習をすればいいのでは? 彼女も花嫁修業が必要だろう」
今までずっと黙っていたフィリップ殿下がそんなことを言う。
驚いたのなんのって。
パーキンソン枢機卿とザックス公爵以外は、目を丸くしている。
そもそも、フィリップ殿下は、オスカーとマリアンヌの婚約が私の陰謀ではないか、何かの間違いだ、といってここに乗り込んできたわけで。
一応、誤解は解け仲間(仮)にはなったけれど。
急に、こんなことを言い出すなんて。
「なんだ? 何か問題があるのか? マリアンヌは聖女だ。彼女が傍らにいるだけでアリス様は穏やかになられるのではないのか?}
そうですが。
あなたの口からそんなセリフが出ることに、みんな驚き戸惑っているのですよ。
「そうですね。マリアンヌにも折を見て話してみます。レイチェルがユリウス様のお眼鏡にかなって、アリス様が彼女に馴染んでからになるでしょうが」
「そうだな。最初から複数人で押しかけては、アリス様にご負担をかけるかもしれないからな。私も見舞いに行きたいが、もう少し時機を見てからにしよう」
そうしていただけると、ありがたいですわ。
本当に。
「素材の組み合わせは、一応、私の方でこの十通りを考えてきました。あまり細かく分けすぎても研究が長引くばかりなので。これらにどんな魔法を融合させるのかは、エリーゼとアルベルトに委ねます。彼らには加護精霊様がついているので」
「そうですね。それがいいでしょう」
「よろしくお願いします。なんとか、母を病から、いや、今の絶望にまみれた状態から救ってください。手足が震えても動かなくても、せめて、笑顔で過ごせるように」
これが、ザックス公爵の本音なのだろう。
病の回復は夢かもしれない。せめて、笑顔で過ごして欲しいと、そう願っている。
けれど、文官養成科と精霊のタッグをなめてもらっては困ります。
私たちは、やりますよ。
やりますとも。
笑顔で、元気に庭いじりをし、刺繍を楽しむアリス様を、見せてあげますとも。
「明日から、さっそく治験を始めたいと思います。魔法薬は、魔法の効果が小さいものから順に試していきたいと思います。お薬を服用される前には私が光の癒し魔法をかけ、その後もしばらくご様子をみるため一緒に過ごします。ご安心ください」
私はにっこりと笑った。
宣戦布告の意も込めて。




