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愛憎とは距離を置いて、研究三昧したいんですが。part5-3

第66章 昨日の敵は今日の友、そういうことですかね。


「エリーゼには、女神様と精霊様の加護が6つあるのだ。この意味がわからぬのなら、そなたは王族としてこの国を率いる資格などないと思うが?」

 ひれ伏したままのフィリップ殿下に、アデル殿下が淡々と告げる。


「そなたは、エリーゼに興味がなかったからなのか、あるいは周囲に意図的に隠されていたのか、エリーゼについて、他国の者でも知っているようなことまでも知らなかったようだ。それ故の今までの傲岸不遜な態度であったとしたら、本日、今からでもエリーゼへの接し方を改めるがいい。まあ、婚約も解消された今、接することもほぼないだろうが」


「アデル、精霊や女神の加護があるからといって、エリーゼは、特別扱いされることは遠慮すると思うよ」

 兄が私に微笑みながらそう言う。


 お兄様、その通りです。

 そんな必要はないのです。フィリップ殿下だけでなく誰にも。ただ、根拠のない辱めや貶めにはへこむんですよ、私も。だから、そういうのは、ご遠慮願いたいだけです。


「さらに言うなら、厳しい言葉も歓迎するさ。そこにちゃんとした、納得できる根拠があれば」

 うーん。

 そうすべきだけど、自信はないな。歓迎、まではできないかもしれない。だけど、そこに真があると思えれば、厳しい言葉を言ってくれる人を拒否したりはしないと思う。ちょっとムカッとした後で、納得したり反省したりするかしらね。そして、後で、その人に感謝するかな。

 少なくとも、そうありたいと思っている。


「私は加護があるから、自分は偉い、優れていると思ったことはありません。ただ、ありがたいと感謝し、この加護をたくさんの人々に役立てることに使いたいと、そう思っているだけです」


 フィリップ殿下が驚いたように、面を上げて私を見る。

 まるで、そんな言葉が私の口からこぼれるなんて嘘だろう? そんな風情で。


「し、しかしマルクスは、え、エリーゼ嬢はその傲慢さ故に、マリアンヌや学友を蔑ろにし、皆を不幸にすると、今は令嬢然として大人しくしていても、やがて牙をむき、周囲を不幸にしていくと、そう予言した」

 エリーゼ嬢とか言っているし。いつも、腐ったものを見るように、エリーゼと呼び捨てだったのにね。

 

 それにしても、マルクスね。

 いつの情報がわからないから、それを言ったのが、本物かアマリージョかわからないけど。

 どっちも言いそうだし。


「そなたの侍従マルクスは、麻薬や呪い薬でいくつかの小国家を滅ぼし、オニキス大公国や我が国でも悪意を蔓延らせている秘密結社リベルタースの一員だ」

「は?」

「そして、マルクスには確かに予言の力があるようだが、それは不確かで間違いも多い。その欠陥を埋めるため、彼は自らの予言を実現させようと暗躍していたのだぞ?」

「ま、まさか」

「先日は、司祭様を人質にとり、マリアンヌからマレの指輪を強奪しようとした」

「そ、そんな。嘘です」

「ウソではありませんよ。あれはもう、生涯、水の恵みの恩恵は受けられません」

 セレステが、フィリップ殿下に告げる。

 つまり、それは水の精霊の言葉だ。

 フィリップ殿下も、それを、まさかとか嘘とは言わないようだ。


「マルクスが、そんな。私のたった一人の味方だったのに」

 フィリップ殿下が身を震わせる。

 マルクスは、フィリップ殿下が物心ついたころには、つまり私との婚約が調う前から彼についている古参の侍従だったらしい。もっとも、彼とはさほど年齢も離れていないので、最初は遊び友達でもあったとか。

 そんな人間が、実は裏組織に所属しており、長年にわたり本当も嘘もごっちゃ混ぜに、自分の思い通りにフィリップ殿下を操っていたと知ったら。

 この憔悴ぶりも理解できなくもない。


「フィリップ、残念だが、マルクスは国王陛下のご命令により、程なく囚われの身となる」

 もう、なっているけどね。

 でもこれで、アマリージョが化ける必要はなくなる。

 

 アデル殿下は、そこで声のトーンを少し軟らかくする。

「しかしそなたの味方は、他にもいるはずだ。耳心地の良い言葉ばかりではなく、真摯な、そなたを本当に思う言葉に耳を傾ければ、誰が頼りになる者か、真に足る者かが分かるはずだ」

 結局、アデル殿下はフィリップ殿下の兄で、見放すことはできないんだね。

 ただ、言っていることは正しい。

 王宮には、この国でもっとも優秀な人材が送り込まれている。だって、文官のほとんどは文官養成科の先輩たちだもの。

 もちろん、地位やお金で潜り込んだものもいるけれど、それを見極め活用するのは主たる王族たちだ。

 

 それに。

 フィリップ殿下は、今まで私以外への対応には大きな問題はない人だった。

 マルクスが側を離れ、アマリージョが余計なことを吹き込まなければ、メンタルも落ち着いてくるだろうし、いつかは良きリーダーになれるかもしれない。皇太子になれるかどうかは分からないけれど。

 それならいっそ。


「フィリップ殿下、これからは、学友として仲良くしていただけますか?」

 エリーゼ、何を。

 そう言ったのはアルベルト。

 エリーゼ、仲良くまではしなくて良いのでは? とカーリー。


 こちら側に巻き込んでしまえばいいのでは? と思った。

 この先、一番被害甚大なのは、私の先見的には、フィリップ殿下だ。

 


「良いのか? 私を嫌っているのだろう? そなたも、そなたの周囲も」

「私はかつて、闇の精霊の呪いを受けていた時期があります」

 兄以外の人たちが、驚いてハッとしている。そういえば、そのことはアルベルトにも言ってなかったかもしれない。

 よく見ると、兄も驚いているようだ。なぜそれを今ここで言うのか、と思っているのかしら?


 そして、闇の精霊インディゴが、その場でクルクル周りだす。

 やめて、やめてよ。言わないで。

 あれはもうすっごく前のことだよね。もう絶対やらないから。お菓子禁止にしないで!!!

 そう叫びながら。


 いやあの後も、あなたは、バラード殿下に呪いをかけましたよ?

 うっかり知らずにインディゴのお菓子を食べてしまっただけで、殿下は豚にされたのですからね。


「その呪いのせいで、私は兄や両親に迷惑をかけて辛い想いをさせていました。しかし、家族は皆、呪いが解けた私を赦し私を受け入れ、私のかつての過ちを償う機会をくれました。おかげで今の新しい道を歩む私がいます。マルクスが予言したのは、おそらく呪いが解けないまま学院生活を送る私の末路でしょう。けれど今の私は、家族はもちろん、精霊たちや仲間たちに支えられ変わったのです。だから、今、マルクスの予言は間違っている、と胸を張って言えます。未来は変わるんです」

 

 そう、未来は変わる。

 破滅フラグもへし折れる。

 折ろうとして折るわけではなく、正しい選択をしていけば自然と。

 正しい選択が何かと問われれば難しいけれど。

 それはきっと、アマリージョの言う『真実の愛』に基づいた選択なのではないかと、最近思う。

 そして、選択を間違えたっていいんだとも思う。

 間違えたのなら、やり直せばいい。

 面倒なことも多いけれど、時間はかかるけれど、やり直すことはできる。その想いを諦めなければ。


「だから殿下も、未来を変えませんか? 私たちの仲間になって」

 エリーゼ!!!

 兄が強く名を呼ぶ。

 それは、承諾しかねると。

「殿下、私の先見では、学院の卒業記念パーティーで国を追放されるのは、貴方様です」

 兄が頭を抱える。


「わ、私? なぜ、私が国を追われるのだ? 皇太子になれるというのなら、後ろ盾を失くした今そんな未来もあるだろうが、追放されるなどと、そんなことが起こるはずがない」

「理由はわかりません。けれど、殿下の傍らにはサファイア王国のゲラルド侯爵令嬢がいらっしゃいました。お二人そろって王妃殿下に断罪されていらしたので、おそらくは、お二人でなにかしら謀をされたのかと」

「ゲラルド侯爵令嬢? 誰だ? 知らない令嬢と二人で謀などしようもない」


「近々、ゲラルド侯爵のご令嬢は、この王立魔法学院の魔法科に留学されて来るそうです」

 兄がもうこうなったら仕方ないと思ったのか、口を出す。

「ゲラルド侯爵は、麻薬や奴隷商売といった後ろ暗い噂の絶えない、リベルタースとも深くつながった人間です。そして、長い間我が母に懸想しており父に恨みのある人間でもあります。それもあって、我が家では常に侯爵の動向をチェックしております。ですから、この情報は確かです」

 我が家の諜報部隊、凄腕だからね。おそらくアマリージョも噛んでいるはず。いや、指揮をとっているのは、今やアマリージョかもしれない。


「まずは、エリーゼから殿下の婚約者の座を奪うことが目的だとか。ゲラルド侯爵は自分のできなかったことを令嬢にさせて鬱憤を晴らすつもりなのでしょう。それもあって、我が家は婚約解消を急いだのです。これで侯爵の思惑に先手は打てました。しかし、殿下の婚約者の座は、そのことによって空いたともいえます。そこに、身分は申し分のない美しい令嬢が留学してきたとなると」

「美しいのか?」

 そこですか? 

「美しいそうです。外見はとても」

「そうか。それなら惑わされるかもしれないな。私は美しいものに目がないから」

 ディスられているのかしら? 私は美しくなかったと。だから惑わされることもなかったと。


「けれど、どれほど美しくとも、中身が伴わなければその美しさも偽りだといえる。マリアンヌのように外も内も美しくあればこそ、本物の美といえる」

 いや、だから。

 マリアンヌは、綺麗だけど。外も内も。それは認めるよ。

 だけど、へこむわ、それなりに。


「フィリップ殿下、お言葉ですが、エリーゼも美しいです。外見だけでなく、中身はさらに」

 あ、アルベルト?

 嬉しいけど、ここで言うのはどうかな。

 フィリップ殿下が、私を見る。


「確かに。エリーゼは美しいな。なぜ、今の今まで気づかなかったのか?」

 首を捻るフィリップ殿下。

 もうどうでもいいか。

 首を捻る、その程度の問題だ。


「ようするに、私がその令嬢の誘惑に惑わされずにいればいいのだな?」

「フィリップ、それだけではだめだ。あちらの謀の全貌が未だわからずにいるのだから。もし、そなたが本気で我らの仲間になり、この国をゲラルド侯爵の陰謀から守る気概があるのなら、令嬢とある程度は親密になり、あちらの計画を探ることも必要だ」

 フィリップ殿下には無理かもしれない。

 いい意味でも悪い意味でも、殿下に表裏はない。

 感情がすぐに面に出るタイプだもの。


「しかし、無理はせずともいいでしょう。バレれば元も子もないですから。殿下には令嬢と距離を置いていただくだけでもいいのでは?」

 兄も、フィリップ殿下の性格をよく知っているだけに、不安を隠さない。

「お兄様、フィリップ殿下には参謀をつければいいではないですか」

「参謀?」

「捕らえたマルクスの代わりに、アマリージョにそばにいてもらいましょう」

 今までもそうだったのですから。

「アマリージョなら、誰にだって、そっくりに化けられますわ」

 今までと同じです。

「しかし、アマリージョ様には、こちらの諜報の総大将をしていただく予定だからな」

 両立できますよ。

 何度も言いますが、今までもそうだったのですから。

 ね、アマリージョ?


「エリーゼの願いならば喜んで引き受けよう。フィリップ、よいか? これからは、私がそなたを護りそなたを導こう」

 フィリップ殿下の瞳がウルウルと光る。

「精霊様が、私のおそばにいてくださるのですか?」

 今までもいたけれどね。アマリージョだけじゃなくインディゴもね。


「しかし、これだけは心しておけ。私はエリーゼの加護精霊。そなたがエリーゼの仲間である限りそなたを護りもするが、裏切ればこの世の地獄を見ることになる」

 地獄って。

 怖いわ。重いわ。


「このフィリップ・フォン・メイヤー、身命にかけてエリーゼ嬢の仲間として、ゲラルド侯爵の陰謀からエメラルド王国を守ることを誓います」

「よく言った、フィリップ。これからはともに国のため力を合わせよう。とりあえずは、そなたの未来、エリーゼの先見を変えることが先決だ。そのためにともに努力しよう」

「兄上、ありがとうございます」


 フィリップ殿下は、呪いにかかっていたわけではないが、まるで呪いが解けたように、晴れやかな表情だ。長きにわたりマルクスの手によりかかっていた暗示が解けたのかもしれない。何がきっかけだったのかはわからないけれど。


 こうして、昨日までの敵が今日からの友となった。


 アルベルトは不満そうだけど。

 カーリーは、あきらめ顔だけど。

 

 みんな、ここは新しい仲間を笑顔で受け入れようよ。

 だって、これって結果オーライじゃない?

 私たちは悩みのタネに振り回されることなく、研究に力を注げるのだから。


 その時、研究室にノックが響いた。


「そういえば、そろそろお約束の時間ですね」

 カーリーが、パーキンソン枢機卿とザックス公爵を出迎えに扉に向かった。


 


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